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ep.1
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一ノ瀬夏樹には忘れられない人がいる。
世紀の色男と呼ばれていた従兄弟が可愛い可愛い年下男に骨抜きにされているものだから、しまい込んでいた記憶を呼び起こした。
2人をみていてちょっとだけ羨ましくて、寂しいなって思っただけ。
夏樹は"彼"と共に過ごした4年前のあの日々を思い出していた。
「はぁ?ダブルブッキングとかあり得ないんだけど!」
4年前、夏樹はイギリスへ留学していた。
異文化交流とは聞こえがいいが大学在学中に遊んでおきたかっただけってのが本音だ。
親の英才教育の賜物で英語は話せるから1年間なんて余裕に過ごせるはず。
やったぜ!親の目を離れ遊び放題!!なんてワクワクしていたのは最初の空港まで。
そこそこグレードの良いホテルのはずなのに部屋は埃っぽくてカビ臭いし、シャワーが弱くて水になったり熱湯になったり…
フロントに行って見に来てもらっても肩をすくめやれやれ、みたいなポーズをされる。
味気なく塩気の強い食事は3日もすれば充分で、日本食レストランを探せばエセジャパニーズフードしか売っていない。
そして10月なのに普通に寒い。
常に空はどんよりと曇り、石畳は湿っており、坂道だからすぐに足がくたびれてしまう。
これから冬にかけてさらに寒く、常に曇り空っていうじゃないか。
コンクリートジャングルが恋しい。少なくとも道はこんなにガタガタしていない。
ようやくカビ臭いホテルともおさらばだと喜んでいた矢先でこれだ。
僕はホームステイなんてとてもじゃないけど無理だから、家を借りる予定だった。
イギリスで一人暮らしなんて一般大学生には夢のまた夢な話だが、留学生同士の事件なんかもある訳で親からしたら一人暮らしは大賛成。
金に物を言わせる実家には感謝だ。
元々日本人が住んでいた、大改造した物件でシャワーも風呂も完備、暖房設備も充実。
壁は若干薄いけど閑静な住宅街で気にならない。
海外では家具家電が備え付けの場合が多いのだが、綺麗に使用されていたおかげで新品同様だ。
風呂桶でゼリーを作ったり、泥だらけの靴のまま洗濯機にかけたという心配をしなくて済む。
もちろん、他の物件よりは高いけど実家が太い僕には問題ない。
即決で契約し、デポジットを払っておいた。
「オーナーの知り合いのお子さんが急遽そこに住む事になったみたいね」
エージェントがカタカタとPCを叩き、感情のない喋り方で応えた。
「そんな事言われても困る。僕はデポジットを払っているんだ」
「デポジットは返すし、他の部屋を紹介するわ。部屋は小さいけどダウンタウンに近くて安い物件が空いてるわよ?私はこっちの方がおすすめだけど」
冗談じゃない。例えダウンタウンに近かろうが安かろうが1年もボロ屋に住めるか!
「今、その部屋にその知り合いの子ってのは住んでいるのか?」
「えぇ…もう住んでいるみたいね」
夏樹はそっけない態度でその場を後にした。
ふざけんな!1ヵ月もホテル暮らしに耐えたんだ、今更他の部屋になんか住めるか!!
いつもなら冷静沈着な夏樹も、慣れない環境とストレスで正常な判断ができなくなっていた。
ドンドンドン!
呼び鈴を押しても鳴らないのでドアを叩く。
「居るんだろ!?開けろ!!」
後になって冷静に考えるとこんな怪しいやつ通報されてもおかしくなかったのだが…少し待って、家のドアが開いた。
「……どちら様?」
警戒を露わにし現れたその男は黒髪で、ハッキリとした眉に彫りの深い顔立ちではあるがアジア人の血も感じる。
夏樹よりも5~6歳くらい年上のように見え、どこかミステリアスな雰囲気があった。
「この家を先に契約していたのは僕だぞ!」
「……君、日本人?」
「えっ…?」
突然発せられた異国での日本語に面食らった。
「服装と、イントネーションで分かる。あと立ち振る舞い」
今の僕のどの辺りに日本人要素があるというのだろうか。
「そこ。ずっと居られても困るから中に入って」
彼は夏樹を中へ招いた。
「あ、あぁ…」
夏樹は毒気が抜けて冷静になった。
自分が住むはずだったリビングに案内され、やはりここがいいという思いを強くする。
「はい、紅茶」
ずいっと大きめのマグに入った紅茶を差し出される。
「これ飲んだら出て行けとは言わないだろうな?」
「状況によるかな?君は何しに来たの?」
夏樹は自身が留学生であり、この賃貸を契約していた事を話した。
「うーん…こっちではよくある話だけど、日本ではない事だからびっくりしたよね。でも新しい所も紹介してくれるんじゃないの?」
「他の物件に住む気はないぞ。風呂周りがしっかりしている所なんて他に無いんだから」
そもそも滞在期間1年程度の留学生に貸してくれるオーナーは最近ではめっぽう減ってきているそうだ。
「僕はホームステイなんて嫌だ。だから賃貸を探したのに」
それに男性がホームステイ先を見つけるのは女性より圧倒的に難しい。
男は手を口元に当てながら何か考えていたようだった。
「…シェアでいいなら住む?」
「それは…君とって事?」
「うん、俺もこの家を出て行く訳にはいかないし、元々ファミリー向けで広いから部屋は余ってるよ。君は見たところ育ちが良さそうだし、この家を借りるお金が出せるくらいお金持ちみたいだから物が盗まれる心配も無さそうだし」
「いいのか?そんなに簡単に見ず知らずの人間と住むなんて」
「こっちでシェアは普通の事だし…君が嫌ならいいけど…」
知らない人間と住むのは気が引けるけど、この家以上に好条件な場所はない。
「分かった。僕、夏樹。よろしくお願いします」
「俺はアダム。早速だけど、オーナーのおばさんには言っておくね。後で条件の確認をしよう」
その後はとんとん拍子に進んで行った。
賃料や光熱費は折半。
部屋も二つに分かれていて、キッチンと風呂は共同。
風呂に入る時はお互い声をかける。
食事やゴミは自分で、日用品も買えそうなものは自分で用意する。
ルールはそれだけだ。あとはお互い自由。
淡白で干渉しないこの関係に、この土地へ来て初めて居心地良さを感じた。
アダムは絵画修復師を目指しているらしく、時折何やら大量の道具を持ち運びはしているが、それ以外は寡黙な男だった。
世紀の色男と呼ばれていた従兄弟が可愛い可愛い年下男に骨抜きにされているものだから、しまい込んでいた記憶を呼び起こした。
2人をみていてちょっとだけ羨ましくて、寂しいなって思っただけ。
夏樹は"彼"と共に過ごした4年前のあの日々を思い出していた。
「はぁ?ダブルブッキングとかあり得ないんだけど!」
4年前、夏樹はイギリスへ留学していた。
異文化交流とは聞こえがいいが大学在学中に遊んでおきたかっただけってのが本音だ。
親の英才教育の賜物で英語は話せるから1年間なんて余裕に過ごせるはず。
やったぜ!親の目を離れ遊び放題!!なんてワクワクしていたのは最初の空港まで。
そこそこグレードの良いホテルのはずなのに部屋は埃っぽくてカビ臭いし、シャワーが弱くて水になったり熱湯になったり…
フロントに行って見に来てもらっても肩をすくめやれやれ、みたいなポーズをされる。
味気なく塩気の強い食事は3日もすれば充分で、日本食レストランを探せばエセジャパニーズフードしか売っていない。
そして10月なのに普通に寒い。
常に空はどんよりと曇り、石畳は湿っており、坂道だからすぐに足がくたびれてしまう。
これから冬にかけてさらに寒く、常に曇り空っていうじゃないか。
コンクリートジャングルが恋しい。少なくとも道はこんなにガタガタしていない。
ようやくカビ臭いホテルともおさらばだと喜んでいた矢先でこれだ。
僕はホームステイなんてとてもじゃないけど無理だから、家を借りる予定だった。
イギリスで一人暮らしなんて一般大学生には夢のまた夢な話だが、留学生同士の事件なんかもある訳で親からしたら一人暮らしは大賛成。
金に物を言わせる実家には感謝だ。
元々日本人が住んでいた、大改造した物件でシャワーも風呂も完備、暖房設備も充実。
壁は若干薄いけど閑静な住宅街で気にならない。
海外では家具家電が備え付けの場合が多いのだが、綺麗に使用されていたおかげで新品同様だ。
風呂桶でゼリーを作ったり、泥だらけの靴のまま洗濯機にかけたという心配をしなくて済む。
もちろん、他の物件よりは高いけど実家が太い僕には問題ない。
即決で契約し、デポジットを払っておいた。
「オーナーの知り合いのお子さんが急遽そこに住む事になったみたいね」
エージェントがカタカタとPCを叩き、感情のない喋り方で応えた。
「そんな事言われても困る。僕はデポジットを払っているんだ」
「デポジットは返すし、他の部屋を紹介するわ。部屋は小さいけどダウンタウンに近くて安い物件が空いてるわよ?私はこっちの方がおすすめだけど」
冗談じゃない。例えダウンタウンに近かろうが安かろうが1年もボロ屋に住めるか!
