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参
思いがけない真実
しおりを挟むあれからなんと応えて彼女の前を辞したのか覚えていない。
ただ、考えたこともない提案に目の前が真っ白に染まっていた。
――あたしが、忠三郎の妻?
なぜ冬姫はそんなことを言い出したのだろう。たしかにいまの時代、妻を複数持つ武将は多い。宗麟だって側室が七人もいるし、そのなかのひとりはたしか正室の侍女だった気がする。でも、だからって……
「帆波? そんなに慌ててどうしたの?」
顔が真っ赤よ、と指摘されて帆波は我に却る。
「……美萄」
信長の側室のひとりであるなへに仕える侍女は帆波の取り乱したようすを心配そうに見つめている。
美萄の黒髪黒目の容貌は、帆波にはない落ち着きを醸し出している。これで二十歳前だというのが信じられないくらいだ。
帆波は深呼吸をして、軽く頭を下げる。
「大丈夫、なんでもないわ」
「そう? ならいいんだけど」
帆波より一月遅く城に入ってきた美萄は金髪碧眼の帆波を見ても物怖じすることなくもくもくと仕事に励んでいた真面目な少女だった。とうぜん、忠三郎と帆波が城内で騒ぎ合っていたことのからくりも女主人であるなへから伝えられ、理解しているはずである。
だから、そのあとにつづいた言葉が信じられなかった。
「忠三郎さまの側室になるなんて、言えないわよね。あなたは滅びを招く忌わしい娘なんですから」
吐き捨てるような言葉が、帆波に牙を剥く。
「……え」
岐阜に来てから言われることのなかった侮蔑。自分が亡国の姫君で不吉な人間であることを知っているのは冬姫と、忠三郎と、信長だけのはずなのに。なぜ、彼女がそのことを知っているのだろう。
「どうしてあなたが知ってるの、って顔をしているわね。同郷のよしみで教えてあげるわ。最初から知っていたのよ。だから驚かなかっただけ」
「そういえば、美萄は西国出身って……」
弱々しい声で応える帆波に、美萄はさらに饒舌になる。
「そ。それも大内氏が守護していた周防国よ。あなたのことは噂でしかきいたことなかったけど、ほんとに黄金色の髪に碧い瞳なのね。そんな姫君が生まれれば、たしかにみんな恐ろしく思うはずよ。国を滅ぼしたといっても頷けるわ! 信長さまでさえ珍しくて美しいからとはいえ側室にしなかったじゃない、しょせんあなたは滅びを招く忌み子という評価を貼られた厄介者ね。あなたもわかっていたはずでしょう? なのに、冬姫さまの許婚者と夜中に逢瀬したりして。冬姫さまにお伝えしたら『承知しておりますわ、だって帆波は忠三郎さまの側室に望まれているんですもの!』なんて能天気に言い返してくるし……」
「……冬姫さま」
自分がいない間に何を口走っているのだあの女主人は。しかも忠三郎が自分を妻に望んでいる? そんな話は知らないと、帆波は美萄に向かって慌てて首を振る。
「誤解です! たしかに忠三郎は夜にあたしを外に連れ出したけどそれはいかがわしい行為に及ぶためじゃなくて」
「抱きしめられて髪に接吻されたのに?」
「――え」
覚えていない。そんなこと、されたのだろうか。たしかに彼は帆波が溜めこんでいたものを涙に変換させて抱きとめてくれたけど。
「彼は本気よ。冬姫さまとの婚儀を終えて人質を解かれたら、故郷に戻って今度はあなたを妻にしようとする……そうなったら困るのです、冬知らずの姫さま」
美萄は困惑した表情の帆波に、勢いよく言葉を投げつけていく。さっきまでの嘲るような声音は、気づけば敬うような声音へと変化していた。誰を?
帆波はぶるりと身を震わせる。それより、いま彼女は自分を何と呼んだ?
――彼女は知っている。
「冬知らずの姫さま、ルイスの言葉を覚えておられますか?」
「……ええ」
冬知らずの姫。彼女のその呼び名を知る人間は限られている。宗麟ですら知らないその名称を口にする美萄は、何者なのだろう。
「あのとき、豊後に亡命されていた周防大内氏の生き残りである輝弘さまとその息子の武弘さまが、復興のための蜂起を企てていたのです。そのために、聖母マリアの黄金の花の洗礼名を持つ美しいあなたを、旗印にしたいという動きがあったんですよ」
一国を滅ぼしたという汚名を晴らさせるべく、あの方は帆波を、いや、大内カレンデュラ帆南という存在を欲していたのだと、美萄は熱く語る。
「ですが結局、あなたがルイスを追いだしたことでその話はなくなってしまいました。それでも、宗麟さまによってふたりはいま、戦場にいます」
懐から取り出された文を見せつけられて、帆波は懐かしい少年の名が記されているのを見て、瞳を瞬かせる。
「……武弘? 嘘。だって彼は」
宣教師に育てられた帆波を恐れることなく一緒に遊んでくれた幼なじみの少年は、大友家の息子だったはずだ。
「表向きは宗麟さまの息子にはなっていますが、ほんとうは輝弘さまの息子で、三十四代目の周防大内氏当主となられるお方なのです」
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