白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

ささゆき細雪

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白鳥とアプリコット・ムーン 本編

ローザベルとウィルバーと燃え上がる夜

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 ウィルバーが知る古代魔術の知識は微々たるものだ。近代化したアルヴスでは魔法はすでに絶滅しており、馬車ではなく鉄でできた車が走り、おおきな蒸気船が海を越え、電力によって明かりが灯り、戦でも剣ではなく銃を扱うようになっていた。
 めまぐるしい技術改革、産業革命が起こったことで鉄鉱石をはじめとした資源は枯渇、領土をめぐる争いは激化……ウィルバーの母国グランスピカもスワンレイクの一族が亡命したこともあり、ウィルバーが新大陸へ渡って一年もしないうちに地図から名前を消していた。いまあの場所がどうなっているかはわからない。

 新大陸、と名付けられているとはいえラーウスには魔法が残っていた。妻のローザベルは精霊のちからを借りて光を生みだしたり、風を操ったりすることができる。ふだんは驚かれるからと必要最低限しかつかわない古代魔術の数々は手品のようで、ウィルバーの胸をときめかせた。
 魔女の娘などと称されていたノーザンクロスの姫君だが、魔女というより妖精に近い気がしてくる。
 いまも花の離宮に付随する神殿跡地に足を踏み入れて、無邪気に誰が眠っているのかもわからない聖棺の蓋に頬を寄せている。

「そんなにすごいのか? 俺にはただの綺麗な石にしか見えないけど……」

 疑う夫を窘めるように、ローザベルはくすりと笑う。

「じゃあ、過去視のちからを、すこしだけ……」

 その瞬間、聖棺に嵌められていた薄紅色の“稀なる石”が煌めきはじめる。目の前に霧がかかり、ウィルバーは思わずローザベルの手を握りしめていた。
 怪盗アプリコット・ムーンと対峙したときに感じた膨大な魔力がウィルバーを襲う。たしかにこれは常人では魔力に抗えないだろう。

「ローザ?」
「花嫁行列がこちらに向かってきます。神殿で儀式を行い、先祖たちへ挨拶を行います」

 ――ローザベルは緑柱石のような瞳を輝かせて恍惚とした表情で石室を、しいてはこの神殿跡地全体を俯瞰していた。
 彼女の脳裡には、ラーウスの古民族同士の結婚式の情景が浮かび上がっていた。ウィルバーにも視せられるかと思ったが、彼は全体を視られないようだ。だが、自分達が佇んでいる石室に花嫁行列が入ってきた途端、ウィルバーの手がぴくりと震えだした。

「……うそ、だろ」
「あ、石室へ入りましたね。ウィルバーさま、わかります?」
「ああ……これが夢占の景色なのか?」
「占いではありません、過去視です。この地で起こった出来事を覗き視るだけだから。たぶんいまから百年くらい……おばあさま!?」

 まさかこのような場所で自分と縁ある人間の姿を認めることになるとは思わなかったローザベル、ぽかんと口を開けている。
 その隣でウィルバーもローザベルの曾祖母でスワンレイク王国初代国王マーマデュークに“敬愛”を誓った宮廷魔術師アイーダ・ノーザンクロスの若かりし花嫁姿に困惑している。
 それも、体つきが丸見えの、緻密なレース織りの深紅のガウン一枚という扇情的な姿で……

 ――ローザに、そっくりだ。

 年の頃は十五歳くらいだろうか。肩まで伸ばした黒髪に、森林の緑を彷彿させる神秘的な瞳、羚羊を彷彿させるすらりとした手足と、ローザベルよりもおおきそうな胸が目立っている。レース越しにぴんと勃った乳首と淡い茂みの生えた下半身も確認できる。
 どうにか両手をつかって秘部を隠そうとしていたが、少女アイーダのちいさな手では隠しきれていない。

 アルヴスの結婚式と異なり、ラーウスの結婚式ではドレスの色が決まっていないそうだ。儀式でどうせすぐに脱いでしまうからだ、という話は耳にしたことがあったが、ここまで露出がひどいとは……
 ウィルバーは思わず彼女の一挙一動に魅入っていた。

 ローザベルもまさか自分の曾祖母がこのような格好で現れるとは思いもよらなかったのだろう、自分とよく似た姿の彼女が儀式に従って恥ずかしそうにガウンを脱ぎ、聖棺のうえにまたがり、夫となるひとからの手淫を受ける情景を、顔を真っ赤にしながら見つめている。

「婚儀には、初夜の儀式も含まれていたのですね」
「なんだか、視てはいけないものを視てしまった気がする……」

 聖棺に嵌められていた薄紅色の石に花嫁の愛液が降りかかり、ひかりの洪水が生まれる。そのまま新郎新婦が身体を重ねると、ふたりの姿はそのひかりに吸い込まれるかのように消えていく。