「今、その部屋にその知り合いの子ってのは住んでいるのか?」
「えぇ…もう住んでいるみたいね」
夏樹はそっけない態度でその場を後にした。
ふざけんな!1ヵ月もホテル暮らしに耐えたんだ、今更他の部屋になんか住めるか!!
いつもなら冷静沈着な夏樹も、慣れない環境とストレスで正常な判断ができなくなっていた。
ドンドンドン!
呼び鈴を押しても鳴らないのでドアを叩く。
「居るんだろ!?開けろ!!」
後になって冷静に考えるとこんな怪しいやつ通報されてもおかしくなかったのだが…少し待って、家のドアが開いた。
「……どちら様?」
警戒を露わにし現れたその男は黒髪で、ハッキリとした眉に彫りの深い顔立ちではあるがアジア人の血も感じる。
夏樹よりも5~6歳くらい年上のように見え、どこかミステリアスな雰囲気があった。
「この家を先に契約していたのは僕だぞ!」
「……君、日本人?」
「えっ…?」
突然発せられた異国での日本語に面食らった。
「服装と、イントネーションで分かる。あと立ち振る舞い」
今の僕のどの辺りに日本人要素があるというのだろうか。
「そこ。ずっと居られても困るから中に入って」
彼は夏樹を中へ招いた。
「あ、あぁ…」
夏樹は毒気が抜けて冷静になった。
自分が住むはずだったリビングに案内され、やはりここがいいという思いを強くする。
「はい、紅茶」
ずいっと大きめのマグに入った紅茶を差し出される。
「これ飲んだら出て行けとは言わないだろうな?」
「状況によるかな?君は何しに来たの?」
夏樹は自身が留学生であり、この賃貸を契約していた事を話した。
「うーん…こっちではよくある話だけど、日本ではない事だからびっくりしたよね。でも新しい所も紹介してくれるんじゃないの?」
「他の物件に住む気はないぞ。風呂周りがしっかりしている所なんて他に無いんだから」
そもそも滞在期間1年程度の留学生に貸してくれるオーナーは最近ではめっぽう減ってきているそうだ。
「僕はホームステイなんて嫌だ。だから賃貸を探したのに」
それに男性がホームステイ先を見つけるのは女性より圧倒的に難しい。
男は手を口元に当てながら何か考えていたようだった。
「…シェアでいいなら住む?」
「それは…君とって事?」
「うん、俺もこの家を出て行く訳にはいかないし、元々ファミリー向けで広いから部屋は余ってるよ。君は見たところ育ちが良さそうだし、この家を借りるお金が出せるくらいお金持ちみたいだから物が盗まれる心配も無さそうだし」
「いいのか?そんなに簡単に見ず知らずの人間と住むなんて」
「こっちでシェアは普通の事だし…君が嫌ならいいけど…」
知らない人間と住むのは気が引けるけど、この家以上に好条件な場所はない。
「分かった。僕、夏樹。よろしくお願いします」
「俺はアダム。早速だけど、オーナーのおばさんには言っておくね。後で条件の確認をしよう」
その後はとんとん拍子に進んで行った。
賃料や光熱費は折半。
部屋も二つに分かれていて、キッチンと風呂は共同。
風呂に入る時はお互い声をかける。
食事やゴミは自分で、日用品も買えそうなものは自分で用意する。
ルールはそれだけだ。あとはお互い自由。
淡白で干渉しないこの関係に、この土地へ来て初めて居心地良さを感じた。
アダムは絵画修復師を目指しているらしく、時折何やら大量の道具を持ち運びはしているが、それ以外は寡黙な男だった。
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