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王都を離れて二日目。
私は、辺境に近い交易都市《ルーンフェルト》へと辿り着いた。
石造りの城壁に囲まれたこの街は、王都ほど華やかではないが、人の気配と活気に満ちている。商人、冒険者、傭兵――身分を問わず行き交う場所。
(……ここなら、しばらく身を隠せそう)
門をくぐった瞬間、胸の奥が微かにざわめいた。
「……やっぱり」
空気が、歪んでいる。
街全体を覆う簡易結界が、ひどく不安定だ。
雑に張り替えられた魔法陣が、あちこちで悲鳴を上げている。
「こんな状態で、よく街が保っているわね……」
私は無意識のうちに、足を止めていた。
「おい、そこの嬢ちゃん」
背後から、男の声がした。
振り返ると、冒険者風の中年男性が、怪訝そうにこちらを見ている。
「どうした? 門の前で突っ立って」
「……結界の歪みが、気になって」
思わず、そう答えてしまった。
男は、一瞬ぽかんとし――次の瞬間、吹き出した。
「ははっ! 結界だと? 嬢ちゃん、魔術師か?」
「いいえ」
「なら、気のせいだ。ここは昔から、こんなもんさ」
私は、それ以上何も言わなかった。
――説明しても、伝わらない。
宿を探して街を歩いていると、突然、悲鳴が上がった。
「きゃあっ!」
「魔獣だ!」
視線の先。
路地裏から、黒い獣が飛び出してきた。
ランクの低い魔獣――のはずなのに。
その動きは異様に速く、周囲の魔力を乱している。
「結界の乱れに、引き寄せられたのね……」
冒険者たちが剣を抜く。
だが、結界の補助が弱く、動きが鈍い。
「くそっ、硬い!」
その瞬間。
私は、気づけば前に出ていた。
「待ってください」
「は!? 嬢ちゃん、下がれ!」
私は地面に膝をつき、指先で地面に小さな円を描いた。
――ほんの、調整。
壊す必要はない。
歪みを、元に戻すだけ。
静かに、空気が震える。
魔獣の動きが、ぴたりと止まった。
「……え?」
冒険者たちが、目を見開く。
次の瞬間、結界の光が一瞬だけ強まり、魔獣は力を失ったように崩れ落ちた。
「な、何をした……?」
私は立ち上がり、軽く手を払った。
「結界を、少し整えただけです」
「……少し?」
周囲が、ざわつく。
「いや、待て」
先ほどの中年冒険者が、信じられないものを見る目で私を見つめた。
「街の結界は、魔術師ギルドでも完全修復できないって……」
私は、首を傾げる。
「完全に直してはいません」
「応急処置です。三日くらい、持つようにしただけ」
――沈黙。
三日分の安定化。
それを、地面に円を描いただけで。
「……嬢ちゃん」
「名前は?」
「エリシアです」
彼は、ごくりと喉を鳴らした。
「エリシア嬢……あんた、自分が何をしたか、分かってるか?」
「?」
私は、本気で分からなかった。
これくらい、王城では日常だったから。
周囲の視線が、一斉に変わる。
畏怖。
困惑。
そして、尊敬。
(……ああ)
ようやく、理解する。
――この街では、私の“当たり前”が、当たり前ではないのだ。
遠くで、鐘の音が鳴った。
それは、この街と、そして私の運命が、大きく動き始めた合図だった。
私は、辺境に近い交易都市《ルーンフェルト》へと辿り着いた。
石造りの城壁に囲まれたこの街は、王都ほど華やかではないが、人の気配と活気に満ちている。商人、冒険者、傭兵――身分を問わず行き交う場所。
(……ここなら、しばらく身を隠せそう)
門をくぐった瞬間、胸の奥が微かにざわめいた。
「……やっぱり」
空気が、歪んでいる。
街全体を覆う簡易結界が、ひどく不安定だ。
雑に張り替えられた魔法陣が、あちこちで悲鳴を上げている。
「こんな状態で、よく街が保っているわね……」
私は無意識のうちに、足を止めていた。
「おい、そこの嬢ちゃん」
背後から、男の声がした。
振り返ると、冒険者風の中年男性が、怪訝そうにこちらを見ている。
「どうした? 門の前で突っ立って」
「……結界の歪みが、気になって」
思わず、そう答えてしまった。
男は、一瞬ぽかんとし――次の瞬間、吹き出した。
「ははっ! 結界だと? 嬢ちゃん、魔術師か?」
「いいえ」
「なら、気のせいだ。ここは昔から、こんなもんさ」
私は、それ以上何も言わなかった。
――説明しても、伝わらない。
宿を探して街を歩いていると、突然、悲鳴が上がった。
「きゃあっ!」
「魔獣だ!」
視線の先。
路地裏から、黒い獣が飛び出してきた。
ランクの低い魔獣――のはずなのに。
その動きは異様に速く、周囲の魔力を乱している。
「結界の乱れに、引き寄せられたのね……」
冒険者たちが剣を抜く。
だが、結界の補助が弱く、動きが鈍い。
「くそっ、硬い!」
その瞬間。
私は、気づけば前に出ていた。
「待ってください」
「は!? 嬢ちゃん、下がれ!」
私は地面に膝をつき、指先で地面に小さな円を描いた。
――ほんの、調整。
壊す必要はない。
歪みを、元に戻すだけ。
静かに、空気が震える。
魔獣の動きが、ぴたりと止まった。
「……え?」
冒険者たちが、目を見開く。
次の瞬間、結界の光が一瞬だけ強まり、魔獣は力を失ったように崩れ落ちた。
「な、何をした……?」
私は立ち上がり、軽く手を払った。
「結界を、少し整えただけです」
「……少し?」
周囲が、ざわつく。
「いや、待て」
先ほどの中年冒険者が、信じられないものを見る目で私を見つめた。
「街の結界は、魔術師ギルドでも完全修復できないって……」
私は、首を傾げる。
「完全に直してはいません」
「応急処置です。三日くらい、持つようにしただけ」
――沈黙。
三日分の安定化。
それを、地面に円を描いただけで。
「……嬢ちゃん」
「名前は?」
「エリシアです」
彼は、ごくりと喉を鳴らした。
「エリシア嬢……あんた、自分が何をしたか、分かってるか?」
「?」
私は、本気で分からなかった。
これくらい、王城では日常だったから。
周囲の視線が、一斉に変わる。
畏怖。
困惑。
そして、尊敬。
(……ああ)
ようやく、理解する。
――この街では、私の“当たり前”が、当たり前ではないのだ。
遠くで、鐘の音が鳴った。
それは、この街と、そして私の運命が、大きく動き始めた合図だった。
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