 彼女がちからある宮廷魔術師となったのは神殿に据えられていた聖棺の巨大な“稀なる石”の守護を得ていたからなのだろう。魔力を扱うだけでなく、その身体に魔力を溜め込めたから、アイーダは誰よりも強い魔術師になれたのだ。

「ここが、おばあさまがはじめに“愛”を捧げた場……んっ!?」

 ぽつりと呟くローザベルの言葉は、ウィルバーの唇によって吸いとられてしまった。
 そのまま聖棺の上へ押し倒され、ローザベルの身体が“稀なる石”へふれる。明日、怪盗アプリコット・ムーンになって盗む予定の石は、ローザベルが施した過去視の魔法の余韻なのか、淡いひかりを保っている。

「ウィル、バーさまっ?」
「あんなものを見せられたら、どうなるかくらいわかっているよね? 愛しいローザ」

 ぎらぎらとした空色の瞳がローザベルを射る。穏やかなまま終わるはずだった夜は、ローザベルの気まぐれな魔法で一変してしまった。
 燃え上がるような夜が、はじまろうとしている。


   * * *


「もぉ、だめぇー……いけません、ウィルバーさまっ!」
「そう言いながらこっちの口は悦んでいるみたいだよ? 神殿の、聖棺の上でイかされる気分はどうだい?」
「きゃ……やだやだ、むりですっ、もう……」
「ほんとうはぜんぶ脱がせたいけど、今夜はこれで我慢してね」
「はぅん」

 ウィルバーにキスされながらマゼンタ色のナイトドレスをたくしあげられ、下着をずらされ、澄みきった空気に敏感な部分を晒されたローザベルは石室の聖棺の上で、彼からの執拗な愛撫に耐えていた。
 神聖な場所での背徳的な行為に怯えるローザベルに、これはさっきの過去視にあった神殿の儀式と変わらないと言い伏せ、ウィルバーは彼女を快楽の淵へ誘っていく。
 さっきまで過去視の魔法をつかっていたからか、ローザベルは体力を消耗させている。ウィルバーに襲われて反撃しようにも、うまく身体が動かせない。

 ナイトドレスから零れた乳房にいくつものキスの花を植えつけながら、抵抗する妻を優しく絶頂に導くこと三回。
 蜜口からこぼれる愛液を指先ですくいあげ、ウィルバーは意地悪く囁く。

「珍しいね、こんなにイヤイヤ言うなんて。身体はもうできあがっているのに……」
「ウィルバーさまの、意地悪……」
「君のおばあさまが結婚式で着ていた透け透けのガウン、今度取り寄せてあげる。きっと美しいだろうな、淫らなローザの姿」
「あぁんっ……」

 ローザベルは乳房から下腿に移ったウィルバーからのキスを受けた状態で秘芽を捏ねられ、ひくひく蠢く花園の入り口からどぷりと蜜を垂らし、甘い匂いを石室内へ充満させる。
 まるで自分が婚儀の主役になったかのように、ウィルバーに翻弄され、ローザベルは啜り泣く。

「もぉ、くださぃっ……!」

 彼の指だけでは足りない、届かない、もっと太くて硬くて熱いモノを……

「ふふ……たくさんあげる。俺も君のナカに入りたくて仕方がなかったんだ」

 そう言いながら挿入された楔は、ふだんよりもおおきくて。
 ずりゅっ、と雁首を擦りたてながら一気に貫かれた瞬間、ローザベルの脳裡に火花が散る。

「ふぁ……んぁあんっ!」

 寝台やソファで交わるときよりも苛烈な衝撃に身体が弾む。
 どこか余裕のないウィルバーの姿が、愛しい。
 明日の夜、怪盗アプリコット・ムーンとしてこの場で彼と対決しないといけないのに。憲兵団長のウィルバーと怪盗アプリコット・ムーンのローザベルの夫婦は勢いでセックスしている。

 ――だけど、もしかしたら、こうして彼と身体を重ねるのも、最後かもしれないから――……
 だからいまは、彼に溺れさせて。

 自分達の体液にまみれた“稀なる石”は魔力が放出されるのをいまかいまかと待ちわびている。
 今宵実物を確認できたことでローザベルは確信する。この“稀なる石”ひとつで、彼を王殺しの未来から解放することができるはずだと……
 夫が果てるのを見届けて、ローザベルも意識を飛ばす。愛してる、愛してる。その言葉を、心のなかで最後まで唱えつづけながら。



 ――運命の、花残月の朔日まで、あと、一日……
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