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四十一話 第一段階
しおりを挟む「キャー!」
エキソンの剣はしっかりと偽裁判長を貫いていた。
裁判官の女性一人が悲鳴をあげ目元を隠していた。
富川も動揺していた。刺された偽裁判長とエキソン、国王、松川を裁判官席から交互に見ている。
その顔といったら傑作で──とまぁこいつはこの事件の真相は知らないので仕方のないことだ。
松川・鈴木陣営の額には汗が滲み、鈴木は相変わらず暗い顔で俯く。
国王は歯を食いしばったまま手を下ろし、エキソンも剣を抜いた。
そしてエキソンの剣が抜かれた時、その剣には赤い血どころかただの"人形"を刺したかのように、銀の刃が健在だった。
更に偽裁判長はその場に倒れることも無く、堂々と立っているのだ。
まだ目元を隠したり、叫んだりしている人がいる中で王は声を張り上げた。
「この様子を見よ! 人は剣を刺されれば赤い血が出る。なのにこいつは……血どころか、倒れることもしないではないか!!
これのどこが人間というのだ! 否、人間では無い。ここではっきりと言おう。
やつ──テスタは……もう"死んでいる"!! そしてこのなかにテスタを殺した犯人。及び今回の件の首謀者がいる! 儂はそいつを、"人の顔をしたアクマ"を、断罪する!!」
堂々宣言。
これは俺とルエル、エキソンの気持ちでもある。
俺の復讐だけでは片付けられないほど今回の件は大きくなり過ぎた。
怒り
悲しみ
憎しみ
フコウを連鎖させるその3つの感情を松川は爆発させてしまったのだ。
『俺が最初楜澤に手を出した。それは変わらない事実。』
それは俺も王に認めた。しかし王の返答は。
『君がやったことも許されることでは無い──否、君はそれだけの憎しみがあろうとも楽に殺してあげたかった。
儂は別に人を殺めようと正当な理由と根拠があれば大抵は許す。それを否定しては儂が魔族と戦うことも否定することになる。
"被害者はずっと被害者のまま"というのは確かに一般論からすれば正当だろうが、儂はそうは思わん! "やられたらやり返す"。それくらいの度胸と器がある人物を儂は求めておる。
しかし松川がしたことは別案件。やってることは魔族と等しい。そういう奴は煮られるも焼かれるも文句は言えまい──いや、言わせない!
だから儂は君を応援する。いくら君の同胞を殺したところで儂は君を咎めない。』
王の言うことが"正当"か"不当"か一概に言えない。
ただ王は"話しの分かるやつ"。俺にとっては。
王との作戦会議が終わり、帰り際。
王は俺にこんなことを言った。
「君は復讐した相手に"呪われる覚悟"があるか?」
重みのある質問だった。
クラスメイトを全員、精神的・肉体的に殺した後の話だ。
その後俺に降りかかるのは達成感か、それとも背徳感か──。
背徳感?
いや、今更何を考える必要がある。
そんなものが実在するならば、俺は復讐なんてする気は起きなかった。
あいつらを無惨に殺すことなんて考えることなく、従ってた。
『呪われる』? 上等だ。呪えるもんなら呪ってみろ!!
それが俺の答えで俺の道だ。
引き返せない、引き返そうとは思わない──全員殺してやる、俺を貶したやつは全員。
「ナズザーリン様。俺は──復讐し尽くしますよ。」
その答えに王は微笑んだ。
「テスタ亡き今、本来ならば裁判を続行することはできまい。
しかし今、この場で犯人を特定しなければ、更に犠牲者が増えるかもしれない。だからテスタに代わり、儂が裁判を仕切る。異存のある者は挙手せよ!」
王の『独裁』は国の自治で最も忌避すべきものである。
『独裁』は反論を断固拒否し、独裁者の意向のみの決断しか出せない。
『王の言うことは絶対だ』
その気持ちは松川にもあって──なぜならクラスの雰囲気がそうだったから。
力・権威といったものに縛られることに慣れた者は抗うことなく従う。
ナズザーリン国王は別に裁判続行を『強制』したのではない。なのにこの王の言葉に誰も口を動かさず、提案を飲み込んだ。
「ではこの裁判を"緊急裁判"として取り扱う。
裁判長クリオネル・テスタ死亡に代わり裁判長の任はダルタリン・カル・ナズザーリンが受け持つ!
二月 二十一日10時。楜澤 工、クリオネル・テスタ殺害者探しを始める!」
そうして正式に今回の裁判が行われる。既に余裕のなさそうに引き攣った顔でいる松川・鈴木を横目にして、復讐を始める。
エキソンは刺されてもなお立ち続ける『人形』の頭を鷲掴みにすると、裁判長席からずるずると引きずり落として、俺の近くにある証人席に置いた。
「では、準備が整った。
ルエル・タン・グレミーシア。スキルの使用を許可しよう。」
その一声に一同騒然とする。
王の思いがけない一言。
「ちょっとそれは──。」
と裁判官のうちの富川以外の、ここでは『部外者』の異世界人が言った。
たしかに異例だ。
だって犯罪者に、それも王自身の息子の敵のスキルをこの場で使用することを許可したのだ。
『普通』ではありえないこと──否、もうこの裁判は『普通』ではない。
というか『普通』とは何なのか?
その場その場にあった行動──それが最も大切なものであると言うのに『普通』を選んでいては正当な決定は出来ない。
「ルエル・タン・グレミーシア少将。儂は彼を高く評価していた。儂の息子を死に追いやったのが事実だとしても『評価していた』事実は変わらない。
儂は彼を信頼している。そしてその力はテスタ裁判長亡き今、正当な決定をするためには不可欠!
彼の"劣等児の才能"は"スキルアップ"している!
