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序章・すたーとあっぷ編

#5・転生TSっ娘と異性が偽デートするとどうなるのか?

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エプロン姿の男性が俺らを出迎えた。
良かった、2人暮らしではないみたいだ。

ん、待てよ。
この男見覚えがあるな。
後で聞いてみるか。

「おい、お前は誰だ。
俺はサユと2人きりでイチャイチャ暮らせると
親父に聞いたんだが。」

平然と嘘つくな。
また顔に凹みが欲しいんか?

「残念でしたね。アックス様の父上は
あなた方が想像するよりも
早く先手の打てる人なんですよ。」

「で、お前は何者なんだ。」
「僕はキリマサ・リバージェン。
ここの家政夫に任命された者です。
……以後お見知り置きを。」

家政夫は綺麗なお辞儀で挨拶する。

「わーった。くれぐれもサユとの楽しい生活を
邪魔すんじゃねぇぞ。」
「えぇ、お嬢の不幸は
僕の不幸でもございますから。
アックス様がその種であるならば
――容赦しません。」

「ポッと出が図に乗るなよ。
俺は絶対にそんな事しねーしさせねぇ。」
「どうでしょうか。お嬢に対するセクハラが
多々あると聞きましたよ。」

「ソースは。」
「本家の雇い人、ですかね。」
「お前本当にただの家政夫か。」
「ご想像にお任せします。
――それに、僕の方がお嬢を知ってますから。」

「ストーカーか。」
「人聞きが悪いですねぇ。
僕がお嬢を不幸にする人に見えますか? 
ストーカーなんて言語道断ですよ。」

「どうかな。モノは言いようだ。」

「さて! 下らない諍いに時間を割いてる
場合じゃありません。お二方には今日、
祝いの夕食を用意しました!
積もる話はその後にたっぷりしましょう!」

やっと飯か。
この2人の下らない諍いに付き合わされるのが
今一番の不幸だと悟ってくれたんだな。

キリマサさんはどっかのTS娘分からせ男より
有言実行出来ててスゲェや。



「「「――ご馳走様でした。」」」

ふぅ。
祝いの飯ってだけあって
美味かつ満足感満載だった。

満腹の余韻に浸ってる所で、
キリマサに話しかけられる。

「お嬢、ちょっとついてきて貰えませんか。」
「え?」

瞬間、床に転移魔法の陣が浮かび上がる。

「おい待てクソ家政夫!」

アックスの叫びも虚しく、術式は起動した。

転移場所は、昼頃にピクニックした山の頂上地点。
見晴らしのよいこの場所で
何を始めようというのだろうか。

「ここなら邪魔も入らない。
そうだろう、サユキ。」
「貴方は……」

俺も引っかかっていた。
キリマサとは初対面ではない。
そう魂が訴えている。

その訴えに応じるよう、
彼は般若の様なお面を外した。
露わになった素顔は、
見間違えようのない存在だった。

「キリイチお兄様?」
「6年ぶりだね。」
「無事だったんですね。会わなすぎて
私てっきり逝ってしまわれたとばかり……」

「勝手に殺さないでくれるか。
まぁでも、いい婚約者当てて良かったな。」
「はぁ!? 
あんなセクハラ野郎のどこがいいんですか!」

「ブヒブヒしててぽっちゃりな
キモいおっさんが良かったか。」
「それはもっと無理。」

「冗談だよ。アックスだっけ?
あいつイケメンでサユキ思いのいい奴じゃんか。
サユキの言うセクハラっていうのも、
一線は越えてないんだろ。」

「一線……はね。
越えようモノなら彼を氷塊にします。」
「その時は、兄として僕も力を貸そう。」
「頼みますよ、お兄様。」

何故かキリイチ、もといキリマサは
恥ずかしそうに頭を掻き、口を開く。

「……帰ろっか。」



転移魔法で再び食堂へ戻ると、
アックスが心配な顔で駆け寄って来た。

「おい大丈夫かサユ。
あの家政夫に変な事されてねぇか?」
「大丈夫だって。少なくとも
アックよりは変な事してないよ。」

「えぇ、お嬢の言葉は誠でございます。
アックス様も鑑定魔法で確認済みですよね。」

「じゃあ何してたんだよ。」
「お嬢がタピオカなるモノを飲みたいと
おっしゃっていたので、付き合った迄です。」

「んだよ、そんなん下校中にいくらでも
付き合ったてやんのに。
太りたくないからって遠慮してたのか。」

アックスの顔にクレーターが出来た。
(ノルマ達成)

「み゛で下ざい゛家政夫ざん゛。
ごの゛娘め゛ぢゃ゛危険でず。」
「そうですね。……いいですか?
女の子に対して太ったとかは禁句ですよ。」

「了解です師匠!」

「そんなことよりさぁ!
早く解除方法を模索しましょうアック!」
「ア゛ー、その件だけどよ。一旦探すのやめね。」
「え?」

何を言ってるんだアックス。
いつもなら、はいそうです。で始めるだろ。

「どうしてなの!
私に協力してくれるって言ってたじゃん!」
「6年も調べて情報が一切出ねぇし
しょうがないだろ。師匠はどう思う?」

「その件ですが、
父上より止めるように言われてます。」
「何でマサ兄まで!」

「……マサ兄ぃ?」

「んーごほんごほん! アック、勘違いしないでね。
ほら、家政夫ってみんなのお兄さんって
感じするわよね。アンタだけ
師匠呼びするんなら私だって特別な呼び方
したっていいと思うのよ。……ね?」

咄嗟の言い訳だが頼む! 通じてくれ!

