完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
187 / 221
蠱惑の魔剣

闇の契りと闇の種族

しおりを挟む
「カリス、隣に来い!」
「はい」
 
彼女は胸を張り、サルサの横に並んで立った。
「我がヴィスコンティの一族に新たな者を迎え入れた。これからよろしく頼む!」

 マルカス以外、そこにいた者たちは皆、驚きを隠せずにいたが、それでも静かに見守った。
 カリスは、いつもの悪態とは正反対の、初々しく緊張した面持ちで口を開いた。

「カリス・ヴィスコンティです。一族の名を汚さぬように。母の名を穢さぬように生きていきます」

 ノルドはカリスの変化に気づいていた。彼女の匂いがサルサに近づいている。それは――吸血鬼の匂い。

だが、なぜ?
「私の唯一の娘だ。この歳になって作るとは思わなかったがな」
 この場合の娘とは、血族のことを意味していた。


 それは、ノルドたちがダンジョンに潜る日の朝。カリスとサルサは言葉を交わしていた。

「だが、奴の契約は普通ではなかった。神との契約だった」
「私は……結んだ覚えがありません」

「ああ。奴は間違いなくごまかして契約を結んだのだろう。あるいは操り、狂わせ、意識を乗っ取ったのかもしれない。だが、あくまで私の推測にすぎん」

 薬に縛られ、魔剣とラゼルの術に翻弄された彼女たち。奴隷契約の存在すら知らず、抗う手立てもなかった。

「一度結んだ神の元での契約を勝手に解除することは危険だ。当然だが、神罰が下される。だが、死の契約を続けるよりはまだ安全かもしれん」

 ラゼルの死によって、いつ命を落とすかもわからぬ操り人形でいるよりは。

「だから契約を解除する時のことを考えよう。お前は弱っている、しかも奴の影響を受けやすい人族だ。今のお前には解除はできない」

「サラはどうなんでしょう?」
「あの犬っころは、お前よりはるかに生命力に溢れている。幼いから弱く見えるが、原始の犬人であるサラなら耐えられるだろう……それでも、辛いだろうがな」

「セラからお前のことは聞いている。僅かな時間でも、あの女の目に誤りはない。非常に優秀で、良い魂の持ち主だと」

「それは買い被りすぎです。セラさんにはとても敵いません」
「当たり前だ。セラは只者ではない。――さて、本題だ。カリス、お前、私の娘にならないか?」

 突如の申し出に、カリスは固まった。
「私が……ですか? 天才医師サルサ様の娘なんて、許されるはずがありません」

「そんな大層なものではない。だが、お前は決断しなければならない。私の娘になれば、もう人族には戻れない」

 ああ、そういうことか。噂で聞いたことがある。サルサは人ではない。魔物、吸血鬼だと。
「……かまいません。いえ、よろしくお願いします」

 カリスには身内がいなかった。それが決め手だったのかもしれない。育ててくれた人も、もういない。

「伝説の多くは誤りだ。おいおい説明しよう。マルカスみたいに棺桶で寝て、無駄に伝説を助長する馬鹿もいるがな」

吸血鬼――原始の種族。夜に生きる者。
「ノルドだって夜を生きる牙狼族だ。昼の光に弱いだけで死にはしない。ただ、最初のうちは気をつけろ」

「はい」
「それと、私との契りもまた、神の元の契約だ。不可逆なものだぞ。よいか?」

 カリスは震えながらも、こくりと頷いた。
 牙が首に食い込み、血を吸われ、血を与えられる。

 そして、彼女は吸血鬼となった。

 意識を失い、眠る間に体は作り変えられた。――目覚めたのは今朝。
 何が変わったのかはわからない。だが、失っていた魔力が体の中に満ちていく。

 空っぽの池に雨が降り注ぐように。元の彼女からは考えられないほどの量だった。
「……魔力が違います」

「ああ、そうだろうな。他にも良い面も悪い面も出てくる。一緒に解決していこう、カリス」
「ありがとうございます」


 ブランナとフィオナは夕食会の後、二人で一部屋を与えられた。
「やはり、このままでは駄目だ。サルサ様に相談に行こう」

 ブランナは真剣な顔で言った。
「でも……私にはカリスさんほどの才能はない。救ってもらえないかも」

 フィオナが弱気に言うと、ブランナは首を振った。
「それでも、話だけは聞いてもらおう」
 二人はサルサの院長室を訪ねた。そこにはマルカスが酒の入ったグラスを片手に座っていた。

「どうしたんだい? そんな深刻な顔をして」
「お願いします! フィオナを救ってください! 才能はカリスに劣るかもしれませんが、良い子なんです。きっとサルサ様のお役に立ちます。マルカス様でも構いません、吸血鬼に!」

「おいおい、“でも”って酷くないか? こう見えても貴族だぞ!」
 サルサは彼女たちの誤解に気づき、弟の医師に尋ねた。

「マルカス、フィオナの体はどうだった?」
「だから、どこも悪くないって言ったろ!」
 だが、ブランナは納得していなかった。

「……お前たちも理解していないのか……まったく近頃はどうなってるんだ! マルカス、検査器具を持ってこい!」

「はいはい」
 マルカスは医務室から注射とシャーレを持ってきた。
「二人とも血を取る。フィオナは二回目だが我慢してくれ。頑固そうな姉がいるから目の前で見せてやる」

採血した血をシャーレに入れる。
サルサは試薬瓶を掲げ、説明した。
「検査液とは、精霊の好むエルフツリーの樹液と数種類の薬を混ぜて作る。聖女の妹アマリの血は赤く光輝く」

 マルカスはシャーレを並べ、まず青年の血に検査液を落とす。
――何も変化はなかった。
「いいか、これが普通の人族の血だ」

 次に二人の血に検査液を落とす。
 最初は赤い液体のままだったが、じわりと黒く濁り始める。

 蠢きが次第に鮮明になり、まるで意思を持つ生き物のように、シャーレの中で渦を描いた。

「そして、黒く蠢くのは、我らと同じ古き闇の種族の一つ。魔人族だけだ」

 フィオナは息を呑み、カリスは目を見開いた。
「……私たちも、人族ではなかったのか……」

 その異様な光景に、サルサは腹を抱えて大笑いした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...