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月曜日の魔法使
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使い
「また月曜日か」
佐藤俊也は目覚まし時計を止めながら、いつもの台詞を呟いた。三十二歳、独身、広告代理店勤務。毎週月曜日が憂鬱で仕方がない。
通勤電車はいつも通り満員だった。押し潰されそうになりながら、俊也はスマホで天気予報を確認する。今日も一日曇り。心まで曇りそうだ。
「次は新宿、新宿です」
新宿駅で降りると、改札前に見慣れない露店が出ていた。「月曜日専門マジックショップ」という看板。店番をしているのは、古風な黒いローブを着た老人だった。
「いらっしゃい、若人よ」
老人は俊也を見て、にこりと笑った。
「あの、これ、何の店ですか」
「見ての通り、月曜日にしか現れない魔法の店さ」
俊也は苦笑した。朝から何を言っているんだ、この人は。
「冷やかしでもいい。一つだけ商品を見ていかないかね」
老人は小さな砂時計を取り出した。青い砂が入った、手のひらサイズの砂時計だ。
「これは『一週間の砂時計』。月曜日の朝にひっくり返すと、その週が特別なものになる」
「特別って、どういうことですか」
「それは使ってみてのお楽しみ。ただし、一度きり。二度目は効かない」
「おいくらですか」
「百円でいいよ」
安すぎる。怪しい。でも、なぜか俊也は財布から百円玉を取り出していた。
「毎週月曜日、君はここを通るだろう。だが、今日だけこの店があったことを覚えておきなさい」
老人はそう言うと、砂時計を紙袋に入れて渡した。
会社に着いて、俊也は砂時計を机の上に置いた。「まあ、インテリアにはなるか」と思いながら、何となくひっくり返してみた。
青い砂がさらさらと落ち始める。
その瞬間だった。
「佐藤さん!」
後輩の田中が駆け寄ってきた。
「例の大口クライアント、佐藤さんの企画、めちゃくちゃ気に入ったそうです! 正式契約したいって!」
「え、あの企画? でも、あれボツになったはずじゃ…」
「先方が直接見たいって言ってきたんですよ。部長が慌てて送り直したら、これだ!って」
その週は不思議なことが続いた。
火曜日、電車で隣に座った女性が読んでいた本が、俊也が十年探していた絶版小説だった。声をかけると、その女性は古書店を経営していて、店に在庫があると教えてくれた。
水曜日、何年も音信不通だった大学時代の親友から突然連絡が来た。近くに引っ越してきたらしい。
木曜日、ランチで入った定食屋の店主に「うちの娘の結婚式で流すムービー、作ってくれないか」と頼まれた。副業で始めた映像制作が、こんな形で広がるなんて。
金曜日、長年片想いしていた同期の山田さんに、「今度、映画でも見に行きませんか」と誘われた。
そして日曜日の夜。砂時計の砂は、最後の一粒が落ちようとしていた。
俊也はふと気づいた。
特別なことが起きたのは確かだ。でも、よく考えれば、どれも起こり得たことだった。企画はもともと良かった。絶版本も探し続けていれば見つかったかもしれない。親友との再会も、たまたまのタイミング。副業だって、コツコツ続けていたからこそ。山田さんも、ずっと自分に好意を持ってくれていたのかもしれない。
「魔法なんて、本当はなかったのかもな」
俊也は砂時計を手に取った。最後の砂粒が落ちた。
月曜日の朝。
俊也は目覚ましより早く目が覚めた。不思議と気分が良い。
通勤電車に乗りながら、先週のことを思い出す。あの露店は、もう二度と現れないだろう。でも、いい。
会社に着いて、机の上の砂時計を見る。
その時、俊也は砂時計の底に小さな文字が刻まれているのに気づいた。
『魔法は、気づいた者にだけ見える』
俊也は笑った。
そうか。魔法は最初からあったんだ。ただ、自分が気づいていなかっただけ。毎日の中に、小さな奇跡はいくらでも転がっている。それに気づくかどうか。それが魔法と現実の違いなのかもしれない。
「さて、今週も頑張るか」
俊也はパソコンを立ち上げた。
窓の外は晴れていた。雲一つない、抜けるような青空。
月曜日が、少しだけ好きになった気がした。
砂時計の青い砂は、もう二度と動くことはない。でも、それでいい。
