偽物勇者は愛を乞う

きっせつ

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「きっと、夢に違いない」

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フラム・エクエス。彼は代々王族に忠誠を誓う騎士の家系の次男坊にして、稀代の剣の使い手だった。

そんな彼はその剣の才を買われ、勇者ニルの剣の師となった。厳格で他人にも自身にも厳しい彼は当時十歳であったニル相手でも容赦がなかった。

地面に這いつくばるまで続く過酷な鍛錬はニルにとって地獄の時間だった。
頑張れば、そのうち体力も付いて過酷ではなくなると楽観的に自身を鼓舞していた時期もあった。だが、頑張れば頑張る程に鍛錬は更に過酷になっていった。
かといって、手を抜こうものならすぐにバレ、鍛錬のメニューが追加される。

旅に出るまではほとんど地面から彼を見上げた記憶しか無い。肺が苦しいと悲鳴を上げて、体がもう無理だと震える中、降り注ぐ鋭い眼差し。

当時のニルは見知らぬ魔王よりフラムが怖かった。無表情で自身を打ちのめすフラムより怖いものはなかった。

だからこそ、ニルは断言できる。
この光景は何かの間違いだと。



チュンチュンッと小鳥の囀りが聞こえる。
朝の日差しを浴び、やっと意識が覚醒したニルはまた身なりを完璧に整えられて、朝食が並ぶ席に座っていた。

二、三日経っても慣れるどころか、ニルの中で疑心が強くなっていく。愕然とした表情でニルはエプロン姿のフラムと対面し、朝食を見やった。

今日のメニューは焼きたてのふわふわのパンとカリカリベーコンに目玉焼きが乗っている。そこにサラダとスープまで付いた随分と豪華な朝食だ。
ついでに昨日の朝食はというと、焦げたベーコンと黄身が潰れた目玉焼きだった。

料理上達してない? 
夜な夜な何かが焦げる匂いが部屋に漂ってる気がするが、まさか料理の練習してる? …と、口が裂けても聞きたくない。

ニルはフラムになるだけ早く勇者パーティへと戻って欲しい。もう勇者じゃないのだからほっといて欲しい。


「あの…フラ「ニル、今日は」」

「「…………」」

意を決して「帰って欲しい」と言い掛けた瞬間、フラムの言葉がニルの言葉に重なる。
ニルは言い掛けた言葉をしまい、フラムの言葉を待つがフラムも言葉をしまい、気不味い沈黙が二人を包む。

「ニル。何か言いたいことでも?」

気不味くて俯くニルに追い討ちをかけるかのように投げ掛けられた言葉にニルは必死に首を横に振る。そんなニルにため息を吐き、フラムは一言呟いた。

「……そうか」

そのため息にびくりっと身体を小さく震わすニルの頭をフラムは撫でる。ニルはフラムのその行動に目を白黒させて、ただ戸惑う。

ここに来たフラムは何かに付けてはニルの頭を撫でる。何か役立つ事をした訳でもなく、ただそこで意味もなく無駄に息をしているだけだというのに頭を撫でてくる。

『完食したな。美味しかったか?』

『ニル。よく寝ていたな』

『今日はよく晴れてるな』

意味が分からない。何故、撫でられているのか分からない。それに頭を撫でられると訳の分からぬ感情が心の底から這い上がって来て、溢れ出しそうになる。


(本当に、この人は何がしたいんだろう)

フラムの行動に困惑し、自身の感情に困惑して、ただフラムを見上げれば、フラムは無表情でニルの左頬を撫で、自身の分のベーコンをニルの皿に乗せる。

食べろと言われている気がして、ベーコンを切り分け、口に頬張ると香ばしさと旨味が口の中に広がり、ニルは目を細めた。

「美味しい…」

ここにきて初めて食べた肉もそうだが、ベーコンも今まで何度も食べてきた変哲もないものだ。だというのに王城やお呼ばれした貴族の家で出された豪華な食事より味がして、この世で一番美味しく感じる。

夢中になってベーコンに齧り付いていると、またフラムの手がニルの頭を撫でる。

何でまた頭を撫でるのか。
ニルは再び、疑問に思いフラムを見やって確信する。

(これは夢に違いない)

そうに決まっている。でなければ可笑しいのだ。だって、目の前のフラムはそう思わなければ、ニルには説明が付かない。

「美味しいか、ニル」

普段動かない口元が弧を描く。あの何時も鋭く見つめていたフラムの視線が温かくニルに降り注ぐ事なんてありはしないなのだから。



それでも夢は覚めず、そこにあり続ける。

このフラムは他人の空似なのかもしれないと覚めない夢を前に自身をそう納得付けたニルは少し離れた場所から恐る恐るフラムを観察していた。

剣だこだらけのゴツゴツな手でフラムは不慣れな手つきで割らないように食器を洗う。ついでに昨日は洗う度にフラムが持ち込んだ白い磁器の食器は割れていた。

食器はいつの間にかに白い磁器から少し土色の混ざった陶器へと変えられていた。フラム曰く、『磁器より陶器の方が破れにくいと聞いた』かららしい。

果たして誰にそう聞いたのか。
このフラムについての疑問は尽きる事はないのだが、ニルにそれを聞く勇気が無いし、何よりやはり他人の空似だとしてもこのフラムにも帰って欲しい。

ニルは早くひとりになりたいのだから。


だが、それを口にする事はニルにとって、精神をかなりすり減らすもので、先程切り出した時点で精神はかなりすり減ってしまった。

(眠い…。疲れた)

それにここに来てからのニルは、心は前よりも軽いものの身体は重い。起きてもすぐに眠くなり、気付けば眠っている。
いつの間にかにフラムが用意したソファーの上でニルは膝を抱えて、重い瞼を閉じた。


「……寝たか」

スースーと寝息をたて、ニルはソファで膝を抱えて眠る。そんなニルを起こさぬように抱き上げ、フラムはため息をつく。

「お前はこんなに軽かったんだな」

ニルをベッドに寝かせると、フラムは戸棚の中に隠していた焦げ付いた鍋を取り出し、擦る。

「料理は難しい」

そうぼやきつつ、やっと焦げの取れた鍋を火にかけた。
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