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第二章 第五艦隊

ナ号作戦開始

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「高雄~、聞いて~」
「あらあら、どうしたんですか?」
 寝室で就寝の支度をしながら、妙高は高雄に先ほどの出来事の愚痴を零した。
「あらまあ、それはお気の毒に」
「それで、なんだけど、どう思う? 長門様、本当のことを言っているのかな?」
「どうでしょうね……。わたくしには判断しかねます。しかし、仰っていることに特別矛盾はないように思えますね」
「確かに。だったら、今日のあれは何なのかな?」
「もしかして、瑞鶴の幽霊かも。ふふふ」
「幽霊!? そ、そそ、そんな馬鹿な、あり得ないよ……」
 わなわなと震える妙高。この手の話題には弱いらしい。
「冗談ですよ。でも真面目に考えれば、瑞鶴が生きていた、ということになるかもしれません」
「生きていた……でも、海軍の公式記録では沈んだって」
「公式発表なんて信用できませんよ。第一、原子力空母なんてものが設計されている時代に、わざわざ瑞鶴なんかを模倣する理由が分かりません」
「確かに。うーん、何だったのかなあ…………」
「考えてもしょうがありませんね。しかし妙高、あなたも随分と艦隊に慣れてきましたね」
「え? そ、そうかな?」
「そうですよ。最初のおどおどしていた時とはまるで違います」
 高雄は妙高に近寄ると、その頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと……それはどういう……」
「何でもないです。ただ、ちょっと、鈴谷のことを思い出してしまっただけです」
「妙高が来る前に沈んじゃった船魄……」
「はい。彼女の後をちゃんと継げたような気がして、私は嬉しいんです」
 鈴谷は高雄が第五艦隊に配属される前からいた船魄だ。だから高雄を育てたのは彼女なのである。そして今、妙高の教育係は高雄だ。
「それって、妙高は昔の高雄ってこと?」
「ふふ。そうなりますね」
「何か下に見られてる気分なんだけど?」
「いえ、そんなつもりはありませんよ。ただ、いつまでも、一緒にいてくださいね」
「その話だったら、高雄は高雄の心配をしてよね」
「大丈夫です。私は死にません。さあ、もう消灯時間です。お休みなさい」
「あ、ねえ、高雄」
「どうしました?」
「たまには、一緒のベッドで寝ない? ダメかな?」
 妙高は照れくさそうに尋ねた。尋ねられた高雄も頬を赤く染めていた。
「え、ええ、構いませんよ。そうですね。一緒に寝ましょう」
「やったあ!」
 二人は同じ段に寝て同じ布団の中に入った。しかし、妙高は布団に入ると5分程度で眠りについてしまった。高雄としては呆気なさ過ぎて残念である。
「まったく。可愛いですね……」
 高雄は妙高の唇を人差し指でそっと撫でた。


 翌日。第五艦隊の面々は長門の執務室に集められた。
「な、何なのかな……」
「さあ。こんなことはわたくしも初めてです。あ、長門」
 長門は部屋の奥の扉から執務室に入って来た。そして机の後ろに陣取り、船舶達を見回した。
「さて、諸君にはこれより、連合艦隊より命じられた作戦を通達する」
「作戦? こんな仰々しいことまでして、ただの作戦の通達なのか?」
「そうだ、峯風。だがただの作戦ではない。第五艦隊はこれより、第六、第七艦隊と共に、ハイチに存在する敵基地を攻略、帝国海軍の活動領域を拡大することを目的とする、ナ号作戦に参加する」
「我らはこれより、初めてこちらから攻勢に出る。気を引き締めるべし」
「あら、信濃はもう作戦を知っていたのですか?」
「我と長門は管鮑の仲なれば」
 すました顔でそう言う信濃。
「ふん。艦隊の秩序も地に落ちたものだな」
「……そうだな。私の公私混同だ。すまない」
「我は……」
「そ、それで、作戦とは具体的にはどういったものなのでしょうか!」
 妙高は険悪な雰囲気を断ち切って長門に尋ねた。
「うむ。実のところ、我々は今回、攻略作戦そのものには参加しない。第五艦隊はハイチ攻略に必要な戦略兵器を輸送する」
「戦略兵器? 何だそれは?」
「中身は知らんでもいい」
 長門の声はいつになく冷ややかだった。長門からの明確な拒絶に、峯風はこれ以上問い質そうとも思えなかった。
「それでは長門、その兵器を輸送することだけが、わたくし達の任務なのですか?」
「そういうことだ。普段とは違う仕事だが、所詮は輸送任務に過ぎない。あまり緊張せんでもいい。特に妙高はな」
「は、はい!」
「では各自、出撃の用意を。武運長久を祈る」
 かくしてナ号作戦は決行された。


『偵察。周辺に敵影なし。海は静か』
『うむ。第六、第七艦隊が敵を引き付けてくれているはずだからな』
 長門に件の戦略兵器を積載し、第五艦隊は大洋を進む。信濃の目が届く範囲では敵の姿もなく、作戦は至って順調であった。今度の作戦は可能な限り敵と接触しないことこそ勝利の条件である。
「しかし……戦略兵器というのは一体……」
 長い航海に疲れて来た頃、妙高はうっかり心の声が口から漏れてしまった。
「あっ……」
『戦略兵器と言うからには、国家の命運を左右する兵器なんだろうな』
 峯風は答えた。戦略とはつまり、そういう意味だ。
『あ、あのぉ……』
 その時、通信機から聞こえて来たか細い声。たまにしか聞くことのできない涼月の声であった。
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