8 / 24
コンビニの天使
しおりを挟む
深夜二時。コンビニ「ファミマート桜丘店」のレジに立つ田中は、またあくびを噛み殺していた。夜勤のバイトを始めて三ヶ月、慣れたとはいえ、この時間帯の静寂は重い。
自動ドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、白いワンピースを着た小柄な女性が入ってきた。年齢は二十代前半だろうか。肩まで伸びた髪が蛍光灯の下で淡く光って見える。
彼女は迷うことなく弁当コーナーへ向かい、からあげ弁当を手に取った。それからお茶のペットボトルも一本。
レジに向かう途中、彼女の足が止まった。雑誌コーナーの前で、一人の中年男性が座り込んでいる。スーツは皺だらけで、ネクタイは緩んでいた。
「あの、大丈夫ですか?」
女性が声をかけると、男性はゆっくり顔を上げた。目が赤い。泣いていたのだろう。
「すみません、邪魔で……すぐ出ます」
「いえ、そんな。よろしければ」
女性は持っていた弁当を男性に差し出した。
「お腹空いてませんか?」
男性は戸惑った表情を見せたが、やがて深く頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、お代は……」
「気にしないでください」
女性はレジカウンターまで戻ってくると、お茶だけを置いた。
「弁当の分も一緒にお願いします」
「でも、お客様が……」
田中が困惑していると、女性は微笑んだ。
「あの方にあげたんです。一つの優しさが次の優しさを呼ぶって、信じてるんです」
田中は無言で会計を済ませた。お茶代と弁当代、合計で七百円。女性は千円札を出し、お釣りを受け取ると、
「おつりは募金箱に入れてください」
そう言い残して店を出ていった。
男性は弁当を大切そうに抱えながら、深々と頭を下げて後を追った。
翌日の夜勤でも、その次の日も、あの女性は現れなかった。
一週間後の同じ時刻、田中は考えていた。あの日から、不思議と夜勤が苦にならなくなった。疲れた顔をしたお客さんに「お疲れ様です」と声をかけたり、お年寄りが重い荷物を持っていたら「お手伝いしましょうか」と申し出たり。小さなことだったが、相手の表情が明るくなるのを見ると、自分も温かい気持ちになった。
自動ドアが開く音。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、また別の困った様子の人が入ってきた。今度は大学生らしき若い男性で、財布を握りしめて商品棚の前で立ち尽くしている。
田中は迷わずカウンターから出て、声をかけた。
「何かお探しですか?」
男性は恥ずかしそうに答えた。
「バイトの面接があるんですが、お金がなくて……コンビニ弁当すら買えなくて」
田中は自分の財布から千円札を取り出した。
「これで何か食べてください」
「でも……」
「一つの優しさが次の優しさを呼ぶって、ある人が教えてくれたんです」
男性は目を潤ませて深く頭を下げた。
その時、田中は気づいた。あの白いワンピースの女性が、ガラスの向こうから静かに微笑んでいることに。
彼女は小さく手を振ると、夜の闇に溶けるように消えていった。
田中は確信した。きっと彼女は天使だったのだと。そして、天使は特別な存在ではなく、誰もの心の中にいるものなのだと。
深夜のコンビニで、小さな奇跡は今日も静かに生まれ続けている。
自動ドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、白いワンピースを着た小柄な女性が入ってきた。年齢は二十代前半だろうか。肩まで伸びた髪が蛍光灯の下で淡く光って見える。
彼女は迷うことなく弁当コーナーへ向かい、からあげ弁当を手に取った。それからお茶のペットボトルも一本。
レジに向かう途中、彼女の足が止まった。雑誌コーナーの前で、一人の中年男性が座り込んでいる。スーツは皺だらけで、ネクタイは緩んでいた。
「あの、大丈夫ですか?」
女性が声をかけると、男性はゆっくり顔を上げた。目が赤い。泣いていたのだろう。
「すみません、邪魔で……すぐ出ます」
「いえ、そんな。よろしければ」
女性は持っていた弁当を男性に差し出した。
「お腹空いてませんか?」
男性は戸惑った表情を見せたが、やがて深く頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、お代は……」
「気にしないでください」
女性はレジカウンターまで戻ってくると、お茶だけを置いた。
「弁当の分も一緒にお願いします」
「でも、お客様が……」
田中が困惑していると、女性は微笑んだ。
「あの方にあげたんです。一つの優しさが次の優しさを呼ぶって、信じてるんです」
田中は無言で会計を済ませた。お茶代と弁当代、合計で七百円。女性は千円札を出し、お釣りを受け取ると、
「おつりは募金箱に入れてください」
そう言い残して店を出ていった。
男性は弁当を大切そうに抱えながら、深々と頭を下げて後を追った。
翌日の夜勤でも、その次の日も、あの女性は現れなかった。
一週間後の同じ時刻、田中は考えていた。あの日から、不思議と夜勤が苦にならなくなった。疲れた顔をしたお客さんに「お疲れ様です」と声をかけたり、お年寄りが重い荷物を持っていたら「お手伝いしましょうか」と申し出たり。小さなことだったが、相手の表情が明るくなるのを見ると、自分も温かい気持ちになった。
自動ドアが開く音。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、また別の困った様子の人が入ってきた。今度は大学生らしき若い男性で、財布を握りしめて商品棚の前で立ち尽くしている。
田中は迷わずカウンターから出て、声をかけた。
「何かお探しですか?」
男性は恥ずかしそうに答えた。
「バイトの面接があるんですが、お金がなくて……コンビニ弁当すら買えなくて」
田中は自分の財布から千円札を取り出した。
「これで何か食べてください」
「でも……」
「一つの優しさが次の優しさを呼ぶって、ある人が教えてくれたんです」
男性は目を潤ませて深く頭を下げた。
その時、田中は気づいた。あの白いワンピースの女性が、ガラスの向こうから静かに微笑んでいることに。
彼女は小さく手を振ると、夜の闇に溶けるように消えていった。
田中は確信した。きっと彼女は天使だったのだと。そして、天使は特別な存在ではなく、誰もの心の中にいるものなのだと。
深夜のコンビニで、小さな奇跡は今日も静かに生まれ続けている。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる