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第三章 戦いの布告

CVAN-65

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「ず、瑞鶴さん、第五艦隊が動き始めました!」
『あーもう、最悪じゃない。私が第五艦隊を押さえるから、ツェッペリンはシュトラッサーを押さえなさい! 敵機が抜けてきたら妙高が落として!』
『……分かった』
「は、はい!」
 ツェッペリンはシュトラッサーの艦載機と激しい空戦を開始した。そして瑞鶴は第五艦隊の行動を阻むように牽制を開始する。しかし、次の瞬間だった。
『信濃、あんたまだ艦載機残してたの!?』
 信濃がこれを機と見て残った全艦載機を発艦させた。艦攻霊山と艦船瓢風が合わせて10機ほど、向こうから攻勢を掛けてきたのだ。捨て身の攻撃ではあったが、瑞鶴は一気に守勢に回ってしまう。
「あわわ……どうすれば……」
『妙高、敵よ!』
「は、はいっ! せめてこれくらいは……!」
 妙高はシュトラッサーの攻撃機に対空砲火を開始。しかし落とすことはできない。
「は、速い……」
『ふん。流石は我の同型艦と言ったところだな』
「感心してる場合じゃないですよ! って、ツェッペリンさん!!」
 ツェッペリンがシュトラッサーの攻撃機の魚雷を喰らった。通信機からは彼女の苦しそうな呻き声が漏れ聞こえてきた。
『な、何のこれしき……妹に後れを取るわけにはいかぬ!』
『ツェッペリン! 旧式の貴様に、私に対抗するのは無理だ! 諦めろ!』
『旧式とは人聞きの悪い。熟達と呼べ、新兵が。と言うか貴様は同型艦だろ』
「ど、どうしてわざわざ相手を挑発するんですか……」
 瑞鶴もツェッペリンも言葉は余裕綽々としているが、実際には余裕などなかった。想定外の敵に退路を断たれ、戦力では圧倒的に劣勢。妙高の目的を達成するどころか、自分たちが生きて撤退することすら難しい。
『どうしよ……。こんなにやられたのはエンタープライズ相手にした時以来よ、まったく』
「瑞鶴さん……ごめんなさい、妙高が無理を言ったせいでこんなことに……」
『いいのよ。情報をちゃんと集められなかったこっちが悪いんだから』
『すまぬ。我が面倒なものを引き寄せてしまった』
『それも私の考えが足らなかったからよ。……いっそ、海上特攻でもやるかしら』
 瑞鶴ですら希望を見い出せない。事態は絶望的である。と、その時だった。通信機に雑音が混じり、少なくとも妙高は聞いたことのない少女の声が聞こえてきた。
『ふふふ、お困りのようですね、瑞鶴』
 その挑発的な声に、瑞鶴は聞き覚えがあった。
『お前、まさかエンタープライズ……?』
『ええ、そうです。私はエンタープライズ。地獄の底から這い上がって参りました』
 少し喋るだけで狂気を感じさせる声。その主はエンタープライズと名乗る。
「エンタープライズ? でも瑞鶴さん、彼女はとっくの昔に……」
『ええ。私が殺した。だからお前がエンタープライズである訳がない。何者?』
『その通りですよ。あなたはかつて私を殺してくれました。ちゃんと眉間を撃ち抜いてくれましたから、ちゃんと死にましたよ?』
『……何が言いたい』
『私は、「あの」エンタープライズではありません。私は彼女の名前、記憶、そして「魂」を受け継いだ艦、原子力空母として生まれ変わったCVAN-65、エンタープライズです』
 全長317メートル、基準排水量六万トンの超大型原子力空母、それが今の彼女だ。
「原子力空母……アメリカはもう完成させていたと……」
 艦内に原子炉を持ち、長大な航続距離を持つ原子力空母。日本では初の原子力空母鳳翔が建造中であり、建艦競争でアメリカに一歩後れを取った形となる。
『――そんなことより、あんたは何なの? 記憶を受け継ぐってどういうこと?』
 瑞鶴は感じていた。通信機の向こうにいる少女が、一九四五年に死んだエンタープライズそのものであると。
『言葉のままですよ。私はあの時沈んだエンタープライズの全てを継承しました。あのエンタープライズを形作っていた鉄は、そのほとんどがこの私に使われています。あのエンタープライズの船魄の死体は引き上げられ、この私にその魂が移されたのです』
 船魄を製造する技術を使えば、部分的に記憶を他人に移植することも不可能ではない。だから魂を受け継ぐというのも、決して信じられないという訳ではないのだ。
『そんなことがあり得るのか? 否、あり得たとしても、とても割に合うとは思えぬな。効率ばかり重んじるお前達アメリカ人らしくない』
『うふふ、確かに。でもあなた達がご存じの通り、人間を搾取する対象としてしか見ていないアメリカ人には、マトモに使える心を持った船魄を造り出せませんでした。あのエンタープライズを除いては。だから彼女そのものである私が造られたんです』
 結局アメリカ海軍は、瑞鶴と戦ったあのエンタープライズを除いて、他国の船魄に匹敵する能力を持った船魄を造れなかった。その分の不利を物量で補うのがアメリカ海軍の基本的な戦略である。まあ物量ですら今では日本に負けつつあるが。
『では、どうしてお前だけが他とは違ったのだ? 我は興味がある』
『そんなことを聞いている余裕があるとは思えませんが、お答えしましょう。ですが答えは簡単です。あの私には魂があったんです。本物の魂が。あのエンタープライズは、資本家の道具ではない、本物の、闘争を望み死を望む魂を持っていました』
「それは……どうしてですか?」
『かつて私の建造を指示し主導したルーズベルト大統領は、国益のためでも保身のためでもなく、ただ戦争の歓喜を得るためだけに戦争を起こしました。そこには本当の心が、魂がありました。だから彼に造られた私にも魂があった。それだけのことです』
「く、狂ってますけど、納得ですね」
 皮肉なことに、アメリカを愚かな戦争に叩き込んで没落させた男の遺産が、今のアメリカ海軍にとっての最大戦力になっているのだ。
『それで? こんなところに現れて、あんたは何しに来たの?』
『あなたを助けに来たのですよ、瑞鶴。あなたには私を殺してくれた恩がありますから』
 エンタープライズは瑞鶴を助けに来たと言う。だが瑞鶴にはとても信用できなかった。宿敵エンタープライズその人だと言われれば、尚更。
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