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蠱惑の魔剣
フィオナの嘘
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ローカンは、島主を訪ねた。シシルナ島に訪問するという手紙は出していたが返事は無かった。
「まあ、いつものように忙しいんだろう」
気楽なローカンは、いつもの気軽さで、島庁の中を我が物顔で進んでいく。
会う人ごとに、ヒカリのことを揶揄われるが、それはある意味優越感でもあった。
「島主様はおいでか?」
島主の部屋の前で、一応警備員に声をかける。警備員は、ローカンに耳打ちする。
「ご機嫌斜めです。ですから……」
「ああ、いつものことか!」
怒られ慣れているローカンに怖いものはない。いや、あの叱責が懐かしくもあり、彼は扉を開けてしまった。
「馬鹿なのか! サナトリウムとの交渉をラゼル様の従者にお願いするとは!」
「ですが……」
「舐められたら終わりだ。そうだ、誰も通らせなければ、食料すら手配できず、サルサは頭を下げてくるだろう」
だいぶ込み入った話のようだ。ローカンは扉を閉めようとして、新しい警備長に捕まった。
「お前、我々の会議を覗き見したな!」
扉が大きく開かれた。
「ローカン殿? マリエル公国の国防総長で、前のシシルナ島の警備総長だ」
ガレアが紹介した。そんな島主の顔は、いつもの繊細な雰囲気が消えていた。
「それは失礼しました」
警備長は、頭を下げた。
「いえ、シシルナ島に観光に来たので、挨拶に来ただけです」
「そうか、ゆっくりしていってくれ!」
だが、ローカンたちは部屋を追い出され、扉の鍵がかかったのが聞こえた。
「おかしい……」
「そりゃ、島主にとって過去の人だもん。冷たくされても挫けないで」
ヒカリは、落ち込むローカンを励ました。
「違う。そうじゃ無いんだ。ガレアと俺は友達なんだ。だから……」
「うん、じゃあ、忙しいんだよ。ローカン、お腹すいた!」
ヒカリは、ローカンの手を引いて、島庁を出た。
※
騒がしい島の入島検問を抜けたひと組の男女を乗せた馬車が走る。
男は聖職者の衣をまとい、隣には深いヴェール付きの帽子を目深にかぶった痩せた女が座っている。
「体調はどうですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
行き先は丘の上、サナトリウム。御者台に座るのは、聖王国でも名を馳せるグラシアス商会の若い職員だった。
馬車は緩やかに坂を登る。女は窓を少し開け、シシルナ島の潮の香りを吸い込んだ。港町と海が一望できる。
「共和国とは空気が違いますね」
穏やかなひととき。しかし、サナトリウムの門前でその空気は一変した。
武装した警備兵たちが道を封鎖していたのだ。
「悪いが、ここから先は通せない」
長身の警備長が馬車に近づき、険しい声を放つ。
「グラシアス商会の馬車だ。それで足りるはずだろう」
御者が強気に返したが、警備長は鼻で笑った。
「商人風情が威張るのが一番癪に障るんだ」
御者は口をつぐむ。彼は強健で戦闘にも耐えられる体を持つが、こういう場での応対は不得手だった。
代わって聖職者の男――ガブリエルが窓から顔を出す。
「共和国の助祭、ガブリエルと申します。聖女様の代理として、サナトリウムを訪問いたしました」
「……本当か?」
警備長の疑念は鋭い。シシルナ島民らしからぬ猜疑心だ。彼は移民者なのだろう。
ガブリエルは懐から封筒を取り出す。ネフェル聖女の紋章が刻まれていた。
「こちらが証明です。中身はお見せできませんが」
「……なるほど。しかし島主様の命令で、誰もサナトリウムへは通すなと――。ガレア様に会ってからにしてくれ」
ガブリエルはわずかに眉をひそめた。
