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第三部 溺愛狂詩 大正十二年神無月〜 《 未来 》
巻き戻された未来が示すもの 02
しおりを挟む一方の綾音は自分がここに来るまでに何が起こり、自分たちで何を起こしたのか理解していた。過去から召喚され、未来の自分と融合することが叶った綾音は傑とともに静岡で何も知らずに暮らしている音寧の元へ向かった。帝都に残された資がこの夏に過ごした運命の姫君との再会をおとなしく待つなど、ありえないからだ。
いつ資が乗り込んでくるか気が気ではない綾音は、十八歳の音寧が無事に資を受け入れて、求婚に応じるまで見届けようとしているのだ。
「おねえさま」
「なぁに、とね」
かつて時を味方につける双子令嬢と呼ばれていた姉妹は一生に一度だけつかえるという時を翔るちからで互いを召喚しあったため、もはや歴史を変えることは叶わない。
綾音が確実に魔物を封じるため破魔のちからを音寧に返却し、過去から未来へ自分を召喚させたのがほんの一月ほど前だというのに、綾音はずいぶん長い時間を過ごしているような気分になっていた。自分の死後を生きた十九歳の双子の妹と過ごした夏は、二度と戻ってこない。
それでも目の前にいるまだ何も知らない十八歳の彼女と、これから一緒に時間を重ねて過ごしていけるのは感慨深い。本来なら綾音は赤き龍との戦いで命を落としていたのだから。
「おねえさまはほんとうに破魔のちからを失ってしまったのですか」
「ほんとうよ。だって、貴女に返したんだもの」
「……実感が湧かないんです。だけど、なんか視界にチラチラ不思議なモノが見えたりして」
破魔のちからを持っていなかった音寧だが、震災が起こる数日前から、人ならざるモノを捉えるちからをはじめとした、かつて綾音が持っていた異能を発揮できるようになっていた。その破魔のちからこそ、岩波山の有弦を襲名する男たちの異常な欲情を制する鍵となるのだが、ここにいる音寧は何も知らない生娘だ。それゆえすぐに破魔のちからを制御することもできないだろう。
けれど、資の花嫁になって、褥をともにするようになれば彼女は岩波山の掟と呼ばれる呪われた宿命を糺せるようになる。後継となる男児を為し、岩波山に栄華を……言葉通り、時を味方につけるようになるのだ。
だから死ぬはずだった綾音と傑は岩波山の輪廻から離脱することにした。これ以上、軍のごたごたに巻き込まれるのもごめんだし、異能に絡んだ厄介な事象と関わりたくなかったから。それになにより双子の妹に幸せになってほしいから。
「あたしが返した破魔のちからは、これからの貴女に必要なものなの。扱い方はおいおい旦那様が教えてくださるはずよ」
「旦那様、ですか?」
男の精がなければ自力で異能を扱うことができないことを知らない音寧は不思議そうな顔をして綾音を見つめている。
軍で活躍していた資なら、花嫁の事情にも精通しているはずだ。傑の悪戯で媚薬を口にして邸にいた資を襲いそうになった自分を冷たくあしらって異母兄へ突き返したことを思い出し、綾音は苦笑する。
「時宮の家を出されても、貴女も異能持ちの血を立派に引いているのだから。次期有弦の花嫁として、三代目から白羽の矢が立っているのよ」
「また、そんなこと言って……おねえさまったら」
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