「そりゃいいんだがよ。師匠を見ろ。」

あ、天に召されてる。
嘘みたいだろ。この満面の笑みで死んでんだぜ。

って、人の尊死を観察してる場合じゃねぇ!

「起きてぇぇえええ!!」

俺の電撃によりマサ兄は一命を取り留めた。
かと言って、調べるなと指示がされてる以上。
しばらくの間は調べられないだろう。

またの機会に
アックス父を説得する必要がありそうだ。

「後さ、サユ。」
「ん?」

「無理に〈俺〉に
戻る必要なんかないんじゃねーの。
サユがどうなろうともサユはサユだし。
男である事やTSっ娘である事実が
消える訳じゃねー。」

「ねぇ……私を分からせに来てる?」
「素直に受け取れねーのかよ。
まーアレだ。折角戻ってきた〈青春〉だし、
変な調べ事に時間使うよりか、
高校生らしく謳歌したっていーんじゃねーの。」

「ふーん。アックも割といい事言うのね。」
「俺は、クズだからな。」

「2人とも、イチャイチャするのは構わないけどさ。実は、僕以外の助っ人があと1人いるんだ。」

「「助っ人!?」」

マサ兄だけで充分なのにまだ居んのかよ。
勘弁してくれ、もう物理的にも精神的にも
お腹いっぱいだよ。

「……もう、動いていいよ。」

「ラジャー! ストンっ!」

着地の擬音を口で言って登場する奴初めて見た。

「紹介しよう、彼女は。」
「言わなくていいですキリマサさん!
自己紹介くらい自分で出来ます!」

「そうかい。では頼むよ。」

「私は恋愛コンサルタント業の超大手!
〈Qトピア〉に勤める平社員っ!
名前はキュピネ・ハートランドですっ!」
「んで、そんな凄い人が何でこんなトコに。」

アックス、棒読みやめい。

「ふっふっふ、知りたいですか……教えましょう!
最近我が社が始めた宅配恋結びサービス!
あなた方はそのモニターに選ばれたのですっ!」

「ただの実験台じゃねぇか!!」

ごもっともだ。

「何言ってるんですかアックス君っ!
このモニター権、お父様が大金叩いて
買い取ってくれたんですよ! 誇っていいです!」

「一生の恥じゃねぇか!!
何? 俺らそこまで親に恋愛音痴だと
思われてんのかよ! なぁ師匠!」

マサ兄は、口笛を吹きながら目を逸らす。
真面目キャラの彼がここまで滑稽な態度をとると、
流石の俺でも自覚してしまう。

「安心して下さい。我が社の実績は本物ですから。
婚活サイト顧客満足度90%以上、
大規模な式場の仲介までしてるんです!」

「キュピネさん
個人の実力が定かじゃないんだが!?」
「いえ、私はただ恋縁魔道具ラブ・トーテムの検証結果を
記録するだけなのでご安心を。」

「クソ親父ぃいいいい!!!」

アックスはぶつけようのない怒りを天井に叫んだ。
そののち、
マサ兄から当別荘のパンフレットを盗み走り去る。

おそらく新たな自室へと篭りに行ったのだろう。

「あらら……行っちゃいましたね。」

元凶のお姉さんが、罪悪感皆無で言う。
少しは反省して欲しいものだ。

アックスもアックスだ。
急にどうしちまったんだよ。
しゃーねぇ。ちと様子でも見に行くか。

「マサ兄、私にもパンフレット下さい。」
「あぁ、行ってきなさい。」



ここが、アックスの部屋か。
謎の緊張感が沸々と湧くが
逃げる訳にはいかない。

かつて、
アックスが勇気を出して救ってくれたのに。
俺だけがしないなんて筋が通らないしな。

覚悟を決めてノックする。

扉の先から返ってきたのは、
どんよりしたアックスの声だった。

「誰ですか。」
「サユキです。」
「入っていいぞ。」

お言葉に甘えて入室する。
予想通り、彼は頭を抱えていた。

「アック、一人で悩まないで私にも話してよ。
少しは楽になるでしょ。」

そう言って俺は、アックスの隣に座った。
ベットの上に腰を下ろして思ったのは、
ふかふか過ぎる。人をダメにしそうだ。

「聞いてくれ……マジで最悪だよ。
これから毎日、変なアイテムで俺らの恋愛が
無理矢理造られるんだぜ。
サユはさ、耐えられるか。」

「んー耐えられないかも。
でも、悪知恵の働くアックなら打開策の
一つや二つあるんじゃない?」

「ねぇよ。今回ばかりは完敗だ。
親父の思う壺になるってのが
こんなに不快だとはな。
