12 / 20
参
破滅を求める男
しおりを挟むあかく色づいてきた葉桜は初霜月に入ってからさらに鮮やかさを増している。紅葉が生い茂る山々を見下ろしながら、男は自分が求める少女と似た頭髪の色をした宣教師からの報告を受けて、首を振る。
周防国山口にある築山屋形。豊後国で生まれ育った彼にとってこの大内氏別邸はどこかよそよそしく、落ち着くことができずにいる。たぶん、高嶺城を陥落できなかった事実がその気持ちを助長させているのだろう。
それと、求めた少女に拒まれたという現実が重なって、思わずため息を零してしまう。
「ルイスどのにはご足労のこと、すまない」
「こちらこそ、申し訳ゴザイマセン。彼女は思っテイル以上に、岐阜城での暮らしに慣れておりましタ」
「そうか」
薄墨色の瞳をしばたかせながら、男は冷静に分析を繰り返す。もともと戦ごとなど得意でもないというのに、宗麟は問答無用で自分たちを水軍の人間とともに送りだした。それが十月十日のことである。
二年前に起きた大友領である筑前・豊前で毛利氏と内通していた国人たちの蜂起は平定されたものの、いまだ火種は燻ったままであった。肥前の龍造寺隆信が勢力を拡大して行くのを見ていられず宗麟自らが軍を率いて侵攻した隙をつかれた。毛利元就の軍勢に筑前まで入られたのだ。
結局、宗麟は龍造寺の討伐を諦め、撤退。毛利氏の進軍を阻止すべく、彼が出した結論は、大内氏の生き残りである親子を海上から周防へ送り、毛利氏を挟みうちにするという大胆な策だった。だが、これには裏がある。男は苦虫を噛み殺すような表情で、諸国を渡り歩いてきた宣教師の報告に応える。ほんとうなら豊後国でこの報を知りたかったが、こればかりは仕方ない。
「なに、手は打ってある。ルイスどのはよくやってくれたよ」
生まれ育った国が危機に瀕していることを彼女に報せることができただけでも充分だと男は労う。
「アノ、彼女はご存じなのでしょうカ?」
「あのくそじじいのことだから何も知らされてないだろう。側室にしようなどと言いだしたときには思わず斬り殺したくなったが……でも、ぼくの祖父が謀反を起こしたことで豊後国へ亡命してきた父上のことを考えると、ぼくが泣こうが喚こうが向こうは痛くも痒くもないのさ。それならいまの状態は窮地だけど、好機でもある」
こんなこと、きみに話すつもりはなかったけどね、と淋しそうに微笑みながら青年はルイスに向き直る。
「春に彼女がきみたちと上洛したときからずっと考えていたんだ。まさか、きみたちがくそじじいの言葉を真に受けて置いていくとは思わなかったけど……あの十字架を肌身離さず持ち歩いていることがわかっただけでも充分だよ」
けっして戦況を楽観できる状態ではない。北九州にいる毛利軍が気づくのは時間の問題である。
「……逢いたい」
金髪碧眼の、聖母マリアの黄金の花にたとえられた麗しい姫君。太陽に向かって輝きを咲かせつづける花の名は彼女の洗礼名にふさわしい。だから彼はその異称を彼女へ贈ったのだ、凛然たる冬知らずの姫と。
生まれながらに背負った十字架をひとりで支えたまま、宗麟によって東の覇王のもとへ連れられてしまった彼女に、彼はただ逢いたかった。そして、伝えたかった。宗麟が彼女の安全のために自分から引き離したことはわかっていても。これが彼女の身を危険にさらす愚劣な行為だとわかってはいても……
「タケヒロどのはナゼ、そうまでして姫サマを」
「我慢できないからだよ」
少年のようにあどけなく笑って、タケヒロと呼ばれた男はルイスと別れる。
彼とはもう二度と会うことはないだろう。
周防国に乱入した元守護大名の一族の生き残りである大内輝弘、武弘の親子は毛利氏の支配に異を唱えていた遺臣たちの協力もあって山口の一部を占領することに成功した。だが、抗戦激しく、なかなかその先を手にすることができずにいる。この状態がつづけば兵力は衰え、九州から引き返してきた毛利軍とやりあうだけのちからも残らないだろう。
九州のことであたまがいっぱいの宗麟はあてにならない。もはや自分たちは捨て駒同然の存在なのだ。
懐から取り出した白銀の十字架を撫でながら、愛しい少女のもうひとつの名を、切なそうに唇に乗せる。
「カレンデュラ。ぼくのもとへ、破滅を呼んでおくれ」
――きみに滅ぼされるのなら、本望だ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる