誘惑の茶室〜箱入り息子は異国の男に恋をする〜

メカラウロ子

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ep.11

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風邪を引いてしまった。

昨日と一昨日はオンラインで何とか授業を受け、日本でいう所の市販と同じ成分の薬を探すが量が倍くらいだったので半分にして飲んだ。

後はシュワシュワの美味しくないビタミンCの粉末を飲んで乗り切った。

しかし今日になって熱が上がり、身体の節々が痛み、寒気もする。

イギリスに来てからの疲労やストレスが、今になって一気に来たのではないだろうか。

精神的に落ち着いていても、体調不良はちょっと遅れてやってくる。

僕の持論だが、長期留学生は大体3~6ヶ月の間に風邪を引いたり熱を出したりしている気がする。

これも持論だが、人間の細胞が入れ替わるのが大体3ヶ月程度というじゃないか。

だから全ての細胞がイギリス仕様に入れ替わり、体調を崩したのではないだろうか。


「ビタミンDが足りてないんだ!」

出たなビタミンD。

学校から帰ってくるなりビタミンの重要性について語り出すアダム。

驚くべき事に、緯度が高い地域に住んでいる人々は揃ってビタミンDについてだけは何故かまるでWikipediaをそのまま丸暗記したような事を言い出す。

ついさっきも大学の先生からビタミンDについて語られた所だったのだ。

クラスメイトからはクリスマスパーティーまでには治るといいね。とメッセージが来ていた。

学校でクリスマスイベントがあるらしい。



「イギリスって、まさか風邪の時シェイクやコーラ飲んだりリンゴ食べたら治るって言わないよね?」

日本では首にネギを巻くなどの民間療法があるけれど、イギリスだとどうするんだろう。

信じられない話だが、大学の友人がかつてアメリカに留学した時に風邪を引いた。

風邪程度でアメリカ人は病院なんかに行かないし、市販の薬飲んで寝てろと吐き捨てるように言われたらしい。

その時のアドバイスがシェイクを飲めばいい。だったそうだ。

ひんやりして気持ちいいし、乳化した成分と糖分が喉の炎症を緩和させるとかなんとか。

「えっ、何それ気持ち悪い」

だよね、良かった。スコーン食えば治るとか言い出さなくて!

「紅茶に蜂蜜にブランデー入れて飲む…とか?でも薬飲んで寝るのが一番だと思うよ」

「でも、やっぱり紅茶なんだね」


風邪をひくと不安になるのは何故だろう。

だけど何も知らない異国の土地で、心配して側にいてくれる人がいるだけでこんなに安心できる。

そう思っているとアダムが部屋を出て行こうと立ち上がった。

「あっ…行かないで。側に居て…」

思わず夏樹は力なくアダムの手を掴んだ。

「や、やっぱいい。風邪うつすといけないし」

アダムは少し驚いたような顔をして、微笑みかけてきた。

「紅茶淹れてくる。蜂蜜たくさん入ってるやつ」

そう言って頭を優しく撫でてから頭頂部に軽くキスをして去っていった。

アダムの行動にちょっと面食らってしまい、頭をさすりながら呟いた。

「でも、やっぱり紅茶なんだ…」



アダムに暖かくて甘い紅茶を貰い、ホッと一息ついた。

「ねぇ、何か話してよ」

「ははっ、子供みたい」

子供扱いされて頭を撫でられる。

「イギリス人の鉄板ネタ聞きたい」

「鉄板?そういうのは夏樹の方が得意だから、元気になってからお任せするとして…」

「おい」

「俺が日本語を頑張ろうって思った理由」

「子供の頃から勉強してたんじゃないの?」

「確かに子供の頃から勉強していたから吸収は早いと思う。だけどある程度のレベルに来たら難しくて続けられなくなって振り落とされる子も出てくる。夏樹にも経験ない?」

「うーん…どうだったかな」

「それはきっと夏樹が賢い子だったからだよ。ある程度まで来ると賢い子か、何か理由がある…例えばアニメが見たい、日本語で漫画を読めるようになりたい、ゲームがしたい。そんな子しか残らなくなる」

理由である商業の方向性が似通りすぎているのが気になるが思い出してみれば他の習い事なんかも小学校3~4年生まで、長くても中学くらいには脱落していく子が多かった気がする。

「俺は最初、親が日本語学校の先生だから嫌々続けてた。だけどある映画を見て考えが変わった」

「映画?」

「それは時代劇でね、お婆ちゃんが日本からのプレゼントに入れたんだって。お年寄りに人気な俳優さんとかで。でも俺は映画の情景や衣装に感動した」

「主人公の奥さんが、何も言わずに戦に出て行く夫を泣いて見送ってるんだ。どうして抱き合って別れを惜しまないのか分からなくて、日本の侘び寂びを勉強した。未だに理解できているかは分からないけど」

「刺青のデッサンもしたりして、家族に褒められたんだ。今思えばそれが絵を描く理由かもしれない。俺も同じ刺青入れるって言ったら怒られたけど」

「温泉…入れないからな…」

眠気が襲ってきた。

「温泉入ってみたいな」

アダムの声が心地良い。

「アニメや漫画も凄いと思う。キャラクターの独自性やストーリー構成は日本独自の考えでこっちにはない物だから。だけど自分が好きなものは時代劇やあの時代の日本なんだ」

「だから夏樹が着物を着たのを見て、お抹茶を飲んで、凄く感動したし嬉しかった。目の前にずっと憧れていたものが現れたんだから」

「……」

「夏樹?寝ちゃった?」

夏樹はすうすうと寝息を立てている。

「夏樹」

アダムは夏樹の額にキスを落とす。

『愛してる』

アダムはそう囁くと物音を立てないように部屋を後にした。
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