春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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「もし、あなたが鎌倉を滅ぼすならぼくはとっくに殺されているわけでしょう?」

 だから神託に惑わされる必要はないのだと、実朝は頑なな唯子に告げる。
 彼はほんとうに何も知らないのだ。甥、公暁を猶子としたのも実兄の忘れ形見だからだと思っているからで、目の前にいる唯子が血の繋がりを持つ姪であることなど考えにも及んでいない。

「……そうかもしれませんね」

 言い負かされるような形で、唯子は呟いていた。これ以上、彼に反論しても無駄だし、ましてや秘密を露見させるのは自分で墓穴を掘るようなものだ。
 だが、自分の実兄や母親が神託のために唯子を三浦一族の庶子と立場を逆転させたことを知らないとはいえ、いまは嘘を貫き通せても、いつか知られてしまうのではなかろうか。
 そうしたら、自分はどうなってしまうのだろう。唯子はぶるりと身体を震わせる。
 こんな風に、ひとつの衣被きのなかで接近して言葉を交わすなんて、危険すぎる。
 けれど、遠いひとだと思っていた実朝が、自分と似たような不安を抱いて生きていることを知ったからか、唯子は彼から離れられずにいる。
 黙り込む唯子の前で、実朝はくすりと笑う。

「まさか三浦どのが、こんな愛らしい女人を隠しているとはね」

 忌み姫なんて嘘ではないか、と実朝は唯子の耳元で囁き、彼女の呆気にとられた表情を楽しんでいる。

「――え」

 いま、彼はなんといった? 鎌倉を滅ぼすと信じられている自分のことを愛らしい女人、だと。周りから痩せぎすの可愛くない女だと蔑まれていることに慣れていた唯子にとって、それは目を疑う言葉だった。

「でも、それを言うなら、実朝さまだって。わたし……こんなにお茶目な方だなんて、知りませんでした」

 女物の衣被きを纏う三代将軍。唯子は将軍という言葉から、頼家のようにもっと武に長け、がっしりした体形の男性だと思っていた。けれど、唯子の傍で微笑む彼は、人懐っこくて、中性的で、不思議と衣被きをしていても違和感を抱かせない。痛々しく見える疱瘡の痕ですら、顔に咲く牡丹の花のようで、美しく感じられる。疱瘡に罹る前にその顔を拝んでいたら、きっと完璧すぎて近寄ることすらままならなかっただろう。

「だろうね。いつもは猫を被って大人しくしてるから。本音を吐きだせるのは衣被きのなかだけですよ」
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