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何でこんなに辛いんだろ

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「あんらぁ。参謀のヤマネコまで遥々ご苦労様ぁ。お茶でも飲むん? 」

嫌味たっぷりにクジャクが私達を連れて、ディーガの前へ出る。ディーガはクジャクの事なんて目にもくれず、私の芯まで暴くかのように凝視する。

「それは俺の犬だ。躾の途中でな。こっちに引き渡してもらおうか。」

「あんらぁ。どぉしてわっちの部下を引き渡さなきゃいけないのん? ここではわっちがルールよん。」

『刑受の森』の頂点達がバチバチ火花を散らす。
その原因が私っていうのがなんとも……勘弁して欲しい。

ー 私の人生って何だろう。

冷めた目でその光景を見ているとヤマネコと呼ばれた青いアイシャドウの男が冷ややかな視線でこちらを見ている。
絶対アイツも面倒臭い奴なんだろうな。

「お前がどうこう言おうが関係ねぇ。ソイツは通過儀礼の途中だ。」

ディーガの手が私に伸びる。
ゾワリッと寒気に毛が逆立ち、剣の柄に手を添えるが……。

パシンッ

私に触れる前にディーガの太い腕が叩き落とされた。ふわりと温かな腕に抱き寄せられて、少し見上げるとリヒトが睨み付けている。

ー いや、だから護衛対象が護衛守ってどうすんだ。

「ボスに何すんだテメェッ!! 」

激昂したディーガの部下達が剣を抜き、リヒトに斬り掛かる。

ヒュンッ

炎のように揺らめく剣が肉を斬り裂く。血飛沫が舞い、ディーガの部下の手がコトンと地面に落ちた。

「ぎゃああぁああッ!! 」

刃に付いた血を払い、ディーガ達を睨む。ザワリッと自身でも毛が逆立つような殺気が己が内から溢れ出す。

「次は首を落とすぞ。」

ヒッとディーガの部下達が小さな悲鳴をあげた。それを見て、ディーガがヒュウッと口笛を吹いた。

「余計、欲しくなったぜ。…が、テメェが邪魔だな。」

リヒトとディーガが何故か睨み合う。

しかし何時の間にかにクジャクの部下が周りと取り囲み、形勢が悪くなったディーガは舌打ちして、部下達とともに帰っていく。

「ネズミ。ホント、おのれはワシ  らの邪魔をしてくれるのぉ。」

「褒め言葉と受け取っとくでい。ヤマネコ。」

去り際にニコッと二人は不自然な笑みを浮かべて笑い合う。ヤマネコは笑みを浮かべながらネズミを見えなくなるまで見つめていた。

何だろう。
薄ら寒いものを感じる。



やっとディーガ一行が見えなくなった所でふつふつと怒りが湧いてきた。感情のままにグイッ思いっきりリヒトの頰をつねりあげた。

「何考えてんだアホ!! 護衛を守る主人がこの世の何処に居る!? 」

グイグイ頰を引っ張り上げるとリヒトが私の手を掴み、その手を強く握られた。

「シュネーは同性に触られるの怖がってるでしょ!? それなのに何で無理するの!! 」

「無理? 無理なんかしてないですよ。別に触れられますよッ。斬っていいなら。…ちょっとネズミ、手を出せ。証明してやる。 」

「えっ!? 斬るって宣言しといてぇ、何でオイラが手ェ貸すと……ちょっ!! 剣の柄から手ェ離して!? 後、顔色目に見えて悪いんよ、シュネッち。」

手を出せというのにネズミがヒョイヒョイ逃げる。

クソッ!! 
そもそも盗賊討伐の任務だって私はきちんとこなしてる。

勿論盗賊は皆、男だ。
仕事なら、やらなければいけない事なら私は触れる。それを証明してやるんだこのアホに。

「シュネーはそういう所、意地張るよね。シュヴェルトが頼れって言ってたのに…。自衛だって出来てないよね。牢でエリアスに襲われてたよね!? 何で人に頼ろうとしないの? 」

