婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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 王都を離れて二日目。

 私は、辺境に近い交易都市《ルーンフェルト》へと辿り着いた。

 石造りの城壁に囲まれたこの街は、王都ほど華やかではないが、人の気配と活気に満ちている。商人、冒険者、傭兵――身分を問わず行き交う場所。

(……ここなら、しばらく身を隠せそう)

 門をくぐった瞬間、胸の奥が微かにざわめいた。

「……やっぱり」

 空気が、歪んでいる。

 街全体を覆う簡易結界が、ひどく不安定だ。
 雑に張り替えられた魔法陣が、あちこちで悲鳴を上げている。

「こんな状態で、よく街が保っているわね……」

 私は無意識のうちに、足を止めていた。

「おい、そこの嬢ちゃん」

 背後から、男の声がした。

 振り返ると、冒険者風の中年男性が、怪訝そうにこちらを見ている。

「どうした? 門の前で突っ立って」
「……結界の歪みが、気になって」

 思わず、そう答えてしまった。

 男は、一瞬ぽかんとし――次の瞬間、吹き出した。

「ははっ! 結界だと? 嬢ちゃん、魔術師か?」
「いいえ」
「なら、気のせいだ。ここは昔から、こんなもんさ」

 私は、それ以上何も言わなかった。

 ――説明しても、伝わらない。

 宿を探して街を歩いていると、突然、悲鳴が上がった。

「きゃあっ!」
「魔獣だ!」

 視線の先。
 路地裏から、黒い獣が飛び出してきた。

 ランクの低い魔獣――のはずなのに。
 その動きは異様に速く、周囲の魔力を乱している。

「結界の乱れに、引き寄せられたのね……」

 冒険者たちが剣を抜く。
 だが、結界の補助が弱く、動きが鈍い。

「くそっ、硬い!」

 その瞬間。
 私は、気づけば前に出ていた。

「待ってください」

「は!? 嬢ちゃん、下がれ!」

 私は地面に膝をつき、指先で地面に小さな円を描いた。

 ――ほんの、調整。

 壊す必要はない。
 歪みを、元に戻すだけ。

 静かに、空気が震える。

 魔獣の動きが、ぴたりと止まった。

「……え?」

 冒険者たちが、目を見開く。

 次の瞬間、結界の光が一瞬だけ強まり、魔獣は力を失ったように崩れ落ちた。

「な、何をした……?」

 私は立ち上がり、軽く手を払った。

「結界を、少し整えただけです」
「……少し?」

 周囲が、ざわつく。

「いや、待て」
 先ほどの中年冒険者が、信じられないものを見る目で私を見つめた。

「街の結界は、魔術師ギルドでも完全修復できないって……」

 私は、首を傾げる。

「完全に直してはいません」
「応急処置です。三日くらい、持つようにしただけ」

 ――沈黙。

 三日分の安定化。
 それを、地面に円を描いただけで。

「……嬢ちゃん」
「名前は?」

「エリシアです」

 彼は、ごくりと喉を鳴らした。

「エリシア嬢……あんた、自分が何をしたか、分かってるか?」
「?」

 私は、本気で分からなかった。

 これくらい、王城では日常だったから。

 周囲の視線が、一斉に変わる。

 畏怖。
 困惑。
 そして、尊敬。

(……ああ)

 ようやく、理解する。

 ――この街では、私の“当たり前”が、当たり前ではないのだ。

 遠くで、鐘の音が鳴った。

 それは、この街と、そして私の運命が、大きく動き始めた合図だった。
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