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カフェ・ノスタルジアの最後の客
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その古びたカフェは、駅前の再開発から取り残されたように、ビルの谷間にひっそりと佇んでいた。
「今日で最後なんです」
カウンターの向こうで、白髪の店主が静かに呟いた。私は手にしたコーヒーカップを見つめながら、この店に通い始めてもう十年になることを思い出していた。
最初にこの店を見つけたのは、就職活動で落ち込んでいた時だった。雨宿りのつもりで飛び込んだ店内は、昭和の香りがする落ち着いた空間で、店主が黙って差し出してくれたコーヒーの温かさが、妙に心に染みた。
「お客さんは、確か最初の日も雨でしたね」
店主の記憶力に驚きながら、私は頷いた。あれから私は就職し、結婚し、子供も生まれた。でも、この店だけは変わらずにここにあった。
「実はね」店主は古い写真を取り出した。「この店、亡くなった妻と始めたんです。彼女が病気になってからは、いつか戻ってくるような気がして、ずっと続けてきました」
セピア色の写真には、若い頃の店主と美しい女性が、この同じカウンターの前で微笑んでいた。
「でも、もう十分待ちました。それに、最近気づいたんです。妻の思い出は、この場所じゃなくて、ここで過ごした時間の中にあるって」
私は何も言えずに、ただコーヒーを飲み干した。苦味の奥に、かすかな甘みを感じる。この味も、明日からは記憶の中にしか存在しなくなる。
「最後に、一つお願いがあります」
店主は少し照れたような表情を見せた。
「このコーヒー豆の焙煎方法、誰かに教えてもいいですか? お客さんみたいに、長く通ってくれた方に」
私は驚いて顔を上げた。それは、この店の味を受け継ぐということだった。
「でも、私は素人ですよ」
「構いません。大切なのは技術じゃない。誰かのために、心を込めて淹れることです」
その日の夜、私は店主から小さなノートを受け取った。そこには、豆の選び方から焙煎の温度まで、細かく几帳面な文字で記されていた。最後のページには、こう書かれていた。
『コーヒーは、人と人をつなぐ魔法の飲み物です。どうか、その魔法を絶やさないでください』
一年後、私は自宅の片隅に小さな焙煎機を置いた。週末だけ、友人たちにコーヒーを振る舞っている。味はまだまだ及ばないけれど、あの店主が教えてくれた「心を込める」ことだけは、忘れないようにしている。
先日、常連の一人が言った。
「このコーヒー、どこか懐かしい味がするね」
その瞬間、私は理解した。場所は変わっても、受け継がれていくものがある。カフェ・ノスタルジアは、確かに今も生きている。私の淹れる一杯のコーヒーの中に。
「今日で最後なんです」
カウンターの向こうで、白髪の店主が静かに呟いた。私は手にしたコーヒーカップを見つめながら、この店に通い始めてもう十年になることを思い出していた。
最初にこの店を見つけたのは、就職活動で落ち込んでいた時だった。雨宿りのつもりで飛び込んだ店内は、昭和の香りがする落ち着いた空間で、店主が黙って差し出してくれたコーヒーの温かさが、妙に心に染みた。
「お客さんは、確か最初の日も雨でしたね」
店主の記憶力に驚きながら、私は頷いた。あれから私は就職し、結婚し、子供も生まれた。でも、この店だけは変わらずにここにあった。
「実はね」店主は古い写真を取り出した。「この店、亡くなった妻と始めたんです。彼女が病気になってからは、いつか戻ってくるような気がして、ずっと続けてきました」
セピア色の写真には、若い頃の店主と美しい女性が、この同じカウンターの前で微笑んでいた。
「でも、もう十分待ちました。それに、最近気づいたんです。妻の思い出は、この場所じゃなくて、ここで過ごした時間の中にあるって」
私は何も言えずに、ただコーヒーを飲み干した。苦味の奥に、かすかな甘みを感じる。この味も、明日からは記憶の中にしか存在しなくなる。
「最後に、一つお願いがあります」
店主は少し照れたような表情を見せた。
「このコーヒー豆の焙煎方法、誰かに教えてもいいですか? お客さんみたいに、長く通ってくれた方に」
私は驚いて顔を上げた。それは、この店の味を受け継ぐということだった。
「でも、私は素人ですよ」
「構いません。大切なのは技術じゃない。誰かのために、心を込めて淹れることです」
その日の夜、私は店主から小さなノートを受け取った。そこには、豆の選び方から焙煎の温度まで、細かく几帳面な文字で記されていた。最後のページには、こう書かれていた。
『コーヒーは、人と人をつなぐ魔法の飲み物です。どうか、その魔法を絶やさないでください』
一年後、私は自宅の片隅に小さな焙煎機を置いた。週末だけ、友人たちにコーヒーを振る舞っている。味はまだまだ及ばないけれど、あの店主が教えてくれた「心を込める」ことだけは、忘れないようにしている。
先日、常連の一人が言った。
「このコーヒー、どこか懐かしい味がするね」
その瞬間、私は理解した。場所は変わっても、受け継がれていくものがある。カフェ・ノスタルジアは、確かに今も生きている。私の淹れる一杯のコーヒーの中に。
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