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参
冬姫の提案
しおりを挟む「伊勢平定……無事に終わったみたいですね」
岐阜の夏は宣教師ルイスの来訪後、戦一色に染まっていた。信長は木下藤吉郎に二万の兵を与えて但馬を攻略させ、一月も経たないうちに本人も八万もの兵を率いて伊勢国へ侵攻。冬姫の許婚者である忠三郎もまた、彼に従い伊勢国司北畠氏との戦いに赴いている。
留守をまかされた女ばかりの岐阜城で帆波は相変わらず冬姫の侍女として穏やかな日々を送っている。緑が眩しかった稲葉山の景色も気づけば赤や黄色の落葉樹によって塗り替えられ、過ぎ去った夏よりも冬の訪れが近いことを示していた。
「じゃあ、信長さまたちはお戻りになるのですね」
ルイスが岐阜に来た夜を最後に、帆波は忠三郎と顔を合わせていない。冬姫とは出立前に会話をしたというが、顔を出さない帆波のことを責めることもせず、すっきりした表情で「行ってくる」とだけ告げろ、と言われたという。
……初陣のくせに、妙に大人ぶっちゃって。
不貞腐れた帆波の反応が面白かったからか、冬姫は「帆波の前では意地っ張りなのよ、あなたと同じで」と言い返されてしまった。
どうやら冬姫にとって帆波は、自分の大切な侍女でありながら、なんでも口にできる姉のような存在になっているのだろう。帆波が言う自分の許婚者の悪口ですら楽しんでいるきらいがある。
「お父さまは京都の将軍さまのところへご報告してから帰られるはずだから、もうすこし遅くなると思うけど、忠三郎さまは先にお戻りになられるみたいよ。よかったわね、帆波」
「……冬姫さま、なぜそこであたしにふるんですか」
帆波は表向きげんなりしながらも、心がざわめく感覚に戸惑いを隠せずにいる。
――忠三郎が帰ってくる。
「忠三郎は初陣で大活躍したんでしょう?」
「ええ。大河原城の攻撃戦で自らが先頭に立って敵を討ちとって首をあげたと、文にも書かれているわ」
冬姫は届けられたばかりの文を帆波とともに読みすすめていく。初陣の付き添いをしていた蒲生家譜代の結解十郎兵衛が将来の忠三郎の正室となる冬姫のために独断で送ってくれたのだ。
日付は永禄十二年十月朔日。伊勢参拝を終え次第帰途に就くと書かれている。今日は十日だから、忠三郎はすでにこちらの方まで来ているはずだ。
帆波は落ち着かない気持ちで冬姫の言葉に頷き、つづきを読み上げる。
「信長さまはたいそうお喜びになり、冬姫さまが十二歳になられた暁には岐阜城にて婚儀を執り行い、人質を解放する……と」
「もうふた月もないのね」
あらかじめわかっていたことなのに、それでも冬姫は驚いた表情を見せる。
「冬姫さま?」
それを見て、帆波は首を傾げる。なぜだか、冬姫はこの岐阜から忠三郎の故郷である近江日野に行くのを躊躇っているようにも感じられる。
「どうして、そのように憂えたお顔をされているのですか?」
淋しそうな冬姫の表情に、帆波はおそるおそる声をかける。
「どうして……」
やがて、意を決したように冬姫は、帆波に懇願するような声色で、言葉を紡ぐ。
「――ねえ帆波。あなた、忠三郎さまの妻になるつもりはない?」
告げられたその言葉に、帆波は愕然とする。
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