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第三章
第四十七話 夢幻回廊
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大鐘楼へ行き、総主教と会う。
それが、先の法廷で正式に認められた私の権利であり、義務だった。
私は今、イル=サント大教会から中央の大鐘楼へと続く唯一の道、夢幻回廊を進んでいる。
同行する面々は、シェーナ、ミレーネさん、モードさん、カティアさん、そして――
「なんで、あんたまで一緒なんだ?」
「おや、騎士団の総長が帯同しては不満かな?」
なんと、ウィンガートさんまでもが一行の中に加えられていた。いつものようにシワひとつ無い法衣を綺麗に着こなし、背筋をピンと伸ばして歩く仕草は、私達の中でも一際優雅で威厳に満ちている。
その一方で、『帯同』と口にした彼の言い方は洒落が利いていた。
「不満、とかじゃねぇけどよ……」
無骨で荒くれな気風に染まり切っているモードさんは、とてもやりにくそうに言葉を濁す。そんな彼に、ウィンガートさんは余裕の微笑みを浮かべるのだった。
「僕には、あの法廷でシッスルくんを擁護した責任があるからね。それに、聖下に拝謁を賜るなら、それなりの地位に就いた人物が主導するという形を取らないと、国教会としても示しがつかないだろうし」
「閣下にまでお手数を煩わせて、誠に申し訳もございません」
生真面目なシェーナが、改めてウィンガートさんに頭を下げる。
「シェーナ、先程も言ったけど恐縮は不要だよ。結果として、これで良かったと言えるのかも知れないからね」
「総長は……どうして、ここまでシッスル達に肩入れするんですか?」
シェーナの隣から、カティアさんが控えめに尋ねる。ブロム団長の姪である彼女も、流石にウィンガートさんには大きな態度を取れないようだ。
「それは、愚問と言っても良いことだよカティア。アヌルーンの危機に立ち向かおうとしている君達を、ただ手を拱いて見ているのはあまりに不道理というもの。僕は守護聖騎士団の総長としても、ジェイムズ・ウィンガートというこの街に生きる個人としても、身を挺して公に尽くす人々への支援は惜しまない。それが僕の、“お限り様”より賜った使命だからね」
使命。その言葉を発したウィンガートさんの心胆は揺らぎ無い。優しげで整った容姿を持つ彼は、ともすれば儚げな印象を人に与えてしまいそうにも見えるが、内に秘めた信念はきっと誰よりも強固で、それが彼に威儀を与えているのだろう。ブロム団長とはまた違った意味で、側にいると頼もしいと思える人だった。
「それより、カティアの方こそ本当にもう大丈夫なのかい? もし無理をしているのなら、今からでも引き返して――」
「冗談! 私だって、二度もこいつらと一緒に魔族の尖兵を目の当たりにしたんですよ! 身体なら、治癒の聖術ですっかり回復したんだし、ここ一番って時に仲間外れは……あ」
思わず、素の強気が出てきたことに気付いたカティアさんが、バツが悪そうに声を落とす。
「も、申し訳ございません……」
「ふふっ。いやいや、それだけ元気なら本当に心配する必要は無さそうだね」
ウィンガートさんは、ただ鷹揚に頷いただけだった。
「そう言えば、ウィンガートさんもオーロラについて調べていらっしゃったんですよね?」
会話が途切れたのを見計らい、私はずっと気になっていたことを訊いてみた。
先日イミテ村で出会ったギシュールさんは、ウィンガートさんの意を受けてオーロラについての調査を進めていたが、その過程で私とシェーナに協力を要請したのだ。
あの時彼が持ち帰った白いガーゴイルのサンプルから、師匠の言葉を裏付ける事実が判明したりしないだろうか。
「私の師匠、サレナ・バーンスピアはオーロラのことを“外界とこの世界を隔てる壁”だと言っていました。これはギシュールさんの推測と合致します」
「ギシュールは実に頭の切れる男だよ。僕も、【エクスペリメンツ】に籠もった彼から進捗に関する報告を受けている」
ウィンガートさんは、ひとつ大きく頷いてから続けた。
「君達が遭遇した白いガーゴイルは、やはり国教会がオーロラに仕込んだ万が一に備えての防衛装置、いわば番人のようなものだったみたいだね。内側からオーロラを破って外に出ようとする者あらば、全力をもってそれを阻止する為の。かのガーゴイルのサンプルには、外側にあった闇の成分らしきものも付着していたらしく、ギシュールは今も総力を挙げて究明しようとしているよ」
法廷でユリウス大主教が責め立てていた通り、魔術研究機関【エクスペリメンツ】に所属する魔術士達は、ウィンガートさんの庇護によって捕縛を免れていた。
