完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
210 / 221
蠱惑の魔剣

白銀の誓い

しおりを挟む
サン=マリエル公国でのローカンの結婚式に立ち会い、その後はすぐ聖王国へ向かう――
本来の予定は、たったそれだけのはずだった。
しかし、公国へ戻ったローカンがもたらした報せは、予想外のものだった。

「大変だ! 帰ってきたら、周囲に魔物が出てるって苦情が出ていてな!」
 額に汗を浮かべ、全身に残る小さな切り傷を気にする余裕もなく、彼はグラシアスたちに言った。
 街道周辺では、久しく見なかった魔物が再び現れ始めていた。

 聖女の征伐以来消えていた魔物が、何事もなかったかのように少しずつ戻ってきたのだ。
 城に戻るや否や、貴族たちは怒号をあげながら押しかけた。

「貴族にしてやったというのに、この様はなんだ!」
「我々は高い給料を払っているんだぞ!」
「うちの者が怪我をしたら、お前に責任が取れるのか!」
「街道が危険では、うちの商売にも支障が出る!」

 中には、ローカンの兄弟まで混ざっていた。
「ローカン……期待していたのに、失望したよ」
 その一言は、他の罵声よりも胸に深く刺さった。兄弟だからこそ、痛みはより強く響く。

サン=マリエルの周囲は森に囲まれ、その奥には魔物の森が広がる。
魔物が街道に現れることは、本来なら日常茶飯事だった。

「昔はな、自分たちで退治してたし、腕の立つ冒険者も多かったんだが……」
聖女の征伐で魔物が一時的に減った結果、仕事の無くなった冒険者は公国を去り、残った冒険者はほぼ初心者のみになった。

魔物退治はローカン一人に押し付けられる形となった。
グラシアス一行が到着したとき、ローカンは疲労困憊で、目は赤く、髪は乱れていた。
戦場での緊張感と、限界まで戦った疲労がにじみ出ている。

「すまない……まだ魔物退治が終わらない。ひょっとすると……結婚式も……延期するかもしれない」
ヒカリの表情が曇った。
それを見た瞬間、ローカンは胸を締め付けられる。
自分が守りたい人の笑顔を、自分が曇らせている。
その現実が何より辛かった。

その時、ノルドが静かに一歩前に出た。
「中止しなくて大丈夫です。魔物は、僕たちが全部片付けます」
その声は、周囲の重苦しい空気を一瞬で切り裂いた。

「だが……俺の仕事だ!」
「冒険者ギルドに依頼が出ているのですよね。じゃあ私たちが受けます」
「それでも……ノルドたちだけでは……」ローカンは難色を示した。

 変わったな。ノルドは感じて微笑んだ。
 昔の彼ならば、「じゃあ、ノルド宜しく!」で済ませてた。
 ノルドは首を振る。

「ヴァルの察知能力があります。難しくありませんよ」
 ヒカリが口元に手を当て、涙ぐんだように言った。
「ノルドさん……でも、本当に……」
 彼女も、ローカンとともに魔物討伐に同行しているのだろう。彼女にも、全身が傷つき、疲れが見えている。後ろに控えているロッカ隊の連中もだ。

「大丈夫です。あなたたちの晴れの日ですから。ローカンさんたちには、今日と明日は戦いから離れてほしいんです」
「ありがとう、ノルド」
 肩の重荷がふっと消え、ローカンは小さく、深くうなずいた。


「殆ど何も出来てなくて……」
「わかりました。そう言うことなら、私たちも手伝いますよ!」
グラシアスは結婚式の準備に取り掛かる。普段は渋い顔をしている教会も公国も、式前日にもかかわらず施設の貸出を許可した。

「まったく、相手を見やがって!」
ローカンは、内心腹を立てていた。
「お金次第ですよ。資金は、ガレアが出しますよ。シシルナ島を救った報酬がまだ払われてませんから!」

聖女に連なる聖王国の大商人の力が、結婚式を後押しする。
「みんなも手伝ってくれますよ!」
料理はノゾミたちが担当し、ヒカリさんの準備はシルヴィアたちが、会場の設営はロッカたちが進めることになった。

ノゾミたちは侯城にある大きな厨房を借り、ネラが運んできた大量の肉や野菜を調理に取り掛かる。雇った地元の料理人たちは、ノゾミの神技に驚きながら指示に従い、手伝った。

「サン=マリエルの食材は新鮮なものばかりです。せっかくですから、一番美味しく仕上げましょう」
香りは城の外まで漂い、民衆の鼻をくすぐった。

一方、シルヴィアたちはヒカリの担当だ。ローカンの家で衣装を整え、細かく調整していく。
「こんなに綺麗なの……私、着ていいんでしょうか……?」
「あなた以外に誰が着るのよ。これはセラ様からのプレゼントなのよ」

「ほら、じっとしてて、サイズ直しの途中よ」
シルヴィアが衣装のピン留めを終えると、リーヴァがヒカリをベッドに寝かせ、ノルドからもらったポーションを飲ませ、化粧水とクリームを全身にくまなくつける。

「脱いでいいわよ、横になって」
「ほら、傷も消えたし、肌も綺麗よ。いい匂い。さすがノルドの薬」
「可愛い妹分のヒカリに少しでも美しくいてほしいから」

彼女たちが微笑むと、ヒカリの頬は自然と赤く染まる。
「ありがとう、シルヴィア姉ちゃん、リーヴァ姉ちゃん」
「大丈夫よ、私たちにも野望があるもの。この服を借りることよ!」
三人は声をあげて笑った。

ロッカたちは会場の設営を担当。
グラシアスが雇った職人とともに、木材を組み立て、飾りを次々と立て、何もない広場が徐々に「祝いの場」へと変わっていった。


夜、ローカンとヒカリは静かな教会前に立った。
雪が舞い、地面に静かに積もる。
街灯に反射した雪が二人を淡く映す。

「ヒカリ……本当にすまない。魔物退治から解放されなくて……」
彼はうつむき、震える声で言葉を探す。ヒカリはそっと手を握る。

「ローカンは、いつも私たちのために戦ってくれます。魔物から守ってくれて、誰より優しい。そんなあなたを、私は好きになったんです」
ローカンの目が揺れ、胸が熱くなる。

「私、明日、笑って誓います。ローカンの隣に立てること、誇りに思っていますから」
雪が静かに積もる音だけが響き、一瞬時が静止したようだった。


ノルドたちは雪の舞う薄暗い森。その深部にいた。
「右前方に五体。その奥にも群れがいるわ」ビュアンが報告する。
「全部片付ける!」

リコとヴァルが駆け出す。雪を蹴る足音が森に反響する。
 魔物に襲いかかる。
ビュアンの雪風が敵の目を欺き有利に戦いを進める。

斬撃、咆哮と爪、投擲のナイフ
深夜、最後の魔物が地に倒れた。
「……これで、明日は誰もローカンさんを呼び出さないよな」

ノルドたちは白い息を吐き、夜空に広がる雪雲を見上げた。


翌朝。世界は一変していた。
雪は夜中に静かに降り続け、山々は白い傘を広げたように見える。

だが、朝には雪が止み、山頂が朝日を受け淡く輝き、教会に差し込む雪明かりがヒカリのドレスを照らす。
 参列者の息がのみ、視線が集中する。参列者も、当初の予定と違い、殆どの貴族や権利者が出席している。

「あの衣装は?」
「何でも、聖女様の服を作った方の服らしい」
「いくらするんだ? 検討もつかないな。だが、村娘がごときが……」

 ヒカリは真っ赤になり、視線を逸らす。
「綺麗だな、ヒカリ。お前が着るからこそ、この服は輝く」
 ローカンは見つめ、言葉を吐いた。
 その言葉は、彼の考えていたより大きな声だったようだ。

 グラシアスたちも、ロッカたちも静かに頷き、ヒカリの父は涙を流した。
 二人は恥ずかしそうに、しかし確かに誓いの言葉を交わす。
 鐘が鳴り、公国中に響き渡った。

 教会を出ると民衆が広場に集まっていた。ロッカたちが除雪いて、雪だるまにしていた。
「ローカン様、おめでとう!」
「ヒカリ、綺麗だよ!」
 広場では宴会が始まり、踊りと音楽が響く。

ノゾミたちの料理は大絶賛で、子どもたちすら皿を抱えて離さない。
「こんなに美味しいもの、初めて食べた!」

 何もない田舎。そこに暮らす人々。
 ローカンはヒカリの手を握り、心から思った。
――今日という日を迎えられたのは、自分一人ではない。白銀の公国で、二人はともに歩み始める。

「あれ、ヴァル君は?」
 男性陣と話をしていて、ふと気がつく。
「雪が楽しくて、森を駆けていますよ!」

 それが違うことは今ではわかる。見張りをしてくれているのだ。
「ヴァル君には、美味しい骨付き肉を残しておかないとね」

「そうですね」ノルドは微笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...