婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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王都の夜は、まだ完全には戻っていなかった。

崩れた石壁の隙間から吹き込む風が、焦げた匂いを運ぶ。
人々が去った広場に、灯りはない。
それでも――そこには、確かに“集い”があった。

闇の中、黒衣の者たちが静かに輪を作って立っている。

足音はない。
囁きもない。
ただ、互いの存在だけが、そこにある。

彼らは、国に属さない。
旗も、紋章も、称号も持たない。
だが、誰一人として、この場の主が誰かを疑ってはいなかった。

やがて、輪の中心にいた人物が、一歩前へ出る。

深いフードの奥から覗くのは、年齢も性別も判然としない影。
その声だけが、はっきりと夜に落ちた。

「王都は、よく燃えた」

淡々とした口調。
賞賛でも、嘆きでもない。

「だが、まだ足りない。
世界は、まだ“恐怖”を理解していない」

一人が、低く問い返す。

「各国は、すでに動き始めています。
あの女――エルシアを巡って」

「知っている」

影は、即答した。

「それでいい。
恐怖は、対象が必要だ。
手に入れたいものがあるから、人は怯える」

黒衣の者の一人が、懐から数枚の文書を取り出す。
帝国、神国、商業都市連盟――
各国で流れている噂、密命、非公式文書。

『彼女を得た国が、世界の主導権を握る』
『彼女は、制御されねばならない』
『彼女は、危険だ』

文言は違えど、行き着く先は同じ。

「……見事なまでに、同じ恐怖です」
誰かが感嘆するように呟いた。

影は、ゆっくりと頷く。

「恐怖は、設計できる」
「剣よりも速く、軍よりも深く、人の心に届く」

「我らは、それを組み立てただけだ」

その言葉に、輪の空気がわずかに張り詰める。

「――あなたは」
 一人が、意を決したように問う。
「あなたは、何者なのですか」

影は、少しだけ沈黙した。

そして、フードの奥から、一枚の古い徽章を取り出す。
三本の刃が交差し、その中心に黒い円を描く紋。

それを見た瞬間、数名が息を呑んだ。

「……まさか」
「禁忌の名だ」

影は、静かに告げる。

「我らは、虚無騎士団《アケロン》」

かつて、歴史の裏で語られた存在。
戦争の影に現れ、恐怖を流し、国を分断し、
そして――何も残さず消えたとされる者たち。

「我らは、王ではない」
「神でもない」

影の声が、夜に溶ける。

「ただ、恐怖の設計者だ」

誰かが、震える声で言った。

「……世界は、もう止まらないのでは?」

「止める必要はない」

影は、淡々と答える。

「争いは、すでに始まった」
「エルシアが何を選ぶかに関係なく」

一歩、後ろへ下がる。

「重要なのは」
「人々が“恐れている”という事実だ」

闇が、再び濃くなる。

「恐怖は、必ず誰かを選ばせる」
「味方か、敵か」
「守るか、奪うか」

影は、最後にそう告げた。

「――そして、その選択こそが」
「我らの、望む未来だ」

次の瞬間、風が吹き抜ける。

黒衣の輪は、いつの間にか消えていた。
まるで最初から、存在しなかったかのように。

だが、世界は変わらない。

各国は動き、噂は広がり、恐怖は育つ。

エルシアという名を中心に、
世界は静かに、だが確実に、歪み始めていた。

P.S続編遅くなってしまい、ごめんなさい…
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