7 / 14
+ 6 +
しおりを挟む* * *
「千晩に先に伝えたのは、泰介に告知できるように予行練習したからだよ。だから妬かないで聞いてね」
暁乃は静かに話し始める。
「あたしが歩くのぎこちないのは泰介も知ってるよね。来週にはギプスも外れるんだけど、まだ杖は必要なんだ。なんでかっていうと」
ここで、言葉を切る。
「あたしね、事故の後遺症が、目にきちゃったんだって。いつ失明してもおかしくないんだって。それ、千晩に告げたら、あたし、泣けてきちゃって……」
ああそうか。だからあの時、暁乃は俯いて、静かに涙を零していたんだ……
僕は黙って暁乃に続きを促す。
「意識が回復してから、白い包帯で顔をぐるぐるに巻かれたの、泰介も見たよね。あの頃から視力がなくなっていたんだよ。病室にいた頃は泰介の顔、輪郭がはっきり見えていたのに、ここ一週間くらい前から、かな。目に見えているもの、全てがぼんやり、境界が曖昧になっちゃったんだ」
僕が持っていた傘の柄を、暁乃が恐る恐る触れる。冷たい雨粒と、彼女のぬくもりを持った手が、僕の触覚を刺激する。
「こないだ視力検査したんだけど、随分落ちちゃったよ」
弱視。眼鏡やコンタクトで矯正しても変わることのない視力。
僕は、歩く足を止め、坂の途中で、暁乃と向き合う。彼女の顔を、じっと見つめる。
きめ細かい白い肌、綺麗に整えられた眉毛、きりりとした一重瞼、ふっくら柔らかな朱色の唇、そして、澄み切った茶色の瞳。
その双眸が、曇りつつある。
「どうしたの、泰介?」
きょとん、とした表情で僕を見つめる暁乃。彼女が眼を瞑った時、思わず僕は彼女の瞼を指でなぞっていた。
「何、くすぐったいよ」
彼女の目玉は、キラキラ輝く硝子玉のようで。つい、瞼の上から触れてしまう。
彼女が次に両目を見開いた時、琥珀のような瞳が、少しだけ潤んでいた。
「暁乃」
「もうちょっとしたら、かっこいい泰介が見られなくなっちゃうんだね、あたし」
……彼女が呟いた、冗談めかした言い方が、あまりにも切なかったから。
彼女が不意に零した涙の理由を、僕は無視して、彼女の肩を優しく抱くことしか、できなかった。
二人で持っていた傘は、地面に落ち、暁乃の頬を、雨粒が、涙と共に、流れ落ちた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる