時翔る嫁 双子令嬢と身代わりの花婿

ささゆき細雪

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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

歌劇場の控室に偽りの花嫁 02

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 それなのに資はいつものように音寧に向き合い、鎖がそこにあることなど無視して、やさしい言葉で体調を気遣う。

「夕ご飯に塩むすびを買ってきた。このままだと食べづらいだろうから、俺が食べさせてあげるよ、姫」
「あの、これをはずしてくだされば自分で食べられます」
「いいからほら、おとなしく口を開けて」
「あ……ん」

 ちいさな口に塩むすびを差し出された音寧は、思わずぱくりと食いついてしまう。
 ほんのりしょっぱいご飯を噛みしめて、自分が空腹だったことを思い知る。
 音寧はまるで親鳥から餌をもらう雛のように、資からぱくぱくと、無心になって食べていた。
 その様子を資が嬉しそうに見つめていることに気づくことなく。

「姫に手ずからご飯を与えることができて、嬉しいよ」
「そんな、資さま……んっ」
「慌てないで。お茶もあるから……口移しで飲ませてあげよう」

 ふたりきりの劇場の控室で、鎖につながれたまま花嫁衣裳の音寧が資から食事を施される光景は、まるで歌劇の一場面のよう。
 水筒に入っていたお茶を口移しで与えられ、お茶がお酒になってしまったかのような錯覚に陥る。たらりと音寧が着ている花嫁衣裳にお茶が零れても彼は気にするそぶりを見せずにそのまま彼女の唇を味わっている。舞台に酔い痴れるかのように、ふたりは腫れぼったくなった唇を幾度も重ね合わせていた。

「……っ、ハァ」

 ふだんとは異なる雰囲気を味わいたいのだろうか、とお腹いっぱいになった音寧が資の顔をのぞきこめば、満面の笑みを浮かべる彼がそこにいる。酩酊しているかのような彼の赤い顔を見て、音寧もふだんとは異なる状況に胸が高鳴り、下腹部に疼きを覚えてしまう。

「よかった。一息つけたみたいだね」
「……はい」

 しばらく外出をしていなかった音寧は、常人よりも弱っていたのだろう。久々に夏の日差しの下ではしゃぎ回っていたのだ、西陽が傾く頃に疲れが出て体力が尽きてしまったのも仕方がない、と資に言われてしまった。

 いいえ彼方とふたりきりで緊張していたせいですと心の中で言い返しつつも、彼からすると音寧がはしゃいだことで体力を消耗しているように見えるのだろう……現に汗だくになって気を失った彼女をこうして涼しい場所へ連れていき、着替えさせてくれたのだから。
 けれども、それだけではない半ば強引な彼の様子に、戸惑いを隠せないのも事実だ。

「あの、資さま……」
「浮かない顔をしてどうした? まだ何か?」
「この、鎖をはずしてください……っ!?」
「だめだよ。今夜は逃がさないと言っただろう?」

 強い口調の資に鎖を持ち上げられ、座っていた音寧は腰を浮かせる形になってしまう。つま先立ちで宙ぶらりんの状態になった音寧は彼の豹変を前に言葉を失う。
 じゃらり、と忌々しい音を立てた鎖は柱の天井近くに付随している木の枝に似た突起のような場所へかけられ、花嫁姿の音寧は両手をあたまよりうえにあげた状態で固定されてしまった。

「きゃ……」
「ずっと、ずっと欲しかったんだ。俺だけの大切な宝物。俺だけの花嫁。ようやく捕まえた」
「資、さま?」
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