ギシュールさんを始め、彼処に務める人達は今も懸命に事態の打開策を探っている筈だ。後で訪ねて、こちらの情報を共有するべきだろう。
「魔族は、オーロラの研究を密かに進めてそのメカニズムを利用する方法を編み出したんだ、とも師匠は言っていました。西のダンジョンで現れたオーガも、ダール丘陵のリッチも、その技術を使って魔界から直接その場所に出てきたと」
「なんですって!?」
黙って話を聴いていたシェーナが目を剥いた。他の皆も、非常に驚いた顔をしている。
「シッスルさん、それは本当ですか!? じゃあ魔族は、オーロラを通じて地上の何処にでも現れることが出来るということなんですか!?」
ミレーネさんが血走った目で身を乗り出してくる。兄を喪った事件の裏に、こんなとんでもない事実が潜んでいたとは思わなかったのだろう。
「……まだ、そこまで実用が可能な段階では無い、とは思います。だってそれなら、最初から一気に数を投入した方が良いに決まってますから」
「ただし、確実に精度は高まっている。そうでしょ?」
「……はい」
カティアさんの緊迫した眼差しに、私はうなだれるように答えた。
「最初のオーガの時は、まだダンジョン内部でしかオーロラによるゲートを繋げなかった。しかし次のリッチは、ダンジョンを通り越して地上にまで進出出来ている。ならばこの次は、更に大規模な侵攻があることは必定……。そう考えるのが自然だろうね」
ウィンガートさんは溜め息を吐きつつ、ポツリと零すように言った。
「【テネブラエ】、か……」
「サレナさんが警告したのは、この事だった……!?」
シェーナも、頭を抱えたそうな顔をしている。モードさんに至っては最早言うべき言葉も見つからず、唸りながら虚空を睨み付けるだけだ。
「大丈夫です! それを阻止する為に、私達はこれから総主教さんと会うんですから!」
皆の目が私に向く。私は敢えて、不安を心の奥に押し込んで快活に笑った。
「だって、師匠がそう言っていたんですよ! 《幽幻の魔女》からのお墨付きです! アヌルーンを、マゴリア教国を護っているのが総主教さんと師匠なのだとしたら、【テネブラエ】を防ぐ方法もきっとご存知の筈! 私達はただいつも通りに構えて、総主教さんのお話をしっかり聴いてその通りにするだけで良いと思うんです!」
全員の間に、やや呆けたような間があった。それから、誰ともなくふっと肩の力が抜けて笑みが溢れる。
「シッスル、“総主教聖下”よ。さん、なんて不敬な言い方はやめなさい」
シェーナが笑いながら私を嗜める。
「まったく、これだから魔術士は」
憎まれ口を叩くカティアさんも、顔は笑っている。
「そうですね、リッチを討伐したシッスルさんなら、きっと聖下も良いお知恵を授けて下さいます」
ミレーネさんも肩から力が抜けたようだ。
「そうだな、考えるのは性に合わねえ。俺は必要な時に、力を振るうだけだ」
モードさんの顔にも余裕が戻った。
「……」
ウィンガートさんだけが、難しい表情のままじっと黙っている。
「ウィンガートさん? どうかしましたか?」
「……いや、特にどうということでもないよ。いずれにせよ、聖下からお言葉を賜れば判明することだからね」
喉に小骨が突っかかったような言い方だ。こういう思わせぶりなところを見せられると、やっぱり追及したくなる。
「何ですか? 些細なことでも、心配事があるなら教えて下さい」
「心配事、というほどでもないんだ。ただ、魔女殿のお話を担保出来るのが、実際のところは聖下ただお一人である、というところが少し奇異に感じられてね」
「え? それはどういうことですか?」
更に尋ねたが、ウィンガートさんはそれ以上言わなかった。
少しだけ、気まずい沈黙が辺りに降りる。コツコツコツ、と私達の足が石の廊下を踏みしめる音だけが響く。
「あー、それにしても長ぇ廊下だな。ずっと一方向に曲がりくねってるし、今何処を歩いてんのかも分からなくなってくるぜ」
場を取り持とうとしたのだろう、モードさんがわざとらしい調子で不満を溢した。
彼の言う通り、私達が今進んでいるこの夢幻回廊は、その名の通り曲がった廊下がずっと奥まで続く仕様となっている。
窓も無く、等間隔に設置された燭台の灯りだけを頼りにずっと歩いているが、何処まで行っても目に映る景色が変わらない所為で、位置感覚が狂ったような気にさせられるのだ。
「この夢幻回廊は、大鐘楼に繋がる唯一の道だからな。均等に湾曲した造りは、侵入者を惑わせる為のものでもある」
「けど、今度ばかりは私も駄筋男に賛成ね。こうも同じ光景が続くと、変な感じに襲われるわ」
「聖下に謁見する方々は、いつもこの道をお通りになっているんでしょうか?」
モードさんに乗っかる形で、三人の女の子が次々と話題を繋いでいく。良し、私も……!
