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参
黄金の花喚ぶ若き獅子
しおりを挟むしゃらり、と懐の中の十字架が音を立てる。冷え切った金属の感触が、帆波の全身をぞわり、と這うように伝わっていく。
それは――武弘とともに洗礼を受けたときの十字架。
「おかしいわ。周防大内氏は三十二代目の義長の代で滅んだのに……いまさら復興だなんて」
「おふたりは宗麟さまによって躍らされているのです。毛利氏が九州支配を目論んで進軍してきたゆえ……」
「ちょっと待って! いつのことよ! そんな……」
「そのくらい、いつか起こることだとわかってらしたはずでしょう? それとも、もう自分の故郷のことなど、どうでもよろしいのかしら? 武弘さまは、帆南さまにとても逢いたがっているそうよ? でも、このままじゃ毛利軍に潰されちゃうでしょうね」
宗麟の支援を受けた周防大内軍の兵数は二千。対する毛利軍は一万二千。いまはその半数以上が北九州にいるとはいえ、勝てる戦でないことは帆波にもわかる。
現実に圧迫されながら、帆波は美萄の言葉を反芻していく。ルイスが言っていたあの方とは武弘のことだろう、だとすれば彼が言葉を濁していたのにも説明がつく。彼は帆波と同じ、豊後国の厄介者なのだから。
その彼が、自分を呼んでいる。
彼を救えるのは、自分だけだ。
「生きるも死ぬもお前次第、ってそういうこと」
くそじじい、と呟く武弘の姿が目に浮かぶ。
きっと宗麟は帆波を来る戦火から逃すためにこんなことをしたのだろう。帆波が似た境遇の武弘とつるんでいたら確実に利用されると識っていたから。ならば手の届かない自分より強い男に投げてしまおうとして、信長を選んだのだろう……結局帆波は側室にしてもらえなかったが。
帆波は真実を飲み込んで、碧玉のような瞳の色で、美萄に確認する。
「美萄。いまならまだ間に合うから、あたしに言ったのね」
「ものわかりがよいので助かりますわ」
妖艶な笑みを見せ、美萄は頷く。
「忠三郎さまには冬姫さまがおられます。武弘さまにはあなたしかいないのです! 時間がありません、ともに周防国に向かっていただきたく存じます。どうか」
――カレンデュラ。冬知らずの花だね。
帆波に笑いかける武弘の横顔が脳裡をよぎる。そのとき、帆波も彼に授けられた洗礼名で呼び返していた。
その名は、たしか……
「神の御加護を」
美萄が跪く。奇跡の忌み子の奇跡が持つかすかな希望を信じて。武弘が自分を切望しているのは美萄のその態度でよくわかった。
「――レウアン。親愛なる若獅子の君」
十字架を片手に、帆波は呟く。獅子を意味する武弘の洗礼名を口に乗せただけで、心の奥底で忘れられていた何かが激しく鳴動する。この感覚を、自分はどこかで求めていた……
「あたしは、二度も故郷を滅ぼすことになるのかしら」
――そんなことない、お前が滅びを招くなど、戯言だ!
反発するような忠三郎の声が脳裡で弾ける。
だけど、ごめんなさい。
帆波はその声から、冬姫の願いから、背を向ける。
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