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白鳥とアプリコット・ムーン 本編
ウィルバーと怪盗アプリコット・ムーンと桃色の媚薬
しおりを挟む「――娘など、いない……!」
ノーザンクロスの一族に、娘はいない――きっぱりと断言した怪盗アプリコット・ムーンの姿に、ウィルバーもゴドウィンも圧倒されていた。
「だ、だがその美しい翡翠玉のような瞳は、北十字星の」
「お黙り。第二皇太子ゴドウィン・スワンレイク。貴殿の意見はさして重要ではないの。わたしは憲兵団長ウィルバー・スワンレイクに捕らえられた怪盗アプリコット・ムーン。古代魔術を扱うちからもすでに亡い、ただの価値なき女よ」
だから別に処刑されても構わないのだと言いたげな彼女を見て、ウィルバーは無性に腹立たしくなる。
正体を探ろうとしただけで拒絶され、自身を犠牲にすべてを終わらせようとしている目の前の美しい女を、捩じ伏せたくなる。
朝方の浴室での甘い口づけはなんだったのだろう。自分を都合よく誑かすための、女怪盗の演技だったのか?
怪盗アプリコット・ムーンはそれだけ言うと、敷布のなかに顔を隠してしまった。まるで拗ねているみたいだ。ウィルバー以外の異性に、こんな破廉恥な格好で顔を会わせ、寝顔を観察された上に正体を探られて……
ウィルバーは申し訳なさそうに異母兄に向き直り、帰るよう無言で促す。ゴドウィンも理解したのだろう、苦笑を浮かべながら、寝室から出ていく。
「門までお送りしますよ、にいさま」
ウィルバーが心を砕いている女怪盗を目の当たりにしたゴドウィンは、心ここに在らずという状態だった。だが、ウィルバーとともに赤みがかった黄色いアプリコット・ムーンの花が咲き乱れている門前に出て、彼はすっきりした表情で告げる。
「異母弟よ。もしあの娘が北十字に属する姫君だとしたら、フェリックス兄上の考えを改めさせることが可能かもしれぬ」
「な……?」
目をまるくするウィルバーを見て、ゴドウィンは軽やかに笑う。
「彼女はもう魔法がつかえないと口にしていたが、つかえないと思い込んでいるだけだ。北十字の星詠みのちからを持つ翡翠色の虹彩は、手放した“愛”を欲しているだけにすぎぬ」
「手放した“愛”?」
滔々と話すゴドウィンに引き込まれながら、ウィルバーは考えを巡らせていく。
国王アイカラスの言葉と、ゴドウィンの言葉は似て非なるもの。伯父は“愛”を与えて奇跡を起こせと唆し、異母兄は彼女が手放したとされる“愛”を探せと言う。
それが可能なのは、怪盗アプリコット・ムーンというひとりの女性に並みならぬ執着を持ってしまった憲兵団長ウィルバーただひとり。
「そうだよ。だから花の離宮で君は試されている。彼女の手放した“愛”よりもおおきな“愛”で包み込めば、君の勝ち……国王陛下もきっと、そう考えているはずだ」
たとえ彼女が求める“愛”がウィルバーのものでなくても、それに勝る“愛”を与えて自分なしでいられなくしてしまえばよいのだと、ゴドウィンは囁く。
「ノーザンクロスの一族は“愛”を捧げ、時間干渉の魔法をつかう。なかでも“性愛”による契約は特別だ」
ラーウスへ亡命したゴドウィンは初代国王マーマデュークと宮廷魔術師アイーダ・ノーザンクロスから直接魔法について指導を受けていた。長子フェリックスと異なり、気楽な次男坊は政治よりも新大陸に残る古代魔術の研究にのめり込み、多くの著者を残すほどの学者となった。
だから、王族のなかで彼はウィルバーとは別の意味で異端視されている。それゆえ結婚相手はアルヴスからともに亡命してきた令嬢を宛がわれたわけだ。これ以上ラーウスの古代魔術にのめり込んで身を滅ぼさないよう、アイーダのお節介によって。
それでもゴドウィンの古代魔術への熱意は変わりなく、彼は結婚後も妻と死別してからも王城でフェリックスの息子ダドリーの教育係を勤めたり、国王アイカラスの宰相ジェイニーと魔術談義に花を咲かせたりと、好き勝手生きている。