「早く大鐘楼まで辿り着きたいですよね。そして――」
振り返った私は、そこで凍り付く。
皆の姿が、いつの間にか消えていた。
「えっ……!?」
一瞬のことだった。直前まで話し声が聴こえていた筈なのに、私の後ろにはもう誰も居ない。
シェーナも、カティアさんも、ミレーネさんも、モードさんも、ウィンガートさんも――。
ひとり残らず、消えてしまっていた。
まるで、最初からそこには居なかったみたいに。
「う、嘘……!? そんな筈無い! だって、今の今まで……!」
そこで私は気付く。夢幻回廊の奥、私達が今まで進んで来た方から、凄まじい気配が近付いてくる――。
「な、何!? きゃっ……!?」
逃げる時間も無かった。
回廊の奥から、組んだ糸が解けるように世界が塗り替わっていく。薄暗く、陰気な屋内の景色が瞬く間に崩れ去り、白黒の開けた世界がその下から浮上する。
そしてその波は、ついに私の立っている場所にまで及んだ。
「こ、これは!?」
呟いた時、既に元の回廊はそこには存在せず――。
私の目の前には、全く違う風景が広がっていた。
それが、先の法廷で正式に認められた私の権利であり、義務だった。
私は今、イル=サント大教会から中央の大鐘楼へと続く唯一の道、夢幻回廊を進んでいる。
同行する面々は、シェーナ、ミレーネさん、モードさん、カティアさん、そして――
「なんで、あんたまで一緒なんだ?」
「おや、騎士団の総長が帯同しては不満かな?」
なんと、ウィンガートさんまでもが一行の中に加えられていた。いつものようにシワひとつ無い法衣を綺麗に着こなし、背筋をピンと伸ばして歩く仕草は、私達の中でも一際優雅で威厳に満ちている。
その一方で、『帯同』と口にした彼の言い方は洒落が利いていた。
「不満、とかじゃねぇけどよ……」
無骨で荒くれな気風に染まり切っているモードさんは、とてもやりにくそうに言葉を濁す。そんな彼に、ウィンガートさんは余裕の微笑みを浮かべるのだった。
「僕には、あの法廷でシッスルくんを擁護した責任があるからね。それに、聖下に拝謁を賜るなら、それなりの地位に就いた人物が主導するという形を取らないと、国教会としても示しがつかないだろうし」
「閣下にまでお手数を煩わせて、誠に申し訳もございません」
生真面目なシェーナが、改めてウィンガートさんに頭を下げる。
「シェーナ、先程も言ったけど恐縮は不要だよ。結果として、これで良かったと言えるのかも知れないからね」
「総長は……どうして、ここまでシッスル達に肩入れするんですか?」
シェーナの隣から、カティアさんが控えめに尋ねる。ブロム団長の姪である彼女も、流石にウィンガートさんには大きな態度を取れないようだ。
「それは、愚問と言っても良いことだよカティア。アヌルーンの危機に立ち向かおうとしている君達を、ただ手を拱いて見ているのはあまりに不道理というもの。僕は守護聖騎士団の総長としても、ジェイムズ・ウィンガートというこの街に生きる個人としても、身を挺して公に尽くす人々への支援は惜しまない。それが僕の、“お限り様”より賜った使命だからね」
使命。その言葉を発したウィンガートさんの心胆は揺らぎ無い。優しげで整った容姿を持つ彼は、ともすれば儚げな印象を人に与えてしまいそうにも見えるが、内に秘めた信念はきっと誰よりも強固で、それが彼に威儀を与えているのだろう。ブロム団長とはまた違った意味で、側にいると頼もしいと思える人だった。
「それより、カティアの方こそ本当にもう大丈夫なのかい? もし無理をしているのなら、今からでも引き返して――」
「冗談! 私だって、二度もこいつらと一緒に魔族の尖兵を目の当たりにしたんですよ! 身体なら、治癒の聖術ですっかり回復したんだし、ここ一番って時に仲間外れは……あ」
思わず、素の強気が出てきたことに気付いたカティアさんが、バツが悪そうに声を落とす。