"スキルアップ"後の効果は『人の本音を口に出さずとも聞ける』というもの。つまり『精霊族上位始祖』に値する高度な能力を得ている!」
「──ッッ!!?」
『部外者』たちはこれで察した。
『ルエル・タン・グレミーシアは使える人間』と。
"スキルアップ"を分かりやすく言えば"能力性能上昇"だ。否、全ての能力が性能上昇に値する訳では無い。
ただし間違えないように言っておくが、スキルアップされる能力が優れているという訳でもない。
"スキルアップ"する能力はそこまで多くない。ルエルに聞いた話だと、"50つに1あるかないか"くらいなものらしい。
発生条件はまだ解明されてはいないが、"スキルアップ"前に"通常スキルレベル"を最大にすると獲得出来る。
ルエルのスキル"劣等児の才能"は"スキルアップ前"は『対象者の人の心の声やその人の他者との関係が自分だけに見える』というもの。
それが"スキルアップ後"、『対象者の心の声を一定範囲内にいる他者に聞かせることができる』ようになった。
つまり口で喋らずとも本心が聞けてしまうのだ。
この能力と同等なものを生まれながら持つ者──それが『精霊族上位始祖』だという。
テスタ裁判長は『一般精霊族』でもない"人間との混血だが、『精霊族上位始祖』と呼ばれる者は純精霊族で、かつて神から授かった『真偽の血』というものが濃厚に含まれている。
"神から授かった"というのは空想話だといわれている。が、その者たちが精霊族を増殖させていった。
今となってはその血を色濃く継ぐものはたったの一人だという。
そんなスキルを得ているルエル。この偉大さは『部外者』たちにはよく効き、松川たちの顔を青くする。
「ではこれを踏まえて問う。ルエル・タン・グレミーシアのスキルを発動することに異論を持つものはいるか!」
この国王の問いかけに『部外者』が異論を唱える必要性はない。もちろん、俺にとっては元から望んでいたこと。反論する理由はない。
しかしそれをされて困る奴らもいるわけで──。
「お待ちください、ナズザーリン国王!──」
切迫した声。
先程までの気味の悪い笑みと余裕はどこに行ったのか、今となっては醜い。
「──僕は反対です! だってそいつは仮にも国王の息子を殺した罪がかかっている"犯罪者"なんですよ!? そんなやつにスキルを使わすなんて、どうなんですか?」
「……そうだそうだ!」
モブキャラのように松川の意見に同調する鈴木。全くもって滑稽。
だってもうルエルがスキルを使うことに反対しているのは『二人』だけ。
必死になって反論する姿は『自分にとって不都合なこと』があるからだと言っているようにしか思えないものだ。
だからその考えは真っ向から否定されることになる。
「確かにルエル・タン・グレミーシアは儂の息子を殺したのかもしれない。
だが、それ以上にその後彼は活躍した。王国・人間のために戦ってくれた。それは紛れもない事実で、頼りにしていた。
少なくともマツカワ、お前よりは信頼出来る。
貴様らが儂らに意図的に伝えていなかった能力。それは貴様らが儂らを『信頼』していなかったということ。
儂はもう貴様ら異世界人のことは信じられない。マツカワ、"お前のせい"だ。」
「「「──ッッ!?」」」
この王の言葉でこの場にいる三人の顔が強ばった。
松川・鈴木、そして富川。
何に反応したか?
そんなの決まってる。
『新しく出現したクラスメイトのスキルを隠蔽していたこと』
『それによって王に信頼出来ないとストレートに言われてしまったこと』
何もかもがバレて、そして最悪の結果としてこの場で発表されたのだ。
この場合、嘘をついてもすぐに松川のスキルが暴かれ『更に信用をなくす』というのが面白いところ。
しかし嘘をつかなければ、今は『松川主犯』でスキル隠蔽を認めるを得なくなること。
そして一番面白いのは、もし松川が頑張ってここで『無罪』になったとしても『松川のせいで王国から信頼をなくした』と富川がクラスの"王"としていえば、松川は責任を全て課され家畜に落とされるということ。
仮にもし富川と徹底抗戦となれば、恐らくクラスメイト全員を敵に回すことになる。
要は松川はもう『詰んでいる』のだ。
言い訳も嘘も通じない。
これが俺が計画した第一段階。
『松川の余裕を無くす最初の一歩』だなんてまだ知らなくていいんだよ。
松川の顔は真っ青だった。
気持ちの悪い汗がヒヤヒヤと出ていて、まぁ惨め。
鈴木は"まだ"という感じではあるが、松川の奴隷になった時点で詰み。
富川は俯き角度が深くなり、バカなりに何か考えている様子だった。
俺はもう笑いをこらえるのに精一杯だった。
最初はあんなにもイキがってた奴らが開始早々この有様。
この程度じゃあまだまだだ。
もっともっと──。
「……俺は……僕は………俺が……?」
一人称が定まらないほど動揺する松川。しかし国王がそれが治まるのを待ってくれる訳もなく──。
「今はその話はいい。また後で詳しくはっきりするのだから。
では反論はないようなので、ルエルよ。貴様のスキルの使用許可を出す。」
王が宣言すると、エキソンが剣を握りルエルの首にあてがった。
「ただし変な行動をすれば、エキソン、できるな?」
「はい。もちろんです。」
それは斬首という意味。
ルエルが変な気を起こせば、親友に頭を斬られる。
それがどういう事なのか。ルエルはいいかもしれないが、エキソンにとってはどうだろう。
これは自分の命よりも『親友の人生』をかけられた命令。だからこそルエルは裏切れない。
「正当な裁判を実現するため、王の忠誠に従い、スキルを使わせていただきます!」
応援ありがとうございます!
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