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第4章 過去編
アリアという少女 その二
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生温かい目でメイドのカトレアに見送られながら、アリアは即断即決で行動を始める。
とはいえ、アイデアがあるわけではない。思いつきで飛び出してきたアリアは考える。
(殿方を喜ばせるにはどうすればいいのでしょう)
パッと思いつくのはやはりエッチなことではある。
だが、以前に押し倒されて置きながら手を出されなかった経験から、アリアは自分が勇人の好みではないのだと判断した。
(となると、うーん……料理、とかですか?)
胃袋を掴めという言葉が存在するくらいである。有用な手段ではあるだろう。問題があるとすれば、アリアは料理などまったくしたことがないことである。
(簡単なものくらいなら、どうにかなりますよね?)
他にアイデアがあるわけではないアリアは、早速調理場へと移動を始める。
王宮の調理場は、何十人もの料理人が忙しなく動き、貴族や王族に出す料理を作っている。圧倒的な熱気と迫力に、目を丸くしたアリアは、彼らの邪魔をしてはいけないと思い、厨房から踵を返す。
「……はぁ、どうしましょう」
振り出しに戻ったアリアは、トボトボと王宮を歩きながら途方に暮れる。
あんなに忙しそうにしている料理人たちを押しのけて、料理を作るなどはまず不可能だ。かといって、彼らの仕事が終わるまで待っていては深夜になってしまう。
「プレゼントは……ダメそうですね」
すぐに扉の前で追い返されたが、何度か勇人の部屋にお邪魔した時に、貴族たちや王族からの贈り物がゴミのように積み上げられていたのをチラリと見えたのを、アリアは覚えている。
「となると、聞くしかありませんね!」
料理もダメ。プレゼントもダメ。そうなるとやはり使えるのは自分の身体だけである。
「魅力がないというのなら、魅力がある人に尋ねればいいんですよ」
いいことを思いついたとばかりにスキップするアリアを見て、何人かの貴族が顔をしかめたり嘲笑ったりしているが、猪が如く前しか見ていないアリアはまったく気が付かないので無意味であった。
アリアが目指す場所は一つ。王宮内でも変人が集まる場所と知れている魔法研究所である。
用があるのは研究所の所長であるフィア・ローゼスミントだ。
どんな感情があるにせよ、フィアが最も長く勇人の傍にいて抱かれている女性であるのは事実だ。なので、アリアは彼女に教えを乞おうと魔法研究場に訪れたのだが――。
「え? 所長? 昨日から見てないけど、勇者様のとこじゃない?」
「そうなんですか?」
「最近はこっちに戻ってこないからね。勇者様も所長に執着しているみたいだし、抱き殺されるんじゃないかってもっぱらの噂だよ」
「でも、最近になってだれか変わりの子が来たんでしょ? その人が代わりに抱かれているんじゃないの?」
「さあ? でも所長が帰ってこないってことは満足できなかったんじゃない?」
その変わりの子であるアリアは、役目を果たせていないことにとても申し訳なくなる。
「ふーん。まあ、なんにしても所長が早く帰ってこないと仕事が溜まる一方だわ」
「それは確かに。そういうわけで、ここにはいないから用があるなら勇者様のところに行ってみれば?」
「は、はい」
すごすごと研究所を出たアリアは、頭を振って奮起する。
(こうなったらでたとこ勝負です! いざ、ユーキ様のお部屋!)
