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畢
失望の初夜
しおりを挟むちら、ちら、ちらと雪が舞っていた。美濃から近江へ向かう道は、冷たい雪に覆われていて、足並み揃えた花嫁行列が進むたびにさく、さく、さくと身を削るような音が響いた。
薄鼠色の空の下をゆっくりと進んで辿りついたのは近江日野城。人質から解放された少年と彼の妻となった少女は歓迎され、宴を終えたふたりはいま、初夜の床にいる。
冬姫は冬が嫌いだ。自分が生まれた季節だからと名付けられたこの名前も、世界が冷たくて寒いだけの氷雪に埋まるこの季節も。
それでも、隣にいる彼のことは嫌いではない。自分が大切にしていた女性を見殺しにした、憎いひとと、わかっていても。
じり、じりっ、と蝋燭が炎を舐める音を響かせながら、ふたりを白く照らしつける。
冬姫は懐に持っていた黄金色の髪の束を握りしめ、忠三郎に告げる。
「ゆるさない」
この年の十月二十五日、周防国山口で起きた大内輝弘の乱は終わった。北九州に進軍していた毛利軍が精鋭を向かわせ、その報を知った輝弘は脱出を試みるも追撃激しく、輝弘軍は壊滅、輝弘本人も富海の茶臼山で自害したのだ。
美萄に連れられて周防入りした忠三郎と帆波は、輝弘軍に合流することもできないまま、彼らの滅びに直面したという。
その後、忠三郎だけが岐阜に戻ってきた。時間にすれば、それは信長が京都から岐阜へ戻ってくるよりも早かった。その呆気ない帰還に、冬姫は何も言えなかった。それから憤った。隣に帆波がいなかったから。
だが忠三郎は、彼女に恨まれようが嫌われようが何事もなかったかのように、十二歳になった冬姫を妻に迎えた。
すべてを語ってくれない忠三郎に対して冬姫は怒りを隠せない。そして手渡された帆波の遺髪。彼女があっさり死んでしまうなど考えられない! なぜ忠三郎はそこまで淡々としているのだろう。なぜ、悲しみに暮れて涙を見せないのだろう?
信長は帆波がいなくなったのを知って「やっぱりな」と淋しそうに笑っただけだった。まるで最初から、すべてを知っていたかのように。
そして冬姫は知ったのだ。帆波の養父、大友宗麟がかつて周防国を守護していた異母弟の大内義長を見殺しにしていたということを。
宗麟は一度だけでなく二度も周防大内氏を見捨てたのだ。亡命していた輝弘たちを利用して。毛利軍に責められている自分の土地を守るため。
――あれでも帆波は宗麟に愛されていたのだよ、冬。
信長の言葉の意味を、冬姫は理解できない。いや、理解したくなかった。だって、彼女は宗麟によって信長のもとへ置き去りにされたのだ。愛していたのならなぜ、ずっと傍に置かなかったのだろう。彼女がいつか自分の国を滅ぼすことを危惧していたからじゃないのか?
そう言い返したら、父は困ったように笑った。「いつかお前にもわかる日が来るさ」、それは、冬姫が忠三郎のもとへ嫁す、前日のこと。
岐阜城での婚儀でも、日野城の宴でも、黙り込んだままのふたりを周囲の人間が初々しいと評していたが、その空気が冷え切っていたことに誰も気づかないままだった。
いまもなお、触れれば切れてしまう鋭い刃のような緊迫感を忠三郎の隣で保ったままの冬姫に、低い声が流れ込む。
「……おれが憎いか、冬姫」
耳朶をくすぐる彼の声に、冬姫は黙ったまま頷く。
「ゆるせとは言わない。むしろ、ずっとゆるさないでくれ。想っていてくれ」
忠三郎が恋した帆波のことを。冬姫が慕った帆波のことを。ふたりが愛した帆波のことを。忘れないで、想っていてほしい。
哀切さえ滲ませる忠三郎の言葉に、冬姫は息をのむ。彼もまた、冬を知らずに咲き誇る黄金色の花に、囚われたままなのだ、と。
「――そんなの、あたりまえです」
「よかった。おれなどの妻になれる女は、もう、お前しかいないのだから」
――もう、誰も求めたくない。たくさんの妻など必要ない。欲しい女性は、手に入らなかったのだから。
それだけ言って、忠三郎は淋しそうに、冬姫を抱き寄せる。そんな彼だから、冬姫は嫌いになれない。
ふたりはようやく嗚咽する。自分たちが求めてやまない彼女の、花のような姿を思い描きながら。
「忠三郎さま。帆波以外の方を側室にされることは、わたしがゆるしません」
ぬくもりに溺れるように、身体を重ねて冬姫は、忠三郎の耳元でしずかに呪う。
彼は素直に頷いて、冬姫に口づけた。
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