誘惑の茶室〜箱入り息子は異国の男に恋をする〜

メカラウロ子

文字の大きさ
1 / 18

ep.1

しおりを挟む
一ノ瀬夏樹には忘れられない人がいる。

世紀の色男と呼ばれていた従兄弟が可愛い可愛い年下男に骨抜きにされているものだから、しまい込んでいた記憶を呼び起こした。

2人をみていてちょっとだけ羨ましくて、寂しいなって思っただけ。

夏樹は"彼"と共に過ごした4年前のあの日々を思い出していた。



「はぁ?ダブルブッキングとかあり得ないんだけど!」

4年前、夏樹はイギリスへ留学していた。

異文化交流とは聞こえがいいが大学在学中に遊んでおきたかっただけってのが本音だ。

親の英才教育の賜物で英語は話せるから1年間なんて余裕に過ごせるはず。

やったぜ!親の目を離れ遊び放題!!なんてワクワクしていたのは最初の空港まで。

そこそこグレードの良いホテルのはずなのに部屋は埃っぽくてカビ臭いし、シャワーが弱くて水になったり熱湯になったり…

フロントに行って見に来てもらっても肩をすくめやれやれ、みたいなポーズをされる。

味気なく塩気の強い食事は3日もすれば充分で、日本食レストランを探せばエセジャパニーズフードしか売っていない。

そして10月なのに普通に寒い。

常に空はどんよりと曇り、石畳は湿っており、坂道だからすぐに足がくたびれてしまう。

これから冬にかけてさらに寒く、常に曇り空っていうじゃないか。

コンクリートジャングルが恋しい。少なくとも道はこんなにガタガタしていない。

ようやくカビ臭いホテルともおさらばだと喜んでいた矢先でこれだ。

僕はホームステイなんてとてもじゃないけど無理だから、家を借りる予定だった。

イギリスで一人暮らしなんて一般大学生には夢のまた夢な話だが、留学生同士の事件なんかもある訳で親からしたら一人暮らしは大賛成。

金に物を言わせる実家には感謝だ。

元々日本人が住んでいた、大改造した物件でシャワーも風呂も完備、暖房設備も充実。

壁は若干薄いけど閑静な住宅街で気にならない。

海外では家具家電が備え付けの場合が多いのだが、綺麗に使用されていたおかげで新品同様だ。

風呂桶でゼリーを作ったり、泥だらけの靴のまま洗濯機にかけたという心配をしなくて済む。

もちろん、他の物件よりは高いけど実家が太い僕には問題ない。

即決で契約し、デポジットを払っておいた。



「オーナーの知り合いのお子さんが急遽そこに住む事になったみたいね」

エージェントがカタカタとPCを叩き、感情のない喋り方で応えた。

「そんな事言われても困る。僕はデポジットを払っているんだ」

「デポジットは返すし、他の部屋を紹介するわ。部屋は小さいけどダウンタウンに近くて安い物件が空いてるわよ?私はこっちの方がおすすめだけど」

冗談じゃない。例えダウンタウンに近かろうが安かろうが1年もボロ屋に住めるか!

「今、その部屋にその知り合いの子ってのは住んでいるのか?」

「えぇ…もう住んでいるみたいね」

夏樹はそっけない態度でその場を後にした。

ふざけんな!1ヵ月もホテル暮らしに耐えたんだ、今更他の部屋になんか住めるか!!

いつもなら冷静沈着な夏樹も、慣れない環境とストレスで正常な判断ができなくなっていた。

ドンドンドン!

呼び鈴を押しても鳴らないのでドアを叩く。

「居るんだろ!?開けろ!!」

後になって冷静に考えるとこんな怪しいやつ通報されてもおかしくなかったのだが…少し待って、家のドアが開いた。

「……どちら様?」

警戒を露わにし現れたその男は黒髪で、ハッキリとした眉に彫りの深い顔立ちではあるがアジア人の血も感じる。

夏樹よりも5~6歳くらい年上のように見え、どこかミステリアスな雰囲気があった。

「この家を先に契約していたのは僕だぞ!」

「……君、日本人?」

「えっ…?」

突然発せられた異国での日本語に面食らった。

「服装と、イントネーションで分かる。あと立ち振る舞い」

今の僕のどの辺りに日本人要素があるというのだろうか。

「そこ。ずっと居られても困るから中に入って」

彼は夏樹を中へ招いた。

「あ、あぁ…」

夏樹は毒気が抜けて冷静になった。

自分が住むはずだったリビングに案内され、やはりここがいいという思いを強くする。

「はい、紅茶」

ずいっと大きめのマグに入った紅茶を差し出される。

「これ飲んだら出て行けとは言わないだろうな?」

「状況によるかな?君は何しに来たの?」

夏樹は自身が留学生であり、この賃貸を契約していた事を話した。


「うーん…こっちではよくある話だけど、日本ではない事だからびっくりしたよね。でも新しい所も紹介してくれるんじゃないの?」

「他の物件に住む気はないぞ。風呂周りがしっかりしている所なんて他に無いんだから」

そもそも滞在期間1年程度の留学生に貸してくれるオーナーは最近ではめっぽう減ってきているそうだ。

「僕はホームステイなんて嫌だ。だから賃貸を探したのに」

それに男性がホームステイ先を見つけるのは女性より圧倒的に難しい。

男は手を口元に当てながら何か考えていたようだった。

「…シェアでいいなら住む?」

「それは…君とって事?」

「うん、俺もこの家を出て行く訳にはいかないし、元々ファミリー向けで広いから部屋は余ってるよ。君は見たところ育ちが良さそうだし、この家を借りるお金が出せるくらいお金持ちみたいだから物が盗まれる心配も無さそうだし」

「いいのか?そんなに簡単に見ず知らずの人間と住むなんて」

「こっちでシェアは普通の事だし…君が嫌ならいいけど…」

知らない人間と住むのは気が引けるけど、この家以上に好条件な場所はない。

「分かった。僕、夏樹。よろしくお願いします」

「俺はアダム。早速だけど、オーナーのおばさんには言っておくね。後で条件の確認をしよう」

その後はとんとん拍子に進んで行った。

賃料や光熱費は折半。

部屋も二つに分かれていて、キッチンと風呂は共同。

風呂に入る時はお互い声をかける。

食事やゴミは自分で、日用品も買えそうなものは自分で用意する。

ルールはそれだけだ。あとはお互い自由。

淡白で干渉しないこの関係に、この土地へ来て初めて居心地良さを感じた。

アダムは絵画修復師を目指しているらしく、時折何やら大量の道具を持ち運びはしているが、それ以外は寡黙な男だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

声なき王子は素性不明の猟師に恋をする

石月煤子
BL
第一王子である腹違いの兄から命を狙われた、妾の子である庶子のロスティア。 毒薬によって声を失った彼は城から逃げ延び、雪原に倒れていたところを、猟師と狼によって助けられた。 「王冠はあんたに相応しい。王子」 貴方のそばで生きられたら。 それ以上の幸福なんて、きっと、ない。

脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ
BL
 アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。 ━━━━━━━━━━━ 現役人気アイドル×脱落モブ男 表紙はくま様からお借りしました https://www.pixiv.net/artworks/84182395

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

処理中です...