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コンビニの天使

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深夜二時。コンビニ「ファミマート桜丘店」のレジに立つ田中は、またあくびを噛み殺していた。夜勤のバイトを始めて三ヶ月、慣れたとはいえ、この時間帯の静寂は重い。
自動ドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、白いワンピースを着た小柄な女性が入ってきた。年齢は二十代前半だろうか。肩まで伸びた髪が蛍光灯の下で淡く光って見える。
彼女は迷うことなく弁当コーナーへ向かい、からあげ弁当を手に取った。それからお茶のペットボトルも一本。
レジに向かう途中、彼女の足が止まった。雑誌コーナーの前で、一人の中年男性が座り込んでいる。スーツは皺だらけで、ネクタイは緩んでいた。
「あの、大丈夫ですか?」
女性が声をかけると、男性はゆっくり顔を上げた。目が赤い。泣いていたのだろう。
「すみません、邪魔で……すぐ出ます」
「いえ、そんな。よろしければ」
女性は持っていた弁当を男性に差し出した。
「お腹空いてませんか?」
男性は戸惑った表情を見せたが、やがて深く頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、お代は……」
「気にしないでください」
女性はレジカウンターまで戻ってくると、お茶だけを置いた。
「弁当の分も一緒にお願いします」
「でも、お客様が……」
田中が困惑していると、女性は微笑んだ。
「あの方にあげたんです。一つの優しさが次の優しさを呼ぶって、信じてるんです」
田中は無言で会計を済ませた。お茶代と弁当代、合計で七百円。女性は千円札を出し、お釣りを受け取ると、
「おつりは募金箱に入れてください」
そう言い残して店を出ていった。
男性は弁当を大切そうに抱えながら、深々と頭を下げて後を追った。
翌日の夜勤でも、その次の日も、あの女性は現れなかった。
一週間後の同じ時刻、田中は考えていた。あの日から、不思議と夜勤が苦にならなくなった。疲れた顔をしたお客さんに「お疲れ様です」と声をかけたり、お年寄りが重い荷物を持っていたら「お手伝いしましょうか」と申し出たり。小さなことだったが、相手の表情が明るくなるのを見ると、自分も温かい気持ちになった。
自動ドアが開く音。
「いらっしゃいませ」
振り向くと、また別の困った様子の人が入ってきた。今度は大学生らしき若い男性で、財布を握りしめて商品棚の前で立ち尽くしている。
田中は迷わずカウンターから出て、声をかけた。
「何かお探しですか?」
男性は恥ずかしそうに答えた。
「バイトの面接があるんですが、お金がなくて……コンビニ弁当すら買えなくて」
田中は自分の財布から千円札を取り出した。
「これで何か食べてください」
「でも……」
「一つの優しさが次の優しさを呼ぶって、ある人が教えてくれたんです」
男性は目を潤ませて深く頭を下げた。
その時、田中は気づいた。あの白いワンピースの女性が、ガラスの向こうから静かに微笑んでいることに。
彼女は小さく手を振ると、夜の闇に溶けるように消えていった。
田中は確信した。きっと彼女は天使だったのだと。そして、天使は特別な存在ではなく、誰もの心の中にいるものなのだと。
深夜のコンビニで、小さな奇跡は今日も静かに生まれ続けている。
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