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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

強がりな半分の女神のおねだり 02

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 音寧の訴えるような青みがかった黒い瞳に、資もまた榛色の双眸を見開いて、凝視する。

「――不味いだろう?」
「わたしの体液を飽きずに啜っていた彼方が、それをおっしゃいますか」
「おとねのは、糖蜜のように甘くて美味しいぞ?」
「資さまの……だって、美味しい、です……ぐっ」

 喉奥まで突かれて、音寧がえずけば、資が「いわんこっちゃない」と苦笑を浮かべて彼女の口から己の分身を取り出す。

「あっ!」

 まだ精液を搾り出していないのにと慌てる音寧の身体を寝台に沈めて、資は不敵な笑みを浮かべる。

「最後だろうが関係ない。俺はいつもどおり貴女を組み伏せたい」
「……資さま」
「赤き龍の囮は危険な任務だ。ほんとうはここに閉じ込めて誰にもふれさせたくない」
「だめです」
「ああ……わかっているよ。部外者は俺の方だったんだな」

 自分が彼女の護衛に任じられたこと自体、奇跡だったのだ。
 魔眼を失って用済みになっていた自分を異母兄の傑が推薦して、半ば強引に期間限定の仕事を与えられて。
 そこで傑の婚約者でかつての監視対象であった異能持ちの綾音と瓜二つの令嬢と出逢って……恋をした。

「資さま」
「それでも、こんな形ではなればなれにされるなんて……」
「そんな、女々しいことおっしゃらないで……かならずまた、逢えますから」

 女を知らない未熟な自分に、口づけから練習をはじめて、愛撫と、その先を導いてくれた彼女は、「未来から慕っていた」と不思議な告白をした。姫と呼べと言っていた彼女には、おとねという可愛らしい名前があった。
 お伽噺だと思っていた、時宮の双子令嬢の、半分の女神様。
 傑と綾音はその正体を知っているのに、自分だけ知ることが叶わなかった、目の前の恋しいひと。

「未来で?」
「そう、未来で……」

 結ばれてから何度も口ずさんでいた「未来」という聞き慣れない単語。時を味方につける異能を持つ綾音と、彼女を深く知る傑も平然とその言葉を口にしていたし、傑にいたっては「この世界」などという不可解な概念で資を煙に巻いた。帝都へ来た彼女はこの世界の人間ではないのかもしれない……この世界よりもすこし先の世界を生きる彼女だから、自分のことを「未来の旦那様」と当たり前のように口にしていたのでは?
 いまになってようやく、資はその考えに到達する。

「おとね……貴女は、未来から来た?」
「それを知って、どうするのです? 資さま」

 未来の旦那様、という言葉を裏返せば、ここにいる彼女は、自分にとっての未来のだ。
 彼女はわざわざ時を翔るちからで結婚前の自分に逢いに来て、この世界で異能を発揮するために童貞だった自分の精を求めていた……?
 傑だって言っていたではないか「姫と呼ばれるだけのことはある、唯一の精愛を身体に注がれたことで花開いた希少な異能持ち」だと。
 そうだとすれば、自分はずっと誤解していたことになる。未来の旦那様――五代目岩波有弦を襲名したのが自分だとしたら、彼女は未来の自分に処女を捧げていることになる。彼女は、ほかの男の精を与えられていたわけではなく、はじめから自分だけに操を立てて……唯一の精愛で、時宮の異能を覚醒させていたのだ。
 資の指摘を受けて瞳を泳がせる音寧を見れば、一目瞭然だ。
 なんていじらしいんだと資は破顔し、そのまま顔を近づけ、唇を奪う。

「ンっ……資さ、ま……ア」
「――貴女はとっくに俺なしではいられない身体に調教されていたってことか。若い俺だって、悪くないだろう?」
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