181 / 191
第三部 溺愛狂詩 大正十二年神無月〜 《 未来 》
巻き戻された未来が示すもの 03
しおりを挟む先月の震災で双子の生家は消え、父親も倒壊した建物に潰されて死んだため時宮一族は滅亡した。もはや帝都にふたりの居場所はない。幼少期に生活していた武家屋敷だけでなく、一緒に隠れ鬼をした蔵も焼け落ち、なかにあった蒐集物も殆どが塵芥と化した。綾音が気に入っていた花鳥の鏡も蔵に仕舞われていたらしいから、きっと焼けてしまったのだろう。
時宮の異能はもはや時代遅れの他の異能同様、淘汰されるものへと変容している。今回の震災で一族が消えたことが明るみに出れば、不思議なちからに肖ろうと考える愚かな人間たちも諦めがつく。帝都にあった冥穴を塞いだことで、魔物が帝都で騒ぎを起こすことも今後少なくなっていくだろう。
「覚えておきなさい。破魔のちからは愛する者を護るためのちからよ」
綾音のことを運命だと言って求めてきた傑は、彼女が持っていた破魔のちからを畏れもしなかった。当時、軍から腫れ物のように扱われていた十六歳の綾音は、彼になら、盗まれてもいいと身体を許した。華麗な花盗人は綾音のことを第一に考えてくれる。岩波山の後継として将来を期待されていたにも関わらず、こうして未来の双子の妹の存在を信じて、ともに駆け落ちまでしてくれたのだから。
もう、綾音に破魔のちからは必要ない。本来の能力者である自分の双子の妹に託し、最後の異能持ちの姫が幸せになるよう、岩波山の五代目有弦となる資に未来を委ねることで、平行しているであろうこの世界の時空の歪みは糺される。
「愛するひと?」
「大正十二年の夏の帝都にひとり翔んできた未来の自分を、受け入れてあげなさい」
大正十四年の如月の池からこちらへ翔んだ彼女は、元いた世界には帰っていないはずだ。帰れないのだから。
だって元いた世界では綾音と傑が死んで、傑の身代わりとして資が五代目有弦となり、その花嫁として求められた音寧は破魔のちからを持っていなかったのだから。西ヶ原の洋館で子を生むことも叶わないまま呪詛にも似た岩波山の掟によって監禁されて抱き潰されて音寧が命を散らす運命は、結局のところ変わらないし変えられない。
けれどもその世界は時空の歪みによって生じており、平行しているこちらの世界の過去へ翔んだ音寧は資と初恋をやりなおし、成就させ、綾音から破魔のちからを返してもらった。死ぬ運命だった綾音と傑は駆け落ちをしたことで生き延び、ここでは音寧の知らない新しい未来……大正十四年から翔んだ彼女にとっては巻き戻された未来だが……がはじまっているのだ。
綾音と傑が死ぬ運命を変えたことで、資は身代わりの五代目有弦ではない、正真正銘の岩波山の五代目有弦になろうとしている。そのときに彼を隣で支える花嫁は、綾音ではない、音寧だ。
だから資と音寧が身代わり同士で悩んだことも、岩波山の掟に苦しんだことも、すべて別世界の未来での出来事になる。
「おねえさまのように?」
かつて破魔のちからを持っていた双子の姉に召喚され、未来から時を翔るちからをつかったという音寧は、綾音の言葉に不服そうに言い返す。
「いまはわからなくても、運命が教えてくれる。心配しないで……おとね」
だから綾音は桂木とねと名乗る彼女の傍で、待っているのだ。綾音と傑が死んでいる大正十四年の如月へ戻ろうとして戻れなくて、いまもどこかで未来で待つ夫を探して彷徨っているであろう十九歳の音寧が、ここにいる彼女と融け合うそのときを。
巻き戻された未来でもう一度、資に花嫁として求められるであろう彼女が、素直にすべてを受け入れてくれる、そのときを。
0
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる