水の都で月下美人は

ささゆき細雪

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Ⅷ 月下美人と悪魔な賢者

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「殺し合いなどしたくない? そんな甘えたことを言っている場合ではありませんぞ」
「弟は情けをくれた。今更裏切ることなど……」

 ――イデアは白昼夢のつづきを思い描く。
 ルクリエンテが名を変えてからもイデアは十五歳までこの地に留まっていた。オスマンへ戻ったのは父が玉座を手に入れてからだ。
 栖暦1413年、メフメト一世は殺し合いを終え、第五代スルタンとなる。
 ムラトは男として育てられることになったが、既に女としての生活に慣れていたイデアを気の毒に思った父は、そのままの暮らしを許してくれた。
 
 だが、その扱いがムラトの癇に障ったのだろう。
 その後、二十歳を過ぎても女のような生活をつづけた華やかなイデアの存在は、ムラトの目の上のたんこぶだった。
 父メフメトが病床に倒れた折、十七歳の彼は冷たく言い放ったのだ。


『次のスルタンになるのは俺だ。殺されたくなければ、女のまま、逃げろ』


 女のように化粧をし、器用に生きたイデアは弟に殺されるのを良しとせず、オスマンを飛び出した。
 そのときからともに行動しているのがザイード……かつてのメフメト一世に仕えていた大賢者だ。
 彼はルクリエンテを追放された臙脂色の瞳のエヴァンジェリン妃を匿っていた空中都市メテオロンに目をつけ、修道院群を統べる長に世俗と離れることを条件に、生活することを受け入れてもらった。
 それ以来イデアは賢者の知恵をザイードに教わりながら、自給自足の気ままな生活を送っていた。ザイードが自分を擁立して政権を奪い取ることを夢見ていたことなど、気にすることもなく。


「……“砂漠の薔薇”の在処がわからない今、頼れるのは銀の瞳を持つ彼女だけだ」
「だから?」
「媚薬でもなんでも使ってモノにしてしまえ。生娘でないのなら、なおさら簡単に堕とせるはずだ」
「……はい?」
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