恋のしっぽにリボン

ささゆき細雪

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現実

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「いい加減にしろ」

 どすん、と尻もちをつく形であたしは腐葉土の上に落とされ、目を開かざる負えなくなる。
 そこは南の国ではなく学校の廃れた温室。優しい白馬に乗った王子さまが目の前で花を捧げることはなく、幼なじみが怒りながらあたしの顔をのぞきこんでいる。

「……ちぇ」

 もうちょっと夢の世界にいたかったなぁと口にしたら、今度はぽかりと頭を叩かれてしまった。

「お前さんのいけないところだぞ、その現実逃避癖」
「わかってます。でも真弓、あたしはたったいま失恋をしたばかりなんだよ。すこしくらい感傷に浸っていてもいいじゃないか」
「その浸り方が問題。そんなんじゃまた恋に目覚めても同じことを繰り返して悪循環に陥って最後には夢の中から出てこられなくなるぞ」

 そう言いながら、あたしを立ち上がらせて、スカートについた土を払っていく。いつの間に真弓はあたしより背が伸びたんだろう、重くなったあたしの身体をひょいとお姫さま抱っこできるようになったんだろう。そういえば高校に入ってから分厚い眼鏡をコンタクトにしたんだっけ、クラスの子たちが彼が来るたびにきゃあきゃあ言っていたなぁなんてことをぼんやり考えていたからか、いつも見慣れているはずの彼の顔を凝視して、思いがけず顔を赤らめてしまった。

「どうした雛野、お前さんが反論しないなんて珍しいじゃないか」
「……なんで真弓は、そうまでしてあたしの傍にいてくれるの」

 ぼそりと問えば、当然のように返ってくる。

「お前さんがすきだからに決まってるだろ。そんなこともわかってなかったのかい」
「う」

 顔を赤らめることもなくきっぱりと言われてなぜかこっちが恥ずかしくなってしまう。
 恋愛対象として考えたこともなかった真弓。彼はあたしの恋をひたすら応援してくれた。ときにはあんな奴やめとけよとかどうせまたひとりで傷つくぞなんて忠告されたりしたけれど、どうして彼がそういうことを言ってくれたのかいままで考えたこともなかった。
 だから恋のしっぽを探してリボンを結ぼうと提案しても、自分は結ぶつもりがなかったんだ……
 黙りこんでしまったあたしの前で、真弓はまっすぐに言葉を投げかける。

「お前さんのリボンを、オイラは結びたい」
「でも、恋のしっぽは……?」

 あたしが彼の顔を見上げると、その先に垂れ下がる無数のしっぽが見える。
 薄紅色のふさふさのしっぽの生え際には、色褪せた制服のリボンやネクタイが鈴なりに結び付けられている。
 これが、恋のしっぽ?

「キャットテイルの花だよ」

 恋のしっぽの正体は、人知れず温室の片隅で花を咲かせるキャットテイル。温室栽培されたものだからか、ふだん外で目にする低木よりもずっとおおきく、花の数もたくさんついている。何度も足を運んでいたのに気づけなかったのは、あたしが眠る観葉植物の森の先に植えられていたからだろう。
 猫のしっぽに似た花は、ときおり入る隙間風に気ままに揺られ、その振動でリボンやネクタイも踊っている。

「学校に伝わる恋のしっぽ。すきなひとのリボンを結ぶジンクスは……って何すんだよひな!」

 あたしは真弓がつけていた制服のネクタイを奪い取り、目の前に垂れ下がっている花開いたばかりのしっぽに結びつける。
 結ばれたばかりのしっぽは、ゆらゆら、ゆらゆらと楽しそうに揺れている。
 驚いた表情の真弓の前で、十数年ぶりに彼の名前を口にする。懐かしくて、どこか歯がゆくて、それでいて嬉しい気持ちを表しながら。

「これで、あたし以外のおんなのひとには目もくれないってことよね!」

 胸元の臙脂色のリボンをほどいて。

「……結びなさいよ。恋のしっぽにリボン」

 あたしは顔を真っ赤にして、笑っている彼にリボンを手渡す。
 真弓はあたしからもらったリボンを持って、しっぽの木に手を伸ばす。

「どうしたの?」
「いや。雛野、リボンがないときはブラウスのボタン、ちゃんとしめろよ。胸の谷間が丸見えで……欲情する」

 言われてハッと気づく。
 リボンをほどいたら、胸元まで制服のブラウスのボタンは開けっ放しだ。ピンク色のブラジャーのレースもばっちり目視されていたっぽい。なんてこったい。いや、それよりも驚いたのは彼の口から「欲情」の二文字が飛び出してきたことだ。

 よくじょうだよ。
 欲情って……!

 目の前の男からそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった。異性として認識してこなかった真弓には中学のときの痛かった初体験もその後の体験談も包み隠さず話している。元彼との惚気をうんうん聞いてくれた頃ですら、そんなそぶりは見せなかったのに。
 慌てるあたしの反応が面白かったのか、真弓は調子に乗って言葉をつづける。

「わかった、結んでやる。そのかわり……」
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