サユ、当初のお前はほんとスゲェよ。」

「らしくないね。
確かに6年前、当初の私は何も出来なかったよ。
けど今は違う。アックの側に私が居るじゃん。」

アックスを励ますよう、
手を重ねて笑みを向けるが顔を逸らされる。

耳が真っ赤になってるし、相当悩んでたようだな。
そこまで頭に血が昇る緊急事態だったのか。

「……ったく。サユはなんか作戦があんのかよ。」
「私達がぬるま湯だからキュピネさんが
来たんだよね。だったら熱湯である事を
証明すれば諦めてくれると思うよ。」

「具体的に何すんだよ。」
「今から偽デートしよっか。」
「はっ、はあっ!? それは俺も考えたよ!?
サユが否定すると思って言わなかったがな!!」

「じゃ、決まりだね。」



決意を固めた俺らは、
キュピネの前に再び現れた。

「何ですかその顔は、私の実験台になる覚悟が
出来たとの判断で宜しい?」

遂に実験台とか言ったよこの人。

「違うな。
お前が要らないってのを証明しに来た。」
「つまり、今から私にイチャラブセックスを
見せつけると? どうぞやってみて下さい!」

「頭真っピンク過ぎて笑えるな。処女か?
愛の形はそれだけじゃねぇだろ。」

アックスはニヤリとして肩を組み寄せる。

「サユとデート行く。
好きなだけ観察して、諦めろ。」

「成る程ですね。あなた方の魂胆は分かりました。
もしラブ度が低ければあなた方は敗北し
実験材料を余儀なくされる。
勝てば私が去り、平穏が訪れる。」

「ご名答。
まぁ、俺らの愛が最強って所見せてやんよ。」



アックスの挑発を合図に、偽デートが決行した。

第一関門、恋人繋ぎ。
女子とするならドキドキしすぎて、
絵に描いた童貞の如くキョドりそうだ。

しかし、男同士であればなんら問題はない。
手押し相撲を遊んでる時によくなる現象だからな。

ただ一つ、新しい発見はあった。
女の子の手っていうのはどうも華奢で、
アックスの手が大きくゴツゴツしてるのが
身を以って体感できる。

ふと、後ろをチラ見するとキュピネが
頷きながらメモに筆を疾らせていた。
これは順調にポイントを稼いでる証だな。

「なぁサユ。」
「ん?」
「俺の手、大丈夫か。手汗とか出てないよな。」
「出てないよ。え、まさか私から出てる?」

「出てねぇよ。にしても、サユの手。すべすべで
小さくてぷにぷにしてて触り心地最高だな。
雪女特有の涼しげで心地よい冷感も堪んねぇよ。
……頬擦りしていいか。」

「セクハラついでに殺人鬼化しないで下さい。
キュピネ居なかったらその腕切り落としますよ。」
「悪ぃ悪ぃ。」

第二関門。映画館で映画鑑賞。
お互い趣味でもない恋愛映画を見る。
夕食後のポップコーンという
罪な食事をしながらの鑑賞だ。

異世界ながら、現世と大差ない文明に驚愕する。
という暇などなかった。

長時間の座り込みで
口が乾かないようデカイ炭酸飲料を用意した。
当然奴の目を掻い潜る為、
ハート型のカップル専用ストローだ。

飲むタイミングはなるべく同時である。
これもポイント稼ぎの為だ。
後は適当なトキメキシーンに合わせて
アックスと手を重ねるだけの単純作業。

手を離そうとしてくる時が多々あるので、
ビリビリしたら大人しく従ってくれた。
減点行為は極力避けなければいけないんだ。
許せアックス。

映画館を出たのち、
キュピネの足を凍結能力で拘束する。
そして俺らは詰め寄った。

ここまでくれば交渉の余地があると
踏んだからだ。

「よぉキュピネ。
これでもまだ俺らの
ラブラブが足りないって言い張るか?」

あぁ! もっと言ってやれアックス!

「まだ、一つ足りませんねぇアックス君。」
「はぁ? 悪足掻きはよせよ。」

「悪足掻きじゃありません。
デートの最後にカップルが熱いキスを
するのは〈当たり前〉でしょう?
それとも……出来ないんですか?
熱々に愛し合ってるのに?」

「す、するに決まってんだろ!
お前を煽りに来ただけだっつーの!」

「……では、始めて下さい☆」

キュピネは俺たちが逆らえないのを知ってか、
黒い笑みを浮かべるのであった。
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