「も、申し訳ございません……」
「ふふっ。いやいや、それだけ元気なら本当に心配する必要は無さそうだね」
ウィンガートさんは、ただ鷹揚に頷いただけだった。
「そう言えば、ウィンガートさんもオーロラについて調べていらっしゃったんですよね?」
会話が途切れたのを見計らい、私はずっと気になっていたことを訊いてみた。
先日イミテ村で出会ったギシュールさんは、ウィンガートさんの意を受けてオーロラについての調査を進めていたが、その過程で私とシェーナに協力を要請したのだ。
あの時彼が持ち帰った白いガーゴイルのサンプルから、師匠の言葉を裏付ける事実が判明したりしないだろうか。
「私の師匠、サレナ・バーンスピアはオーロラのことを“外界とこの世界を隔てる壁”だと言っていました。これはギシュールさんの推測と合致します」
「ギシュールは実に頭の切れる男だよ。僕も、【エクスペリメンツ】に籠もった彼から進捗に関する報告を受けている」
ウィンガートさんは、ひとつ大きく頷いてから続けた。
「君達が遭遇した白いガーゴイルは、やはり国教会がオーロラに仕込んだ万が一に備えての防衛装置、いわば番人のようなものだったみたいだね。内側からオーロラを破って外に出ようとする者あらば、全力をもってそれを阻止する為の。かのガーゴイルのサンプルには、外側にあった闇の成分らしきものも付着していたらしく、ギシュールは今も総力を挙げて究明しようとしているよ」
法廷でユリウス大主教が責め立てていた通り、魔術研究機関【エクスペリメンツ】に所属する魔術士達は、ウィンガートさんの庇護によって捕縛を免れていた。
ギシュールさんを始め、彼処に務める人達は今も懸命に事態の打開策を探っている筈だ。後で訪ねて、こちらの情報を共有するべきだろう。
「魔族は、オーロラの研究を密かに進めてそのメカニズムを利用する方法を編み出したんだ、とも師匠は言っていました。西のダンジョンで現れたオーガも、ダール丘陵のリッチも、その技術を使って魔界から直接その場所に出てきたと」
「なんですって!?」
黙って話を聴いていたシェーナが目を剥いた。他の皆も、非常に驚いた顔をしている。
「シッスルさん、それは本当ですか!? じゃあ魔族は、オーロラを通じて地上の何処にでも現れることが出来るということなんですか!?」
ミレーネさんが血走った目で身を乗り出してくる。兄を喪った事件の裏に、こんなとんでもない事実が潜んでいたとは思わなかったのだろう。
「……まだ、そこまで実用が可能な段階では無い、とは思います。だってそれなら、最初から一気に数を投入した方が良いに決まってますから」
「ただし、確実に精度は高まっている。そうでしょ?」
「……はい」
カティアさんの緊迫した眼差しに、私はうなだれるように答えた。
「最初のオーガの時は、まだダンジョン内部でしかオーロラによるゲートを繋げなかった。しかし次のリッチは、ダンジョンを通り越して地上にまで進出出来ている。ならばこの次は、更に大規模な侵攻があることは必定……。そう考えるのが自然だろうね」
ウィンガートさんは溜め息を吐きつつ、ポツリと零すように言った。
「【テネブラエ】、か……」
「サレナさんが警告したのは、この事だった……!?」
シェーナも、頭を抱えたそうな顔をしている。モードさんに至っては最早言うべき言葉も見つからず、唸りながら虚空を睨み付けるだけだ。
「大丈夫です! それを阻止する為に、私達はこれから総主教さんと会うんですから!」
皆の目が私に向く。私は敢えて、不安を心の奥に押し込んで快活に笑った。
「だって、師匠がそう言っていたんですよ! 《幽幻の魔女》からのお墨付きです! アヌルーンを、マゴリア教国を護っているのが総主教さんと師匠なのだとしたら、【テネブラエ】を防ぐ方法もきっとご存知の筈! 私達はただいつも通りに構えて、総主教さんのお話をしっかり聴いてその通りにするだけで良いと思うんです!」