今になって痛感する。ゴドウィンはただ、怪盗アプリコット・ムーンが古代魔術を扱っていたことを知って顔を見に来たかっただけなのだと。ウィルバーから彼女を奪うことなど、はじめから考えてもいなかったのだと。
「――だから、孕ませろ、と?」
「父上がそう言ったのかい? 的を得た発言だ」
「で、ですが」
「ウィル。君にとっては辛い判断かもしれない。気持ちを通じあわせていない女性を快楽だけでつなぎ止め、自分のものにする獣のような行為は……けれど、ここで彼女を引き留めないと、君の未来は更に最悪なものとなる」
「怪盗アプリコット・ムーンの処刑ですか」
バラバラになっていたパズルのピースが、ようやく集まってきたような気がする。
けれど、ウィルバーが必要としている最後の一ピースだけが、紛失したままだ。
ゴドウィンは首肯し、ウィルバーの耳元でそうっと呟く。
「大切な宝物は、もう二度と手放しちゃダメだからな」
* * *
ウィルバーとゴドウィンが寝室から姿を消したのを見送り、ローザベルはふぅとため息をつく。
なぜゴドウィンがウィルバーとともに囚われている自分を見に来たのだろう。ましてや存在がなかったことにされたローザベルをノーザンクロスの一族だと見破るなんて……
「そうだ、ゴドウィンさまはラーウスの魔術理論を習得されてた……」
曾祖母アイーダが存命中、よく彼が魔法の知識を求めにノーザンクロスの邸に入り浸っていたのを思いだし、乾いた笑みを浮かべる。
ノーザンクロスの姫君であるローザベルのことは忘れていても、ノーザンクロスの一族に関する知識は残ったままだ。翡翠色の瞳の持ち主である怪盗アプリコット・ムーンを見て、確信したのだろう……女怪盗が北十字の星詠みの一族と縁あることに。
だけど、それを知られたからといって、いまさら正体をウィルバーに明かすのもどうかと思う。ウィルバーは自分を愛玩奴隷として傍に置きつづけるつもりでいるし、自分は王家に処刑されても仕方ないと思っている。ここでちからを失った女怪盗の身元が判明したところで、どうにもならない。
ノーザンクロスの両親がコンタクトを取ってこないことからも、自分は見捨てられたのだろうと考えている。彼らのことだからローザベルが“やりなおしの魔法”をつかって国家の危機を救ったのは理解しているはずだ。ただ、その際にへまをやらかして捕まった怪盗アプリコット・ムーンのことまで面倒見切れないのだろう。それとも、すべてを知る国王アイカラスがなんらかの圧力をかけているのか……どっちにしろ、両親はあてにならないと、ローザベルは考えを放棄する。
「いまのわたしが使えるのは、小さき精霊さんのちからだけ……“稀なる石”がつかえれば」
「“稀なる石”が、必要なのか?」
「――憲兵団長、ウィルバー……」
花の離宮の門前でゴドウィンを見送ったウィルバーが、くたびれた鞄を手に、寝室に戻ってきた。
「それじゃあ、どういうことか説明してもらおうかな?」
そして、どこか哀しそうな表情を浮かべて、鞄のなかから桃色の液体が入った小瓶を取り出して――……
* * *
寝台から起こされて、いきなり口移しで飲まされた液体は結婚初夜に身体中に塗られた媚薬効果のある香油と同じ香りがした。
芳醇な果実のお酒のようなとろりとした液体がローザベルの喉を焼く。暴力的な甘さが、喉を通る都度、全身に流れていく。
「ぁ……なに、これっ……熱い……!」
「速効性のある媚薬だ。かなり甘ったるいな……君の身体で口直しをさせてくれ」
「ひゃあん! さ、さわら、ないでぇ……」
ウィルバーにさわられただけで、びくびくと身体が疼く。裸よりも恥ずかしいピンク色のガウンを着たまま、乳首を尖らせて頬を上気するローザベルを、彼が持つ空色の瞳で見下ろされている。まるで夜明けのように爛々と輝いている彼の空色の虹彩が、薬で変容するローザベルを虎視眈々と狙っている。