そのとき、突風が吹いた。女のヴェールがめくれ、白い顔がのぞく。彼女は慌てて手で押さえ、うつむいた。
「……ほう。そういうことか」
警備長の目がいやらしく光る。誤解をしたのだ。
「誤解です。これは――差し入れですよ」
ガブリエルはすかさず懐から小袋を取り出し、警備長の掌に握らせた。硬貨の音が、わずかに鳴る。
「……ふん。わかっているな。ラゼル様の耳に入れば、大事になるからな」
警備長が手を振ると、兵たちは道を開いた。
「隊長、本当に通していいんですか?」
「馬鹿者、フィオナ様がお乗りだったのだ。問題あるまい。……問題は」
※
サナトリウムの診察室。
「どこも悪くありませんね」
医師マルカスがそう告げると、部屋の空気が重くなる。
「いやらしい。だからそう言ってるじゃない!」
フィオナが声を荒げた。
「だから、おかしいんだ」マルカスは首を振る。
「カリスは死にかけるほど衰弱しているのに、お前だけは元気だ」
「それは……丈夫だからよ!」
だが誰も信じていないことは、彼女自身にも分かっていた。
「無理があるな。お前は三人の中で一番ラゼルと長く付き合っていた。それなのに、奴の影響も薬の毒もほとんど受けていない」
マルカスは布を広げて見せる。カノンから渡された魔力吸収布だ。
「そんなことは……ノルドの薬のおかげよ」
「もういい」サルサが切り出す。
「幻影魔術を使えることは、ノルドから聞いた」
フィオナは目を伏せる。
「……そうよ。それで、ラゼル王子に殺されるのから逃れてきたの」
「ああ、それが答えだ。フィオナ。そんな言い訳は、奴隷契約を結んでいる者にはできないんだ」
サルサが言い切ると、彼女の顔がさっと青ざめた。
「座りなさい。安心しなさい、私たちは味方です」
セラが優しく手を肩に乗せた。
「……契約が不完全だったらしいの。でも、ばれるのが怖くて」
必死に言葉を絞り出すフィオナに、サルサが柔らかく微笑んだ。
「誤解しているよ。私たちは全部知っている。もう嘘をつかなくていい」
※
「サルサ様、グラシアス商会の馬車が到着しました」
「そうか。ちょうど良いところだ――待っていたよ」
「まあ、いつものように忙しいんだろう」
気楽なローカンは、いつもの気軽さで、島庁の中を我が物顔で進んでいく。
会う人ごとに、ヒカリのことを揶揄われるが、それはある意味優越感でもあった。
「島主様はおいでか?」
島主の部屋の前で、一応警備員に声をかける。警備員は、ローカンに耳打ちする。
「ご機嫌斜めです。ですから……」
「ああ、いつものことか!」
怒られ慣れているローカンに怖いものはない。いや、あの叱責が懐かしくもあり、彼は扉を開けてしまった。
「馬鹿なのか! サナトリウムとの交渉をラゼル様の従者にお願いするとは!」
「ですが……」
「舐められたら終わりだ。そうだ、誰も通らせなければ、食料すら手配できず、サルサは頭を下げてくるだろう」
だいぶ込み入った話のようだ。ローカンは扉を閉めようとして、新しい警備長に捕まった。
「お前、我々の会議を覗き見したな!」
扉が大きく開かれた。
「ローカン殿? マリエル公国の国防総長で、前のシシルナ島の警備総長だ」
ガレアが紹介した。そんな島主の顔は、いつもの繊細な雰囲気が消えていた。
「それは失礼しました」
警備長は、頭を下げた。
「いえ、シシルナ島に観光に来たので、挨拶に来ただけです」
「そうか、ゆっくりしていってくれ!」
だが、ローカンたちは部屋を追い出され、扉の鍵がかかったのが聞こえた。
「おかしい……」
「そりゃ、島主にとって過去の人だもん。冷たくされても挫けないで」
ヒカリは、落ち込むローカンを励ました。
「違う。そうじゃ無いんだ。ガレアと俺は友達なんだ。だから……」
「うん、じゃあ、忙しいんだよ。ローカン、お腹すいた!」
ヒカリは、ローカンの手を引いて、島庁を出た。
※