魔法は、もう俊也の中にあるのだから。
「また月曜日か」
佐藤俊也は目覚まし時計を止めながら、いつもの台詞を呟いた。三十二歳、独身、広告代理店勤務。毎週月曜日が憂鬱で仕方がない。
通勤電車はいつも通り満員だった。押し潰されそうになりながら、俊也はスマホで天気予報を確認する。今日も一日曇り。心まで曇りそうだ。
「次は新宿、新宿です」
新宿駅で降りると、改札前に見慣れない露店が出ていた。「月曜日専門マジックショップ」という看板。店番をしているのは、古風な黒いローブを着た老人だった。
「いらっしゃい、若人よ」
老人は俊也を見て、にこりと笑った。
「あの、これ、何の店ですか」
「見ての通り、月曜日にしか現れない魔法の店さ」
俊也は苦笑した。朝から何を言っているんだ、この人は。
「冷やかしでもいい。一つだけ商品を見ていかないかね」
老人は小さな砂時計を取り出した。青い砂が入った、手のひらサイズの砂時計だ。
「これは『一週間の砂時計』。月曜日の朝にひっくり返すと、その週が特別なものになる」
「特別って、どういうことですか」
「それは使ってみてのお楽しみ。ただし、一度きり。二度目は効かない」
「おいくらですか」
「百円でいいよ」
安すぎる。怪しい。でも、なぜか俊也は財布から百円玉を取り出していた。
「毎週月曜日、君はここを通るだろう。だが、今日だけこの店があったことを覚えておきなさい」
老人はそう言うと、砂時計を紙袋に入れて渡した。
会社に着いて、俊也は砂時計を机の上に置いた。「まあ、インテリアにはなるか」と思いながら、何となくひっくり返してみた。
青い砂がさらさらと落ち始める。
その瞬間だった。
「佐藤さん!」
後輩の田中が駆け寄ってきた。
「例の大口クライアント、佐藤さんの企画、めちゃくちゃ気に入ったそうです! 正式契約したいって!」
「え、あの企画? でも、あれボツになったはずじゃ…」
「先方が直接見たいって言ってきたんですよ。部長が慌てて送り直したら、これだ!って」
その週は不思議なことが続いた。
火曜日、電車で隣に座った女性が読んでいた本が、俊也が十年探していた絶版小説だった。声をかけると、その女性は古書店を経営していて、店に在庫があると教えてくれた。
水曜日、何年も音信不通だった大学時代の親友から突然連絡が来た。近くに引っ越してきたらしい。
木曜日、ランチで入った定食屋の店主に「うちの娘の結婚式で流すムービー、作ってくれないか」と頼まれた。副業で始めた映像制作が、こんな形で広がるなんて。
金曜日、長年片想いしていた同期の山田さんに、「今度、映画でも見に行きませんか」と誘われた。
そして日曜日の夜。砂時計の砂は、最後の一粒が落ちようとしていた。
俊也はふと気づいた。
特別なことが起きたのは確かだ。でも、よく考えれば、どれも起こり得たことだった。企画はもともと良かった。絶版本も探し続けていれば見つかったかもしれない。親友との再会も、たまたまのタイミング。副業だって、コツコツ続けていたからこそ。山田さんも、ずっと自分に好意を持ってくれていたのかもしれない。
「魔法なんて、本当はなかったのかもな」
俊也は砂時計を手に取った。最後の砂粒が落ちた。
月曜日の朝。
俊也は目覚ましより早く目が覚めた。不思議と気分が良い。
通勤電車に乗りながら、先週のことを思い出す。あの露店は、もう二度と現れないだろう。でも、いい。
会社に着いて、机の上の砂時計を見る。
その時、俊也は砂時計の底に小さな文字が刻まれているのに気づいた。
『魔法は、気づいた者にだけ見える』
俊也は笑った。
そうか。魔法は最初からあったんだ。ただ、自分が気づいていなかっただけ。毎日の中に、小さな奇跡はいくらでも転がっている。それに気づくかどうか。それが魔法と現実の違いなのかもしれない。
「さて、今週も頑張るか」
俊也はパソコンを立ち上げた。
窓の外は晴れていた。雲一つない、抜けるような青空。
月曜日が、少しだけ好きになった気がした。
砂時計の青い砂は、もう二度と動くことはない。でも、それでいい。
魔法は、もう俊也の中にあるのだから。
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