「そのままそのお言葉返します。アンタだって頼ろうと思えばああなる前に頼れた筈だ。シュヴェルトだってレオノールだってあんなんでも少しでも頼ろうとすればどうにかなったんじゃないですか? 自衛が出来てない? 何度も逃げ切ってやっただろう!! あれ以上にどうすりゃあ良かったってんだ!! 」

「だからシュヴェルト達を頼れば…。」

「エリアスが身体で男堕としてる所目にして、目を付けられたから助けてくれって? 兄のフェルゼンが私を病的に愛していて、私の成長に合わして作られた何着ものウェディングドレスを部屋に持ってて無理矢理嫁にされそうだから助けてくれって? 自分のものにならないから殺すってエリアスに首を締められたから助けてくれって? 」

周りに人がいるのもここが何処かも忘れて喧嘩はヒートアップしていく。

「言える訳ないだろう。言ったら誰か助けてくれた? どうにかしてくれた?  相手は侯爵子息と実の兄。誰が二人を止められるって言うのですか? 」

「だったら僕だって…、僕だって頼った所でどうにかなったの? どんなに傷だらけになったって周囲は見ないフリするのに? 宰相を誰が止めてくれたって言うんだ? レオノールもシュヴェルトも僕なんかの為に戦ってくれないし、二人は勝てない。」

今更どうにもならない事。
それは二人とも分かってる。
しかし堰が切れたようにそれでも二人は止まらない。

「僕はどうなったって良かったんだ…。良かったんだよシュネー。大体僕は君が『従騎士の誓い』した事許してないからねッ。何で僕に命懸けるの? 僕にはそんな価値はない。君と違って…。君と違って価値がないんだよ。」

「うるさい!! 価値がないなんて誰が決めたんだ。私の価値なんて知るか!! …そうッ、やって何で最初っから諦めて…んだ。何で自分を貶すんだよッ。」

ぽたり…ぽたりと怒っている筈なのに頰から流したくないものが伝う。

ああ、もう嫌だ。
腹が立つ。苦しい。辛い。悲しい。
悔しい。腹が立つ。

何でこんなに感情が止めどなく溢れ出すのだろう。溢れ出すから必死に塞き止めても止まらない。


この人は本当はもう生きたくない。そんな事分かっていた筈だ。

無理矢理繋いだ命だ。
分かってた筈なのになんでこんなに辛いのだろう。こんなに腹が立つのだろう。

自身の命を『価値がない』なんて簡単に言ってしまえる事が。『どうなったって良かった』なんて言えてしまう事が。

分かってただろう…。
分かってた筈だ。
それでも生かしたかったんだろう。

何をそんなに焦っている。
何がそんなに……。


「シュネー? 」

我に返ったリヒトが頰に触れようとして躊躇い、何度も手を出し、引っ込める。

涙の止め方が自分でも分からない。涙腺が勝手に緩む。

何で私は泣いているのだろう。
言い合いをしていた筈なのに。
喧嘩していた筈なのに。

何でこんなに辛いのだろう。



パンッとクジャクが手を叩き、野次馬を追っ払う。

「ほうら、アンタ達見せもんじゃないないわよん。これ以上見るなら見物料取るわよん。ほうら、アンタは一旦わっちの部屋入んなさい。素朴なイケメンは来ちゃダメよん。ネズミも待機!! 」

クジャクがシュネーの裾を引っ張って家の中へと連れて行く。リヒトは慌ててシュネーに手を伸ばそうとしたが、辛そうに泣くその姿に衝撃を受けて手を下ろした。

その姿がフェルゼンとの決別の時のシュヴェルトの腕の中で見せた涙より辛そうに見えて。

ー 何で? 何故?

「シュネーは何で泣いたんだろう。僕が言い過ぎたから? 」

シュネーがクジャクに連れて行かれる中、リヒトはただ呆然とそれを眺めた。訳も分からず。

「さぁね、それは自分で考えな。…ただなぁ。」

ネズミはまだ泣くシュネーを見つめた。

尊いものを見るように。
羨ましそうに。

「リヒッちゃんの人生。リヒッちゃんが言う程捨てたもんじゃないって事は言えっかね。」

ネズミはそう穏やかな表情で笑った。
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