騒がしい島の入島検問を抜けたひと組の男女を乗せた馬車が走る。
男は聖職者の衣をまとい、隣には深いヴェール付きの帽子を目深にかぶった痩せた女が座っている。
「体調はどうですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
行き先は丘の上、サナトリウム。御者台に座るのは、聖王国でも名を馳せるグラシアス商会の若い職員だった。
馬車は緩やかに坂を登る。女は窓を少し開け、シシルナ島の潮の香りを吸い込んだ。港町と海が一望できる。
「共和国とは空気が違いますね」
穏やかなひととき。しかし、サナトリウムの門前でその空気は一変した。
武装した警備兵たちが道を封鎖していたのだ。
「悪いが、ここから先は通せない」
長身の警備長が馬車に近づき、険しい声を放つ。
「グラシアス商会の馬車だ。それで足りるはずだろう」
御者が強気に返したが、警備長は鼻で笑った。
「商人風情が威張るのが一番癪に障るんだ」
御者は口をつぐむ。彼は強健で戦闘にも耐えられる体を持つが、こういう場での応対は不得手だった。
代わって聖職者の男――ガブリエルが窓から顔を出す。
「共和国の助祭、ガブリエルと申します。聖女様の代理として、サナトリウムを訪問いたしました」
「……本当か?」
警備長の疑念は鋭い。シシルナ島民らしからぬ猜疑心だ。彼は移民者なのだろう。
ガブリエルは懐から封筒を取り出す。ネフェル聖女の紋章が刻まれていた。
「こちらが証明です。中身はお見せできませんが」
「……なるほど。しかし島主様の命令で、誰もサナトリウムへは通すなと――。ガレア様に会ってからにしてくれ」
ガブリエルはわずかに眉をひそめた。
そのとき、突風が吹いた。女のヴェールがめくれ、白い顔がのぞく。彼女は慌てて手で押さえ、うつむいた。
「……ほう。そういうことか」
警備長の目がいやらしく光る。誤解をしたのだ。
「誤解です。これは――差し入れですよ」
ガブリエルはすかさず懐から小袋を取り出し、警備長の掌に握らせた。硬貨の音が、わずかに鳴る。
「……ふん。わかっているな。ラゼル様の耳に入れば、大事になるからな」
警備長が手を振ると、兵たちは道を開いた。
「隊長、本当に通していいんですか?」
「馬鹿者、フィオナ様がお乗りだったのだ。問題あるまい。……問題は」
※
サナトリウムの診察室。
「どこも悪くありませんね」
医師マルカスがそう告げると、部屋の空気が重くなる。
「いやらしい。だからそう言ってるじゃない!」
フィオナが声を荒げた。
「だから、おかしいんだ」マルカスは首を振る。
「カリスは死にかけるほど衰弱しているのに、お前だけは元気だ」
「それは……丈夫だからよ!」
だが誰も信じていないことは、彼女自身にも分かっていた。
「無理があるな。お前は三人の中で一番ラゼルと長く付き合っていた。それなのに、奴の影響も薬の毒もほとんど受けていない」
マルカスは布を広げて見せる。カノンから渡された魔力吸収布だ。
「そんなことは……ノルドの薬のおかげよ」
「もういい」サルサが切り出す。
「幻影魔術を使えることは、ノルドから聞いた」
フィオナは目を伏せる。
「……そうよ。それで、ラゼル王子に殺されるのから逃れてきたの」
「ああ、それが答えだ。フィオナ。そんな言い訳は、奴隷契約を結んでいる者にはできないんだ」
サルサが言い切ると、彼女の顔がさっと青ざめた。
「座りなさい。安心しなさい、私たちは味方です」
セラが優しく手を肩に乗せた。
「……契約が不完全だったらしいの。でも、ばれるのが怖くて」
必死に言葉を絞り出すフィオナに、サルサが柔らかく微笑んだ。
「誤解しているよ。私たちは全部知っている。もう嘘をつかなくていい」
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