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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

近づく距離と不穏な周囲 03

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 朝の戯れなど気にするそぶりも見せず、資は涼しい顔をして杏色のワンピースへ着替えさせ、部屋まで運ばれてきた朝食――サンドウィッチと西洋野菜の冷製ポタージュを食べさせる。
 食事の間に資はいちど席を外していたが、音寧がすべて食べ終え一息ついたのを見計らったかのように現れ、自分に来客だと伝えられる。
 久々に部屋から外に出された音寧は資に案内されながら階下へ向かう。螺旋階段でふらつく身体を支えられ、思わず快楽の残り火に戸惑ってしまうが、一階で待っている客人たちの姿を確認した音寧は慌てて表情を引き締める。
 洋装姿の彼とは過去に翔んだ初日に応接室で会ったきりだ。そしてもうひとり、和装姿の見慣れない男性の姿がある。傑や資と比べるとどこか幼さが残るのは、童顔だからだろう。けれど、音寧を見つめる瞳は値踏みするような冷たさがあり、彼女を怯えさせる。
 そんな彼女の反応に気づいたのか、隣にいた資の異母兄――傑が笑顔で話しかけてくる。

「姫、おはよう」
「お、おはようございます……傑さま」
「こうしてみると綾音にそっくりだろう? 征比呂ゆきひろ

 無言で音寧を見つめていた男――征比呂は傑の声で我に却ったのか、瞳を瞬かせ、こくりと頷く。

「あぁ。驚いたよ……」

 それだけ言って、ふたたび音寧に視線を戻す。あからさまな彼の態度に困惑する音寧を見て、資が傑を睨みつける。
 苛立ちを隠さない資を見て、傑は面白そうに音寧に告げる。

「こちらは秋庭あきにわ征比呂。俺の幼馴染で、日本橋本町にある薬種問屋黄桜屋きざくらやの倅」
「薬種問屋……?」
「綾音から訊いたけど、姫は異能を発揮するために“精力”を高める必要があるんだろう? 資ひとりに任せるのは不安だから、手伝ってやれって」
「断る」

 傑の言葉を一刀両断した資は、そう言って音寧の姿をふたりの前から隠してしまう。傑が会わせたいひとがいると言うから資は渋々彼女を連れてきたというのに、目の前の男――それも綾音に横恋慕していたようなつまらない男――を彼女に充てがおうとするとは、どういうことだと憤る資に、傑がくすくす笑う。

「お前でもそういう表情をするようになったのか。別に身体を渡せと言っているわけじゃない。征比呂の店の媚薬を試してみないか、って言いたかったんだ」
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