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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
近づく距離と不穏な周囲 04
しおりを挟む「媚薬……?」
訝しげに資が征比呂の顔色をうかがえば、そうだとばかりに彼が鞄から小瓶や黄色い粉が入っている薬包紙などを机に並べていく。呆気にとられた資から逃げ出し、音寧は興味深そうにそれらを眺め、傑に問う。
「もしかして、あやねさんから?」
「いちおう姫の存在は軍の機密扱いだからね。そう簡単に外出許可は出せないんだ」
「……やっぱり」
先日、音寧と入れ替わって日本橋本町に行けばいい、と言っていた綾音だが、傑からの許可がもらえなかったのだろう。ただでさえ結納の日が迫っているのだ、四代目有弦と顔を合わせる可能性を考えると音寧が綾音と入れ替わってひとりで日本橋に行くことは難しい。
そのうえ、帝都を騒がせる魔物がいつ出没するかもわからない。人間に扮し乙女を狙う魔物の存在は猟奇殺人犯として報じられており、特殊呪術部隊以外の軍関係者もピリピリしている。魔物を退治する目処はたっていると資は言っていたが、もしかしたら破魔のちからを持つ綾音が必要とされているのかもしれない。今の段階で音寧が巻き込まれたら、自分で自分の身を守ることもままならない。
「だから、こちらから行商を連れてきたってわけ。請求は軍の経費で大丈夫?」
「……傑。俺はまだつかうとは言っていないが」
「彼女は興味津々みたいだけど?」
机の上に並べられた媚薬の数々を顔を真っ赤にしながら説明している征比呂と、それをうんうんと真面目に受け入れる音寧の姿が目に入った資は唖然とする。先程までの険しい表情は薄れ、征比呂もどこか楽しそうだ。
「じゃあ、こちらが西洋のお酒に似た味の」
「薬酒ですね。血流が良くなる効能がありまして」
「身体がぽかぽかあたたかくなりそうですね」
「はい。身体の負担も少ないですからおすすめですよ」
結婚初夜に有弦から飲むように命じられた薬酒とよく似た見た目の液体について説明を受けた音寧は、やっぱりそうだったのですねと頷き、他の商品に目を向ける。
「こちらは?」
「軟膏なので直接塗る形になります。薬酒よりも効果は遅いです。ちょっと玄人向けかなぁ」
「綾音につかったら気持ち良さそうによがってくれたよ。姫も興味ある?」
「……えっと」
「傑。お前つかったのか」
「趣向を変えるのも乙だぞ、資」
すでに彼女と関係を持ったのだろ? と言いたげな彼のにやにやした顔を前に、資はうっ、と黙り込む。下手なことを口にして恥をかきたくないと口を噤む異母弟から視線をそらし、傑は征比呂に薬酒が入った小瓶と軟膏を置いていくよう助言する。
「あの、もうひとつのは」
「この粉薬のことかい? 君たちには必要ないですよ」
自嘲するような笑みを浮かべ、征比呂は鞄に戻す。どういうことだろうと首を傾げる音寧に、彼は小声でうそぶく。
「不感症の薬ですよ」
「?」
「これは、心と身体の状態に作用する特別な薬なんです……想いあう男女には毒にも薬にもなりません」
結局、資は異母兄に言われるがまま、征比呂から薬酒と軟膏を買うことになった。どちらも傑が綾音と使ったことのある薬だと言っていたので、それならば大丈夫だろうという判断らしい。黄色い粉薬については傑も初耳だったらしく、興味深そうに見つめていた。
「征比呂のとこにはほんと色々な薬があるな」
「岩波山の皆さんにはお安くしますよ?」
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