時翔る嫁 双子令嬢と身代わりの花婿

ささゆき細雪

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第三部 溺愛狂詩 大正十二年神無月〜 《 未来 》

巻き戻された未来が示すもの 03

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 先月の震災で双子の生家は消え、父親も倒壊した建物に潰されて死んだため時宮一族は滅亡した。もはや帝都にふたりの居場所はない。幼少期に生活していた武家屋敷だけでなく、一緒に隠れ鬼をした蔵も焼け落ち、なかにあった蒐集物も殆どが塵芥と化した。綾音が気に入っていた花鳥の鏡も蔵に仕舞われていたらしいから、きっと焼けてしまったのだろう。

 時宮の異能はもはや時代遅れの他の異能同様、淘汰されるものへと変容している。今回の震災で一族が消えたことが明るみに出れば、不思議なちからに肖ろうと考える愚かな人間たちも諦めがつく。帝都にあった冥穴を塞いだことで、魔物が帝都で騒ぎを起こすことも今後少なくなっていくだろう。

「覚えておきなさい。破魔のちからは愛する者を護るためのちからよ」

 綾音のことを運命だと言って求めてきた傑は、彼女が持っていた破魔のちからを畏れもしなかった。当時、軍から腫れ物のように扱われていた十六歳の綾音は、彼になら、盗まれてもいいと身体を許した。華麗な花盗人は綾音のことを第一に考えてくれる。岩波山の後継として将来を期待されていたにも関わらず、こうして未来の双子の妹の存在を信じて、ともに駆け落ちまでしてくれたのだから。
 もう、綾音に破魔のちからは必要ない。本来の能力者である自分の双子の妹に託し、最後の異能持ちの姫が幸せになるよう、岩波山の五代目有弦となる資に未来を委ねることで、平行しているであろうこの世界の時空の歪みは糺される。

「愛するひと?」
「大正十二年の夏の帝都にひとり翔んできた未来の自分を、受け入れてあげなさい」

 大正十四年の如月の池からこちらへ翔んだ彼女は、元いた世界には帰っていないはずだ。帰れないのだから。
 だって元いた世界では綾音と傑が死んで、傑の身代わりとして資が五代目有弦となり、その花嫁として求められた音寧は破魔のちからを持っていなかったのだから。西ヶ原の洋館で子を生むことも叶わないまま呪詛にも似た岩波山の掟によって監禁されて抱き潰されて音寧が命を散らす運命は、結局のところ変わらないし変えられない。
 けれどもその世界は時空の歪みによって生じており、平行しているこちらの世界の過去へ翔んだ音寧は資と初恋をやりなおし、成就させ、綾音から破魔のちからを返してもらった。死ぬ運命だった綾音と傑は駆け落ちをしたことで生き延び、ここでは音寧の知らない新しい未来……大正十四年から翔んだ彼女にとっては巻き戻された未来だが……がはじまっているのだ。
 綾音と傑が死ぬ運命を変えたことで、資は身代わりの五代目有弦ではない、正真正銘の岩波山の五代目有弦になろうとしている。そのときに彼を隣で支える花嫁は、綾音ではない、音寧だ。
 だから資と音寧が身代わり同士で悩んだことも、岩波山の掟に苦しんだことも、すべて別世界の未来での出来事になる。

「おねえさまのように?」

 かつて破魔のちからを持っていた双子の姉に召喚され、未来から時を翔るちからをつかったという音寧は、綾音の言葉に不服そうに言い返す。

「いまはわからなくても、運命が教えてくれる。心配しないで……おとね」

 だから綾音は桂木とねと名乗る彼女の傍で、待っているのだ。綾音と傑が死んでいる大正十四年の如月へ戻ろうとして戻れなくて、いまもどこかで未来で待つ夫を探して彷徨っているであろう十九歳の音寧が、ここにいる彼女と融け合うそのときを。


 巻き戻された未来でもう一度、資に花嫁として求められるであろう彼女が、素直にすべてを受け入れてくれる、そのときを。
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