完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
123 / 221
蠱惑の魔剣

雷鳴と微風

しおりを挟む
 次の瞬間、机が雷鳴のような音を立てて叩きつけられた。

「当然だろうがッ! そんな奴、殴り殺されたって文句は言えんわッ!」

 怒声が会議室を揺らした。場にいた全員が凍りつく中、島主の目だけが爛々と燃えていた。

「俺は……セラさんに……手紙で我慢してるんだぞ……!」

 叫びではなかった。噛みしめるような、絞り出すような声だった。
「それを、あいつは――直接会いに行って、挙げ句に侮辱だと……このッ!」

 島主の怒りに空気が震える。警備長が思わず椅子から腰を浮かせ、刑務所長の手が膝の上で微かに震えた。

「監察室長! サガンの給料は半年間、半額にしろ! 一銭残らずノルド君への慰謝料に回すんだ! そもそも、サナトリウムはお前らが勝手に踏み入っていい場所なのか⁉︎ この島の恥を晒しおって、いい加減にしろッ!」

「は、はい……!」監察室長は顔を引きつらせながらも頷いた。だが、どこか戸惑いの色を滲ませている。

「……何だ? まだ何か言いたそうだな。まさか――部下を庇うつもりじゃあるまいな? これは不法捜査だぞ。サナトリウムのサルサ様に、どう釈明するつもりだ?」

「い、いえっ! 決してそのようなつもりでは……サガンの行為は、明確に逸脱しております。行き過ぎた監察行為、心よりお詫び申し上げます!」

「当然だ!」島主は一喝した。今にも椅子を蹴って立ち上がりそうな勢いだった。

「刑務所長! なぜこんなことになっている! ノルド君を今すぐ釈放しろ‼︎ 俺を恥知らずにするつもりか、貴様らはッ!」

「す、すみません! 直ちに手配いたします!」刑務所長の声は裏返っていた。

「当然だ! 全員だ! お前たち全員、ノルド君のもとへ行って、土下座して謝ってこい! 一人残らずだ!」

 その一言に、場は凍りついた。誰もが、島主の怒りの深さを思い知った。彼はただ怒っているのではなかった。彼自身、大切なものを踏みにじられ、震えていたのだ。
 ノルドは、島主の命によってすぐに釈放されることとなった。島主直々の命令とあって、煩雑な手続きはすべて後回しにされた。

 その後、ドラガンや各所長は、新任の警備長が手にした事実に触れて、ようやく理解した。
「ニコラ様や聖女様に認められた名のある薬師だったとは……あんな者が、金に執着するはずがない」
「セラ親子……あの、数年前のシシルナ島の強盗団事件を解決したのが、彼らだったそうだ」

 ドラガンは、かつて島主とともに強盗団の検死に立ち会った日のことを思い出していた。

「あれが……ノルドの母親の剣か。サガンがあそこでノルドの悪口を言わなくて、本当によかったな」

 思わず苦笑が漏れた。
 謝罪のため彼らがノルドのもとへ向かうと、小さな小狼がくすくすと笑うように、彼らの背後を楽しげについてきていた。


 冷たい監獄棟の中。重く閉ざされた扉が、ギィィ……とゆっくり開いた。

「ノルド!」

 馴染みのある声に、ノルドは顔を上げた。入口に立っていたのはドラガンだった。

「出てこい。すぐにだ。島主様からの正式な命令だ」

「……え?」
 言葉の意味をすぐには理解できず、ノルドは固まった。

「釈放だ。今すぐに」

 信じられないという顔のまま、ノルドは立ち上がる。重い体を引きずるように、扉の向こうへと歩み出た。

「おいおい……マジかよ……」 

 近くの房にいた荷運び人たちがざわめく。だがノルドは振り返らなかった。ただ、まっすぐ前を見据えて歩いた。

 廊下の先には、島庁舎から駆けつけた数人の役人たちが整列していた。刑務所長、警備長、そして監察室長の姿もある。

 彼らは皆、無言だった。
 だが、ノルドが数歩進んだ瞬間、刑務所長が前に出て、深々と頭を下げた。

「ノルド君……このたびは、我々の不手際により、君に不当な拘留と苦痛を与えてしまった。本当に申し訳なかった」

 続いて、新任の警備長も頭を下げた。
「すまなかった。無知ゆえ、君のことを誤解していた。過去の功績も、君の母君のことも……私たちが知らなかっただけだ」

 監察室長も、わずかに顔を歪めながら、なんとか頭を下げた。
「私の部下が……セラさんに対して、言ってはならぬことを口にした。……すべて、私の責任だ」

 ノルドは目を見開いたまま、ただ立ち尽くした。こんな光景を、彼は一度たりとも想像したことがなかった。だが、胸の奥に張り詰めていた何かが、静かにほどけていくのを感じていた。

「……島主様が?」

「シシルナ島として、正式に謝罪している。サガンには処罰が下った。……君は、怒っていいことだったんだ」

 ドラガンの声には、どこか誇らしげな響きがあった。

 ノルドは、小さく息を吐き、そして頷いた。すると、その足元に小さな影が飛び込んできた。
「ヴァル……!」

 小狼が喉を鳴らしながら、嬉しそうにしっぽを振っていた。ノルドはその頭をそっと撫でる。 

 ドラガンが微笑んだ。

「さあ、外へ出よう。君の居場所は、こんなところじゃない」



 翌日、サガンの姿は監察局から消えていた。

 理由は簡単だった。昨夜、自宅で階段から足を滑らせて大怪我を負い、さらに水道が突然破裂して、家中が水浸しになっていたのだ。

「ノルドが自由になったから、これで済ませてやるわ」

 それは、妖精ビュアンの“本気にならなかった”いたずらだった。おかげでサガンは、かろうじて九死に一生を得たのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...