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参
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しおりを挟む「だけど十年以上連れ添っていれば、衰えは感じられるものよ。お互いにね」
実朝が信子のことを「十年来の戦友ですよ」と誇らしげに唯子に紹介してくれたのを思い出す。親の都合で決められ夫婦という関係を持ったふたりは、夫婦とはいえ、どちらかといえば親しい友人のように、穏やかに関係をつづけている。それゆえ、烈しい嫉妬や恋慕の情とは無縁なのかもしれない。
それだから子どもを成すという行為もまた、自然に任せているのだろう。
できなければ養子をもらうなり若い側室にお願いすればいいだけのことです、と信子はあっさりと言いのけたのだ。この話を聞いて唯子の方が慌てふためいてしまい、眉子に「姫さまはまだまだお子様ですから」と余計な補足をされ笑われ恥ずかしい想いをしたのも、三月経ったいまではいい思い出だ。
「貴女は気に病むことなどないのよ」
庭先をじっと見つめる唯子に、さすがに小袖だけでは肌寒いでしょうと、背後から葡萄茶色の小袿を羽織らせ、信子は呟く。
「不安なら、ずっとここにいてもいいのだから」
「……ここに、ですか?」
「そうよ。ここなら鎌倉を滅ぼす忌み姫だからって無意味な差別に怯えることもないわ。鎌倉どのの奥方として、堂々としていられるんじゃない?」
「――おそれながら、信子さま」
信子が嬉しそうに提案するのを、小柄な少女が静かに遮る。そういえば、この場には自分と信子以外に、もうひとり控えていたんだった。唯子は改めて目立たない信子の侍女へ視線を傾ける。
「どうしたの、和泉。貴女が話に混じるなんて、雨が降りそうね」
普段から無口な少女は主に雨が降りそうだと言われても何食わぬ表情で、唯子の方へ首を向ける。
「実朝さまは唯子姫を京都に置くことを快く思ってお……」
「わかった、北条がうるさいのね」
おりませぬ、と告げる前にあっさり信子に言葉を折られ、和泉は苦笑する。
「だけど、唯子姫。ほんとうに辛くなったら、いつでも京都へおいでなさい。異母兄たちにもよく伝えておくから」
「――ありがとうございます」
このひとは心底心配してくれているのだ、と唯子は素直に頷き、ぺこりと礼をする。
「それよりいいのかしら? 向こうで眉子が何かしているみたいだけど」
「え……あぁっ!」
庭の奥ではいそいそと眉子が薬用菊の花を籠に集めている。唯子はいつの間にと庭へ飛び出し、信子も楽しそうに彼女の後を追っていく。
庭へ出た唯子と信子を見送った和泉は、瞼を伏せて淡々と呟く。
「でも。ひとりだけで逃げることはけして許されないよ……暁子」
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