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 「スコット…今日は天気も良いし、薔薇でも見に行かない?」

 「そうだね。」



 彼がそんなことを口にしたのは、僕が着いて四日目のことだった。
 本当に手間がかかる……

彼が、相談事を話す時には、決まって動物か植物を見に行こうと言う。




 「相変わらず、見事な薔薇だね。」

それはお世辞でもなんでもない、僕の本心だ。
 子供ならきっと迷子になってしまうであろうこの広い庭の一角に、薔薇だけを育てている場所があった。
 僕の屋敷にも薔薇園はあるにはあるけれど、こことはとても比べものにはならない。
 硝子で囲まれた温室の中には、一年中、色とりどりの薔薇の花が咲き誇っている。



 「ハンスが毎日頑張ってくれてるからね。」

ハンスというのは、薔薇専門の庭師の名前だ。
なんでも、彼の父親も長年ここで薔薇専門の庭師をしていたのだという。




 「最近、体調はどうだい?
この前より、元気そうに見えるけど……」

 「……そうかな?」

アラステアは俯いて、薔薇を愛でながら、小さな声でそう呟いた。

 彼は、僕と二つ違いだが、僕よりずっと年下に見られることが多い。
 背が低く、華奢な身体付きが彼を未成熟な子供のように思わせるのだ。
じっくりと見れば、彼の灰色の瞳は実年齢よりも遥かに成熟した者のようにも感じられるのだけれど……

そう……彼は時折、すべてを悟り、諦めた老人のような目をする。
だけど、今回は少し違った。
 彼の目に、なにかいつもより明るいものが宿っている。
そうだ……彼が元気そうに思えたのはきっとそのせいなんだ。



 「なにか良いことでもあったのかい?」

 僕のその言葉に、深い意味はなかった。
ただなんとなく掛けただけの言葉だったのに、意外にも、彼は僕が予想していなかった笑みを返した。
それは、僕の今の言葉を肯定したということ。




 「え……一体、どんなことがあったんだい?
 聞かせておくれよ。」


 僕がそう言うと、アラステアは僕が初めて見るようなとても穏やかな顔で微笑んだ。




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