当初の予定など知ったことかと、ユーキの部屋の前まできて、ピタリと手が止まる。
「―――ッ。―――ぁぁ」
苦しそうな声と水気を含んだ音が、ドア超しであるにも関わらず聞こえてきた。
その音は、ここ数日で何度も聞いたことのある音だった。
(ま、まさか……)
アリアがゆっくりとドアに耳を押し当てると、悲鳴染みた声と、暴力的な音がする。
「やめ゛っ! もう、無理よっ! 休ませてぇっ」
「黙れ! いいからマンコを締めろ!」
「いぎぃぃぃぃぃぃ!」
アリアは、勇人の部屋の中から聞こえてくる激しいまぐわいの音に、かぁぁっ、と頬を上気させる。
「ほらイっちまえ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛! あだまおがじぐなる゛!」
「狂え! 狂えよ!」
バチュン、バチュンと、腰同士がぶつかっている甲高い音がする。
アリアはごくりと生唾を飲み込み、いけないと思いつつも、震える手で音がでないように扉を少しだけ開ける。
すると、ムワッと、蒸せせ返るような性臭が漂ってくる。
(うわ、うわぁぁぁぁ)
アリアは、思わず声を漏らしそうになった。
ドアの隙間という極狭い視野でしかないが、それで十分だった。
ベッドの上には、服だったモノが散乱し、棒のようなものに小さな玉がついたものから、男の腕のような太い棒や、家畜が付けているようなピアスに、躾け用の鞭など、多種多様のものが転がっていた。
それらは、全てフィアという女性に使われたモノの一部だった。
「あぎぃ、おほぉぉぉぉぉ!」
「豚が! 自分だけよがってるんじゃねえよ!」
勇人は、対面座位でフィアのことを抱きしめ、ズンズンと子宮を突きながら、じゅるるるるっと、母乳でも搾乳ように胸に吸い付いている。
「お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」
「違うだろ! 豚ならちゃんと豚の鳴き声で鳴け!」
アリアも、フィアという女性を一度だけ見たことがあった。
なにを考えているかわからない飄々とした態度と、何事も恐れない不敵さが印象的な女性だったが、あそこにいるのはアリアが出会った人とは似ても似つかなかった。
勇人に抱かれているフィアは、トレードマークの黒髪を振り乱しながら、涙と鼻水と唾液で顔を濡らし、白目を剥いて悲鳴を上げている。
小さな鈴の付いた首輪が腰を打ちつけられてチリンチリンと鳴っている。
そして、腰を動かしながらノンホールピアスの付いた鼻を勇人が引っ張った。
「あへぇぇぇっ! ぶっ、ぶー、ぶー!」
「そうだ! 雌豚なら雌豚らしくしやがれ!」
勇人がフィアの腰から手を離すと、バシンッと激しく尻を叩く。
「ぶぅぅぅぅぅ!」
突然感じた痛み、海老ぞりになりながら、それでもフィアは豚の鳴きマネをする。
「はっ、はは! 凄い鳴き声だな!」
それが面白いのか、ギラギラと血走った目で、勇人は何度も何度もフィアの白い尻を叩く。
「ぶひぃ! ぶひぃぃぃぃ!」
新雪を踏み荒らす様に、フィアの綺麗なお尻が真っ赤に染まり、平手の痕がついていく。
「嬉しいか? 嬉しいよな! なんたってお前らが望んだ勇者様にこうやって抱かれているんだからな!!」
「ぶふぅぅぅぅぅ!?」
勇人の攻めは止まらず、フィアが気絶しようが嫌がろうが関係なかった。
(…………す、凄い)
思わず見入ってしまっていたアリアは、ゆっくりとドアを閉めて勇人の部屋から離れる。
(お二人とも凄いですね……。確かにあんな凄いことを魔法使い様としているのなら、私程度では満足できませんよね)
結局、なに一つ上手くいかないまま自室に戻ると、なにも言わずカトレアが椅子を引いてアリアを座らせて、紅茶を入れてくれた。
無言で紅茶を飲み、その暖かくて柔らかな味わにホッと一息ついてから、潤んだ目でカトレアを見る。
「予想していた通り、失敗したみたいですね」
「……うん。男の人を喜ばせるのって難しいね」
「慣れないことをしようとするからです。……そうですね。アリア様。私の紅茶、どう思いましたか?」
「え? いつも通り美味しくて……そういえば飲んだら気分が落ちついたわね」
「はい。勇者様は慣れない環境で気が立っています。アリア様にできることといえば、リラックスして頂けるように紅茶をお出しするくらいではないのでしょうか?」
暗に女給のマネごとをしろと、カトレアはアリアに言った。とても貴族の子女相手に言うべき言葉ではないが、アリアは天啓が降ってきたかのように目を見開き、カトレアの手を握りしめた。
「それよ! ねえ、カトレア! 私にこの紅茶の淹れ方を教えてちょうだい!」
「はい。勿論ですアリア様」
それから地獄のような紅茶レッスンが始まる。
******
「アリア様! お湯の温度が高すぎます!」
「はい!」
「アリア様! 紅茶を淹れる際に音を立ててはいけません!」
