婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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 その日、王都は静かだった。

 大通りの喧騒も、商人たちの声も、子供たちの笑い声でさえ、まるで息を潜めるように薄れていく。

 ――世界が、王都を見ていた。

 玉座の間ではなく、公開討議の広間。
 どの国の者でも立ち会える場所。
 その中心に、エリシアは立っていた。

 壇上には、一枚の結界盤。
 それは新結界の“心臓部”。
 術式も、思想も、失敗例も――包み隠さず提示されている。

 司会役の王宮文官が声を張る。

「本日より、新結界の設計情報を全世界へ公開する」

 その瞬間、各国代表たちの視線が、鋭く光った。

●隣国エルヴァーン魔導連邦代表

 氷の瞳を持つ女魔導師が、唇を歪める。

「……信じられない」
「国家防衛の要を、公開する? 本気で?」

「ええ」
 エリシアは、淡々と答える。
「守りが“秘密”で成り立つなら、それは脆弱です」

「だが、模倣される」
「攻撃に転用される可能性も――」

「だからこそ」
 彼女は遮った。
「誰もが理解できる形で、開いておくんです」

 その理屈は、あまりにも真っ直ぐだ。
 だが、同時に――恐ろしくもあった。


●北方騎士帝国・戦功伯

 分厚い鎧に身を包んだ男が、豪快に笑う。

「気に入った! 秘密を抱えて王国が崩れるより、開いて殴られた方が清々しい!」

 だが、隣に控える参謀が冷静に告げる。

「我が国は、式の基礎を研究させてもらう。」
「だが、警戒もする。貴国が善意だけで動くとは限らぬと。」

「当然です」
 エリシアは頷いた。

「信じてほしいとは言いません」
「ただ、“判断する材料”は渡します」

 参謀の眉がわずかに動いた。
 簡単な言葉だ。
 だが、国を動かすには十分すぎた。


●西方商国連盟・代表団

 数名の商人たちが、目を輝かせる。

「……この術式、応用次第では」
「都市防衛網の共同運用が可能に――」
「いや、魔導インフラの市場が生まれる……!」

「話が早いですね」
 エリシアは微笑む。

「取引も、提携も可能です」
「ただし条件があります」

「利益よりも、人命を優先すること」
「恐怖を商材にしないこと」

 代表団が口ごもる。
 だが、その条件に真正面から反論できる者はいなかった。

●そして――東方の小国、未知なる来訪者

 まだ名の知れぬ国の少女が一歩前へ進んだ。
 民族服の裾を揺らしながら、澄んだ瞳で問いかける。

「……あなたは何を望むのですか?」
「権力もいらない、名声も欲しがらないのなら」

「望むのはただ一つです」

 広間が静まり返る。

 エリシアは息を吸い、言葉を置いた。

「恐怖に奪われ続けた世界が」
「恐怖に頼らないで、生きられる可能性を知ること」

 その瞬間、魔力が広間に満ちた。

 攻撃でも防御でもない。
 ただ、“理解”を媒介する波動。

 結界盤が応じる。
 無数の術式層が光を帯び、空中に設計図が展開する。

 誰でも読めるように、翻訳が同期し――
 世界中の言語で情報が重なっていく。

 ある者は驚愕し、
 ある者は怒り、
ある者は希望を見た。

 だが、一つだけ共通していた。

 この瞬間――世界は確かに変わった。

「……やはり、見つけたぞ」

 低い声が響いた。

 広間の外、石柱の影、黒衣の男。
 外套に刺繍された紋章は、いずれの国にも属さない。

「恐怖のない結界など、成立してはならない」
「“我ら”の計画が崩れる」

 彼は、結界盤に向けて小さな結晶を取り出す。
 それは、亀裂を生むための楔。

 しかし――

「触れないでください」

 その手首が掴まれた。

 振り返った男は、息を呑む。

 そこに立っていたのは、エリシアではない。
 だが、彼女と同じ目を持つ者。

 彼女が選んだ、最初の“理解者”だった。

「新結界は公開されました」
「破壊では、もう止められません」

 男が舌打ちする。

「ならば――混乱を広げるだけだ」

「それも、できませんよ」

 彼は、静かに手を掲げた。

「恐怖の時代は、終わり始めた」
「あなた方が望んだ未来は」
「もう、時代遅れです」

 黒衣の男が姿を消す。
 だが、最後の囁きだけが残された。

「終わりではない。始まりに過ぎん」

エリシアは、公開された結界盤の前で小さく呟いた。

「……さあ」
「ここからが、本当の物語」

世界は、彼女の名を知り始める。
そして、彼女の“敵”もまた。
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