春嵐に黄金の花咲く

ささゆき細雪

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売り言葉に買い言葉

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 あれから帆波と顔を合わせるたび、忠三郎は突っかかってくるようになった。まるで天敵に定められてしまったかのようだ。恨まれるようなことなど何もしていないというのにこの扱いはなんだと帆波も忠三郎を睨み返し、それはやがて言い争いへと発展し、たびたび見えない火花が炸裂するようになる。

 周囲の人間は信長に仕える人質の小姓と冬姫に仕えるわけあり侍女の攻防を毎度のように見守っている。
 最初のうちは驚いていたが、慣れとは恐ろしいものだなと信長もこの状態を認めているし、冬姫もまあ大変と言いながら微笑みを絶やさない。
 むしろ面白がって陰であれこれ吹き込んで焚きつけているような気さえしてしまう帆波だったが、相変わらず忠三郎は好戦的だ。

「冬姫さまの傍から離れろこの盗人が!」
「あたしは冬姫さまに侍女として雇われたんです! 別に盗んだわけじゃありません!」
「南蛮渡来の怪しげな呪術でも使ったんじゃないだろうな? そうやって城の人間たちを手玉に取ろうったってそうはいかないぞ!」
「だからどうして発想がそっちに飛ぶのよあんたは!」

 金髪碧眼の帆波が岐阜城のひとびとに受け入れられているのが気に食わないという理由はわからなくもないが、冬姫を盗んだという彼の主張は断じて正確ではない。

「だって、忠三郎さまは嫉妬深い方なんですもの」

 とは頬を赤らめて弁解してくれた冬姫の言葉だが。これは嫉妬深いという範疇から外れている気がする。だいいち帆波はれっきとした女なのだ。だというのに忠三郎からすると帆波は許婚者である冬姫を横からかっさらっていく盗人になってしまう。たしかに冬姫は愛らしいが、だからといって帆波にその気はない。

「……あんたが心配しているようなことは何一つしてないわよ」

 ぜいぜい息を切らせながら忠三郎に念を押すように告げると、彼はふん、と顔を背けてぼそりと言い返す。

「いまはまだ、な」

 負け惜しみにも似た彼の言葉も帆波にしてみれば雑音に等しい。
 室町幕府十五代将軍足利義昭を擁立する際に抵抗した南近江の六角氏に従っていた彼の父親は観音寺城の戦いで主であった六角氏が敵前逃亡した際にも頑固に籠城をつづけ、その辛抱強さを信長側に認められ、説得によって臣下へとくだっている。それまで敵対していた信長のもとへ人質として渡ってきた当時十三歳の少年からすると、主である信長に連れられてきた帆波のような敵とも味方ともつかないよくわからない存在は煩わしいだけなのだろう。しかも自分の許婚者である冬姫の侍女になって平然と傍をうろついている。気に食わないのは理解できるが、それならいっそのこと無視してくれればいいのにとさえ帆波は思い、溜め息をつく。
 それが顔に出たのか、忠三郎は面白くなさそうに呟く。

「冬姫はお前の出自もはっきりしてるし何の心配もないなどと言っていたが、それでも心配の種は少ない方がいいんだよ」

 たとえ帆波がシロであったとしても、忠三郎は冬姫の傍に得体のしれない金髪碧眼の少女を置きたくないのだろう。

「そんなにあたしのことが心配なら、見ていればいいじゃない!」

 忠三郎の気持ちはわからなくもないが、冬姫の侍女として新たに生きていこうとしている帆波だって必死だ。思わず口走る帆波に忠三郎も咄嗟に返してくる。

「見てやるよ」

 それは売り言葉に買い言葉。

「おれがお前のことを誰よりも見てやる」

 忠三郎の瞳が帆波を射抜く。
 暗く、赤みがかった黒とも茶とも呼びがたい、鳶色の瞳が帆波の藍色がかった紺碧の瞳と重なり合う。赤と青という対照的な虹彩を持つふたりは、絡みつく視線を断ちきるようにふい、と顔を背ける。
 沈黙の下りた廊下に、ふたり以外の気配はない。
 帆波は忠三郎の言葉に、自分の顔が熱くなっていることを悟る。

「冗談……」
「冗談など言うか。おれは本気だ。ひとつでもお前がボロをだしたら、冬姫の傍から追い出してやることだってできるんだからな」

 ……誰よりも見てやる、とはそういう意味か。帆波は心の奥で自嘲する。彼にとって自分は目障りな敵でしかない。すこしでもときめいてしまった自分の愚かさが厭になる。
 ならば。帆波がいまここで選べる道はひとつだけ。

「――受けて立つわ」

 帆波は忠三郎の前で婉然な微笑を浮かべ、言葉を紡ぐ。
 それは、冬姫の傍に仕えるのにふさわしい侍女であることを証明し、忠三郎を見返してやるという、決意の表れ。
 帆波の言葉に安心したように、忠三郎もまた、にやりと笑みを返す。まるで彼女が勝負を受けることを最初から期待していたかのような表情に、帆波は呆気にとられる。

「そうこなくては面白くない」

 どういう意味だと帆波が真意を問ういとまもなく、彼女の唇は、彼に奪われていた。
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