全員の間に、やや呆けたような間があった。それから、誰ともなくふっと肩の力が抜けて笑みが溢れる。
「シッスル、“総主教聖下”よ。さん、なんて不敬な言い方はやめなさい」
シェーナが笑いながら私を嗜める。
「まったく、これだから魔術士は」
憎まれ口を叩くカティアさんも、顔は笑っている。
「そうですね、リッチを討伐したシッスルさんなら、きっと聖下も良いお知恵を授けて下さいます」
ミレーネさんも肩から力が抜けたようだ。
「そうだな、考えるのは性に合わねえ。俺は必要な時に、力を振るうだけだ」
モードさんの顔にも余裕が戻った。
「……」
ウィンガートさんだけが、難しい表情のままじっと黙っている。
「ウィンガートさん? どうかしましたか?」
「……いや、特にどうということでもないよ。いずれにせよ、聖下からお言葉を賜れば判明することだからね」
喉に小骨が突っかかったような言い方だ。こういう思わせぶりなところを見せられると、やっぱり追及したくなる。
「何ですか? 些細なことでも、心配事があるなら教えて下さい」
「心配事、というほどでもないんだ。ただ、魔女殿のお話を担保出来るのが、実際のところは聖下ただお一人である、というところが少し奇異に感じられてね」
「え? それはどういうことですか?」
更に尋ねたが、ウィンガートさんはそれ以上言わなかった。
少しだけ、気まずい沈黙が辺りに降りる。コツコツコツ、と私達の足が石の廊下を踏みしめる音だけが響く。
「あー、それにしても長ぇ廊下だな。ずっと一方向に曲がりくねってるし、今何処を歩いてんのかも分からなくなってくるぜ」
場を取り持とうとしたのだろう、モードさんがわざとらしい調子で不満を溢した。
彼の言う通り、私達が今進んでいるこの夢幻回廊は、その名の通り曲がった廊下がずっと奥まで続く仕様となっている。
窓も無く、等間隔に設置された燭台の灯りだけを頼りにずっと歩いているが、何処まで行っても目に映る景色が変わらない所為で、位置感覚が狂ったような気にさせられるのだ。
「この夢幻回廊は、大鐘楼に繋がる唯一の道だからな。均等に湾曲した造りは、侵入者を惑わせる為のものでもある」
「けど、今度ばかりは私も駄筋男に賛成ね。こうも同じ光景が続くと、変な感じに襲われるわ」
「聖下に謁見する方々は、いつもこの道をお通りになっているんでしょうか?」
モードさんに乗っかる形で、三人の女の子が次々と話題を繋いでいく。良し、私も……!
「早く大鐘楼まで辿り着きたいですよね。そして――」
振り返った私は、そこで凍り付く。
皆の姿が、いつの間にか消えていた。
「えっ……!?」
一瞬のことだった。直前まで話し声が聴こえていた筈なのに、私の後ろにはもう誰も居ない。
シェーナも、カティアさんも、ミレーネさんも、モードさんも、ウィンガートさんも――。
ひとり残らず、消えてしまっていた。
まるで、最初からそこには居なかったみたいに。
「う、嘘……!? そんな筈無い! だって、今の今まで……!」
そこで私は気付く。夢幻回廊の奥、私達が今まで進んで来た方から、凄まじい気配が近付いてくる――。
「な、何!? きゃっ……!?」
逃げる時間も無かった。
回廊の奥から、組んだ糸が解けるように世界が塗り替わっていく。薄暗く、陰気な屋内の景色が瞬く間に崩れ去り、白黒の開けた世界がその下から浮上する。
そしてその波は、ついに私の立っている場所にまで及んだ。
「こ、これは!?」
呟いた時、既に元の回廊はそこには存在せず――。
私の目の前には、全く違う風景が広がっていた。
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