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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

歌劇場の控室に偽りの花嫁 03

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 ――ふだんと同じ資さまなのに、どこか別人みたい。彼は何を焦っているの?


「姫は葉月のおわりまで帝都にいると言っていたが……綾音嬢の結納が終わったら、お役御免となって、帝都を去ることになると、傑が」
「え……」
「そんなことはさせない。貴女は俺の妻となる運命の女性だ。黙って姿を消そうとするなんて許せない」

 傑が何を思って資にそのようなことを言ったのか理解できない。たぶん、洋食屋で男ふたりが向き合いながら食事をしていたときにその話題が出たのだろう。そしてその言葉を真に受けた資は焦って、音寧に確認することなく行動に移してしまったのだ。
 だから、傑の協力を仰いで観月館を貸りた彼は、一晩かけて音寧を説得するため、趣向を変えて彼女に迫っているのだーー貴女を妻にして、この先も共に生きたい、と。

「資さま、おとねは逃げるつもりなど」
?」
「……っ違うんです、わ、わたしは有弦さまの妻、だから……」

 失言を繰り返して、音寧は言葉を濁す。資の口から出た「おとね?」という呼びかけが、未来で待つ有弦の姿に重なり、ぞくりとする。
 けれども自分が有弦の妻だと口にしたことで、資の反応はさらに頑ななものへと変質していた。

「やはり傑と綾音嬢が結納するまで軍に匿ってもらうという契約は、醜聞を避けるための親父の依頼だったんだな? そして息子の結納の儀が終わったら貴女の存在を何事もなかったかのように手元に呼び戻し、俺が知らない場所に隠して、その身体に溺れるんだ……可哀想な姫」
「誤解です、資さま」
「貴女が戻る場所は親父のところではない。俺のところだ」
「っ!」

 違うと首を振る音寧の顎に手をやり、噛みつくような接吻をする資。
 音寧が有弦の名を口にしたことで、火に油を注がれた資は怒りを露わにして、花嫁衣裳の彼女をきつく抱き寄せる。

「んっ……」
「姫、俺の妻になれ。有弦のことなど忘れてしまえ」
「資さま……」
「言っただろう? 俺は貴女の想い人から貴女を寝取ると。もう、俺は待てない」
「ぁん、んんっ」

 溺れるような口づけを繰り返され、身動きのとれない音寧は喘鳴をあげながら彼に絡めとられていく。スカートのなかへ彼の手が入り込んだことにも気づかないまま、彼が差し込んできた舌先に翻弄され、ぐずぐずに脳髄をかき回されるような錯覚に陥る。つま先立ちをした状態で、接吻を受けていくうちに腰が支えきれなくなった音寧が柱にもたれようとすれば、彼の腕に制止され、そのまま崩されそうになる。

「花嫁衣裳の貴女はやはり美しいな……壊してしまうのが惜しいくらいだ」
「壊す……? な、何を」
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