婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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王城を出た瞬間、夜風が頬を打った。

 あれほど豪奢だった舞踏会の光と音は、重厚な扉の向こうに閉じ込められ、まるで最初から存在しなかったかのようだ。

「……追放、ですか」

 ぽつりと呟く。
 声は、思っていたよりも落ち着いていた。

 その場で剣を突きつけられなかっただけ、まだ温情があるのだろう。
 王太子殿下の“慈悲”とやらか。

 城門の外では、簡素な馬車が一台、用意されていた。
 従者もいない。護衛もいない。

「王都の外までお送りいたします」

 淡々と告げた兵士は、私を見ようともしなかった。
 きっと、私がどんな存在だったのかなど、知ろうともしないのだろう。

 ――それでいい。

 馬車が走り出す。
 窓の外に流れる夜景を眺めながら、私は膝の上で手を組んだ。

(……これで、終わり)

 胸の奥に、わずかな痛みが走る。
 けれど、それは悲しみよりも、長く続いた緊張が解けたような感覚に近かった。

 私はずっと、気づかれないように生きてきた。

 王家の地下深く。
 誰も立ち入らない古代の祭壇。

 そこに刻まれた魔法陣を、日々、整え続ける役目。
 それが、私の仕事だった。

 派手な魔法も、戦闘能力もない。
 ただ、壊れかけた“仕組み”を、静かに支えるだけ。

 それでも。

(あれが、止まったら……)

 私は、ふっと目を閉じた。

 ――いいえ。
 もう、考える必要はない。

 国は私を切り捨てた。
 ならば、私も、役目を降りるだけ。

 馬車が、がくりと揺れる。

「王都外です。ここから先は、ご自身で」

 そう告げられ、私は小さな鞄だけを渡された。
 中身は最低限の衣類と、わずかな金貨。

 門が、重く閉じられる。

 その瞬間。

 ――ズン、と。
 足元の大地が、わずかに震えた。

「……?」

 兵士たちが顔を見合わせる。

「今のは……地震か?」
「いや、こんな微弱な……」

 私は、胸元に手を当てた。

 感じる。
 微かな、けれど確実な“歪み”。

(……もう、反応が出始めている)

 私が王都から離れた。
 それだけで、“均衡”が崩れ始めたのだ。

 ――早い。

 思っていたよりも、この国は、脆かった。

「……知りませんよ」

 誰にともなく、呟く。

「私は、もう忠告しましたから」

 兵士たちの不安そうな視線を背に、私は夜道を歩き出した。

 行き先は、決めていない。
 けれど、不思議と恐怖はなかった。

 この世界は、広い。
 私の価値を、最初から正しく見る人間が、一人もいないはずがない。

 背後で、王都の灯りが揺らめく。

 その光が、今まで以上に遠く、頼りなく見えた。

(さようなら、王都)

 私が歩みを進めるたび、世界は静かに、確実に――変わり始めていた。
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