姉と薔薇の日々

ささゆき細雪

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神様の深爪

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   * * *

 三年前の秋、横浜駅のホーム。
 通勤ラッシュが始まる寸前の出来事。
 チェックのミニスカート姿の女子高生たちがたむろしている。
 その中に彼女もいた。
 紺色のブレザーと、白いブラウス。当時はルーズソックスという名の靴下が流行していたっけ。
 彼女の墓石の前で、あたしは楓と石段に腰掛けて回想する。
 見ていないのに、なぜこうも鮮やかに想像できるのだろう。
 彼女が……いや、彼女タチが飛び込む瞬間を。

「被害者は全部で二十六人。その中に、茉莉花もいたの」

 鉄道会社は被害者の遺族にそれぞれ請求したので、それぞれが背負う金額は通常より安かったと聞く。
 だが、遺族はそれよりもなぜ自分の娘があんなことをしたのか理解できないと思う。

「集団自殺ってなんだか儀式みたいだよね」
「あれは殆ど狂気じみてたわよ」

 新興宗教より厄介だ。
 彼女と共に飛び込んだ二十五人の女子高生たちは、多分彼女を信仰していたのだろう。
 神を信じず、彼女を信じた犠牲者たち。
 目撃者の話によると、急行列車の到着と同時に一斉に飛び込んだそうだ。
 運転手があの日以来電車に乗れなくなってしまったのも頷ける。
 突然、得体の知れない女子高生たちがホームに突撃してきたのだから。
 赤い血が車窓に飛び散る。
 その情景を目撃していた百人近くの人が吐き気を催したり、貧血で倒れた。
 あまりにも日常とかけ離れた出来事に、誰もが硬直した。
 飛び込んだ二十六人は全員即死。
 一年後に石碑が立てられたが、それでおしまい。
 沢山の花束が無造作に供えられていたのも半年だけ。
 遺族の為のコンサートも何もない。このままきっと、忘れられてしまうのだろう。

 だって彼女たちは何にしろ、飛び込むことを心に決めていたのだ。たかが自殺。

「セリカはお姉さんのこと、どう思ってるの?」

 楓が淡々と事実を述べるあたしを不審そうに見る。

「ダイキライよ。彼女は全てを捨ててしまったから」

 彼女は颯爽と現実を逃避した。
 それが許せない。
 そして、道連れを装備していたのも、許せない。
 死ぬなら一人で死んでほしかった。
 誇り高い彼女のままでいてほしかった。

「カエデ、こんな風に考えるあたしって、やっぱり変?」

 楓は淋しそうに微笑むだけだった。


   * * *


 諫早はあたしの身体を抱きしめて、囁く。

「俺だけの女神様……」

 女神。
 その言葉は誰に与えられた称号だろうか?
 火照った身体を冷たい手が撫でてゆく。
 彼女は女神みたいに神々しかった。
 誰をもひれ伏す力があった。
 あたしでさえも恐れる力が。
 でも、彼女についていったのは同性の女の子だけだった。
 あんなにも美しい彼女が、男性を道連れにしなかったのは納得がいかない。
 だからって、失恋が自殺の原因とも考えられない。
 理由も原因ももう必要ない。
 彼女はここにいないし、蘇ることもないから。

「彼女は神になりたかったのかな?」
「神になってしまったから、あんな風に命を絶ったんじゃないのか?」

 神ってなんだろう?
 素朴な疑問。

「でも、神に祭り上げられてしまったら、ある意味悲劇だよね」
「そうだな……」

 諫早の手があたしの肩を掴む。
 こんな会話は今まで何度も繰り返しているというのに……あたしたちは彼女の迷宮からいつになったら抜けられるのだろう?
 そのことを忘れられるのは、彼と交わっているときだけ。
 高揚する己の身体の浮遊が、現実を突き放させる。
 彼と繋がっていられることで、あたしは逃げている。
 本能のままにしか動けない哀れで惨めな生命体。
 忘れることが解決に繋がるとも思えない。
 なら、どうすればいい?

「どうすれば?」
「そう、どうすれば誰もが納得する物語を終わらせられる?」
「彼女みたいに?」
「違うよ。彼女が書き残した物語を、どうやって紡げばいいのか、ってこと」

 諫早は暫く考えて、あたしの指を舌で舐める。

「セリカ、そろそろ爪切りなよ。俺の皮膚に食い込むだろ」

 そうだね。
 彼女みたいに深爪しよう。
 そしたら何かがわかるかもしれない。
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