「今度こそ、君を俺だけのものにする……俺なしの身体ではいられないくらい、淫らにしつけて」
「いぁああああっ!」
「はは、もう達してるのか……まだガウンごしにさわっただけじゃないか。そういえば朝もキスだけでずいぶん感じていたよな……もともとが淫乱だから、薬の効果でもっと敏感になっちゃったんだね」
「んぁっ……ウィル、バーぁあんっ……!」
レース編みのガウンごしに乳首を引っ張り、乳房を揉んでいたウィルバーは、手枷をがしゃがしゃぶつけながら抵抗するローザベルを宥めるように、髪の先から首筋にかけて口づけを贈る。切羽詰まった彼の愛撫と急激な媚薬の効果で、ローザベルは無意識に腰をひくつかせていた。自ら求める淫らな仕草が、ローザベルに羞恥心を抱かせる。意識はまだ明瞭としているのに、身体は既に言うことを聞いてくれない。ウィルバーから与えられる愛撫に過剰なまでに悦んで、悲鳴にならない声を鈴のように鳴らすだけ。
「その可愛い声で、俺を求めてごらん……」
まるで自分が楽器に変身してしまったかのような状況で、ウィルバーがローザベルの着ていたガウンをはだけさせ、まろびでた乳房を包み込んで指先で乳首を絞る。きゅん、と下腹部を疼かせたローザベルは、彼の手で、淫らに啼きつづけている。
「なぁ、ナカでイけないのは、拷問より辛いだろう? 早く俺におねだりしてごらん? 怪盗さん……」
下肢に手を伸ばした彼は、ローザベルの蜜壺が既に潤っていることを悟って意地悪く微笑む。薔薇の花弁のような蜜園へ指を滑らせ、くちゅり、くちゅくちゅと蜜を泡立たせる。溢れた蜜を秘芽にまぶして擦りたて、これでもかと膨らませ、ウィルバーはローザベルを深い官能の世界へ誘い、惑溺させる。
「はぁ……ぁ、もっと……」
「なんだい? この手を止めてしまうよ?」
楽器を奏でる手を止められてしまったら、ローザベルは先日の甘い拷問同様、放っておかれてしまう。今回は媚薬をつかわれているから、身体にこもっている熱の量も前回以上で、きっと耐えきれない。おかしくなってしまう。いまでももう、充分おかしくなっているけれど……
「止めちゃ……イヤです……ぁあんっ」
「んー。それじゃあ、君のほんとうの名前を教えて欲しいな? にいさまは、君の翡翠色の瞳を見てノーザンクロスの姫君じゃないかって言ってたけど」
「お……教えません……ひゃんっ!」
「教えてくれないと、この乳首噛み切っちゃうよ?」
「やぁだ、千切っちゃイヤぁーっ!」
左右の乳首に歯を立てられ、びくんと身体を弾ませたローザベルの喘ぎ声にしびれを切らしたのか、ウィルバーもズボンを下ろしていきり立った雄の象徴を彼女の太ももに押しつけていた。熱い彼の分身は蜜を溢れさせている彼女の薔薇の花弁にキスしている。くちゅ、くちゅという淫らな音が下腹部から響き、ローザベルのあたまのなかが真っ白になる。
「挿入れてぇ……それほしぃの、ウィルバーさまぁ……もう、だめぇ!」
涙をこぼしながら懇願する女怪盗の姿に、ウィルバーも興奮して顔を真っ赤にする。このまま奥深く貫いて、子種を彼女にばら蒔いて、自分だけのものにしたい。
涙で潤んだ翠緑の瞳に射られて、「ウィルバーさま」と呼ばれて、ウィルバーは愕然とする。自白させるまでは挿入しないで焦らそうと思っていたのに、ダメだ、こんな風にねだられたら……限界だ。
「……仕方ない怪盗さんだね。今日だけだよ」
――彼女が何者だって構わない。いますぐここで、自分のものにしたい。いや、自分のものにする!
責め立てても自分の身元を明かさない彼女にしびれを切らしたウィルバーは、喘ぎつづける彼女の唇に蓋をして、ひといきに己自身を彼女の子壺へと押し込んだ。
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