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蠱惑の魔剣
魂を抱く精霊の木
しおりを挟む二人の剣士が、ほぼ同時にすっと剣を抜いた。刃が抜ける音は、張り詰めた空気をさらに鋭く研ぎ澄ます。
「行くぞ!」
アレンは自分を鼓舞するため、気合いを込めて叫んだ。
「そんな骨董品でか……」
ラゼルは薄く笑い、いつものように両手に剣を携えて待ち構える。その姿には余裕さえ漂っていた。
「おりゃあっ!」
アレンは相手の剣筋を読むことなく、ひたすら前へと踏み込み、勢い任せに渾身の一撃を振り下ろす。
銀色に輝く硬質の両手剣が十字を描き、アレンの古びた剣を受け止めた。金属の衝突音が狭い空間に響き渡る。王子ラゼルは余裕の笑みを浮かべていたが、次の瞬間、その表情は凍りつく。
――ぽきん、ぽきん。
乾いた音を立て、ラゼル自慢の剣が両の手から真っ二つに折れた。防御の壁を失った彼の前に、アレンの剣が迫りくる。
「うわわゎっ!」
慌てふためいたラゼルは後ろへ飛び退こうとするも、足がもつれて尻餅をついた。
その背に背負っていた妖剣が、ぞわりと妖しく輝きを放つ。闇の光に近いまばゆさが空間を支配し、アレンの視界を焼きつけ、一瞬動きを鈍らせた。
ラゼルは深く息を吐き、腰の土を払いながらゆっくりと立ち上がる。そして、背の魔剣を抜き放った。刃はどす黒く光を反射し、まるで血を啜ることを求めているかのようだった。
「魔物レベルには、楽しめそうだな」
「魔物はお前だ!」
アレンの目には、目の前の王子がもはや人ではなく、醜悪な魔物にしか見えなかった。いや、それ以下。存在そのものが不快の塊だった。
二人の間合いは、剣先が触れ合うほどに詰まる。
大剣同士のぶつかり合い――一撃が通れば致命傷。どんな立派な鎧であっても、両者の剣圧の前には紙同然だ。
「くそっ……!」
格下と侮っていたはずのアレンに押され、逆にアレンの体に切り傷が刻まれていく。防具は裂け、肌からは鮮血が噴き出す。
「そうか……それは魔剣か」
ラゼルは、安堵に似た笑みを浮かべた。アレンの剣に風の魔術が付与され、速度も力も増していると見抜いたからだ。
「ならば――対抗させてもらおう」
妖剣が怪しい光を放ち、ラゼルの全身を包む。その瞬間、戦況は均衡へと戻り始めた。
「本気で行くぞ。嬲り殺しにするつもりだったが……遊びは終わりだ」
焦りを隠しきれないラゼルに対し、アレンはさらに速度を上げる。邪魔が入ればまずい。ここで決着をつける――その覚悟が剣に宿る。
斬撃はより深く、ラゼルの体を赤々とした血で染めていった。
「くそっ、くそっ、くそぉぉ!」
ラゼルの目が妖しく赤く輝き、彼を包む気配が一変する。
「狂戦士……!」
それはラゼルの持つ唯一にして最後のスキル。常軌を逸した力と速度が、先ほどまでの戦いを嘲笑うかのように迸った。
「死ね、死ね、死ねぇ!」
今度はアレンの体が刻まれていく。刃が肉を裂き、鮮血が地面を濡らす。だが――彼の心は死んでいなかった。立つのも、剣を握るのもやっとのはず。それでも、意志だけは折れていない。
「ノルド……頼む。狂ったお前には、できまい」
理性を失ったラゼルに対し、アレンはノルドの名を呼ぶ。すぐさま腰から、彼が作った最後の一本のリカバリーポーションを取り出し、一気に飲み干した。傷が焼けるように再生し、再び力がみなぎる。
「もうお前の弱点は見切った!」
全力を込めた剣が、再び唸りを上げる。鍔迫り合いの最中、アレンの剣圧に押され、ついにラゼルの手から蠱惑の魔剣が弾き飛ぶ。
「楽をして戦いすぎだ――死ねっ!」
最期を刻むつもりで、アレンは剣を振り下ろした。
その瞬間。
蠱惑の魔剣がまるで意志を持つかのように反応し、妖光を迸らせた。
「ぐおっ!」
光はただの幻ではない。実体を伴った不可解な力。炎でも土でも風でも水でもない、特別な闇の光。
それはアレンの体を易々と貫き、さらに奥の三階層の壁に突き刺さった。
轟音とともにダンジョン全体が揺れ動く。まるで地震のように。
ラゼルの瞳から狂気が消え、正気が戻っていく。魔剣を拾い上げると、鞘へと納めた。
「大事に貯めていたのに……こんなところで無駄撃ちとはな」
王子は心底つまらなそうに吐き捨てると、アレンの落とした鍵を拾い、何事もなかったように首へと下げた。
「剣はどこだ……?」
辺りを見回すが、アレンの剣はどこにもなかった。まるでダンジョンそのものに吸い込まれたかのように。
ふと気づけば、周囲を包んでいた濃霧は跡形もなく晴れ去っていた。
「ラゼル王子! ご無事ですか? お怪我が……」
駆け寄ってきたのはドラガンとロッカだ。
「ああ。暗殺者に狙われてな」
ラゼルが視線を向ける先には、真っ二つに裂かれたアレンの死体が転がっている。
「あれが……?」
「どうもな、ドラガン。お前の立場を狙っていたらしい。俺を殺し、その後お前も殺すつもりだったようだ」
「はぁ、ふざけた野郎だ……。ラゼルギルド長、すぐに治療を」
ラゼルの周りに仲間たちが集まり、あっという間に朝食の卓が並べられる。その輪の中心で談笑する王子。その腰の剣は、なおも妖しく微かな光を放ち続けていた。
誰もアレンの亡骸を気にする者はいない。ラゼルの語る「暗殺者撃退」の武勇譚だけが場を満たしていた。
探索団が第三階層を後にすると、残されたのは数人の荷運び人だった。
「……可哀想に」
「だが、地上に運ぶわけにもいかん。何を言われるか分からんからな」
「なら、ダンジョンに捨てるか? ダンジョンが食ってくれるだろう?」
「いや、ここに埋めよう。いつか俺たちが、自分の間違いに気づく時が来る」
彼らは、エルフツリーの裏に小さな墓を作り、アレンを葬った。
やがて全員が立ち去ったあと――。
大木の幹から、ひとりの少女の姿がふわりと現れた。彼女は墓の周囲を静かに歩きながら、低く呟いた。
『……そうか。死んでしまったのね』
その姿は初めて実体を伴っていた。ビュアンとは似ても似つかない、しかし清廉な気配を纏った存在。
彼女の本体は、エルフツリーそのものに宿る精霊――カリス。
『魂はまだ残っている。だから、約束を果たそう』
その姿は変化し、アレンの彼女の面影を映し出す。
カリスは近くに咲く小さな花を摘み、墓の前に膝をついて祈った。その仕草は、かつて彼女自身がアレンに見せていたものの写しだった。
すると墓の中から、淡い光の玉がふわりと浮かび上がる。
カリスはそれを両手でそっと包み込み、微笑んだ。
『待っていたわ、アレン。一緒に行きましょう』
光は嬉しげに震え、眩く輝く。
次の瞬間、二人の姿はエルフツリーの中へと静かに溶けて消えた。
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