「はい!」
「アリア様! カップを温め忘れています!」
「はい!」
アリア様アリア様アリア様…………。
「はい、合格です」
「や、やった! やりました!」
三日間、何度紅茶を淹れたのかわからなくなるほど、試行錯誤を繰り返し、ようやくカトレアから合格点が出たアリアは、思わずガッツポーズをしてしまう。
「これならば、勇者様も満足して頂けるでしょう」
下手なメイドが淹れる紅茶よりも上手く淹れれるようになった、アリアを見て、カトレアも満足する。
アリアも、早く自分の腕前を試してみたのか、そわそわとしていた。
「で、では、早速行ってきます!」
「はい。頑張ってきてください」
紅茶のセットを一式持ち、カトレアに見送られながらアリアは勇人の部屋を目指す。
「……今日は聞こえてきませんね」
部屋の前に訪れると、前のような喘ぎ声は聞こえない。
コンコンとドアを鳴らしても返事はなかった。
「あれ? いらっしゃらないのでしょうか?」
ノブに手をかけて捻ってみると、鍵はかかっていないようだった。
どうしようかと迷ったアリアだが、思い切って中へと入る。
「失礼します」
中に入ると、勇人はベッドで横になっている。
最初にあった時よりも身体はやせ細り、隈も酷くなっている。勇者の身体は頑丈だと聞いていたが、この分では精神のほうが病んでいるようだった。
「……うっ、くぅぅ」
勇人は、ベッドの上で身体を丸め、涙を流しながらシーツを握りしめていた。
「父、さん。母、さん……帰りたい、帰りたい」
うわ言のように呟き続ける勇人の姿を見たアリアは、テーブルの上に紅茶のセットを置くと、ベッドの上に上がって眠っている勇人の頭を膝の上に乗せてる。
「ユーキ様。ごめんなさい」
勇者召喚というものが、どういうものなのかアリアは正しく理解していなかった。
だが、勇人のうわ言から察するに合意の上ではなく、強制的に呼び出されたのだと理解できた。そうすると、最初の時に見せた辛い顔の意味も理解できてくる。
「ごめんなさい」
自分になにかできるとは思わない。性処理にも使えず、冒険の役にも立たない。だからせめて、勇人が少しでも安らげる存在になりたいと、アリアは思った。
優しく頭を撫でると、あれほど苦しそうにしていた表情が和らいでいく。
それが嬉しくて、アリアが頭を撫で続けていると、ゆっくりと勇人の目が開かれていく。
「目が覚めましたか」
「おま、えは」
「勝手にお部屋に入ってすみません。けれど、お返事がなくて心配だったんです」
「……」
てっきり怒鳴られると思っていたが、予想とは反して勇人は静かだった。
アリアになされるがまま、その行動を受け取っている。
「……暖かいな、お前の膝と手は」
「気に入られました?」
「ああ……暖かくて、柔らくて、優しい感じがする。それに、良い匂いもするな」
勇人が目を瞑り、身体から力を抜く。穏やかな時間が流れていき、勇人が再び目を開けると、アリアの膝から頭を起こす。
「……ありがとう。なんか、久しぶりにいい夢が見れた気がする」
「私の膝がお役に立てたならいつでもお使いください。あ、そうだ! ユーキ様に紅茶を淹れようと思ってきたんですよ! ちょっと待っていてくださいね!」
「あ、おい」
ベッドから跳ね降りると、アリアはカトレアに習った通りの手順でハーブティーを淹れて勇人に差し出す。
「さあ、どうぞ。気持ちが楽になりますよ」
「……いただきます」
アリアからティーカップを受け取ると、勇人は紅茶を口へと運ぶ。
「……美味い」
勇人は、アリアの淹れた紅茶をあっという間に飲み干してしまった。
「よかったぁ。お口にあったみたいで嬉しいです」
「……その、なんで俺に優しくしてくれるんだ? 何度も冷たくしてきただろ?」
「そうでしょうか? むしろ、無理矢理こちらの世界に呼び出した私たちのほうが、ユーキ様に行っている仕打ちのほうが酷いことだと思います」
アリアがそういうと、勇人はキョトンとした表情をしてから破顔する。
「――そっか。ありがとな。えっと」
「アリアです。アリア・クレスティン・フェミルナです、ユーキ様」
改めて名乗ると、名前を忘れていたため、ばつの悪そうな顔を勇人は浮かべた。
「クレスティンさんは――」
「アリア、です」
「アリアさんは――」
「さん付けも禁止です!」
「……じゃあ、俺のことも様付しないでくれ。そうした、呼び捨てにするから」
「わかりました。ユーキさん」
アリアは即座に様付を止めて、さあ、どうぞと勇人を促す。すると、恥ずかしさに顔を染めながら、勇人もアリアを呼び捨てにした。
「……あのさ、ア、アリアはこれからも俺の所に来てくれるのか?」
「勿論です! ユーキさんが望むのならお茶淹れからお掃除まで勉強してできるようにします!」
「いや、掃除とかは別にいいが……うん。なら、これからこうやって紅茶を淹れてくれないか? アリアが淹れた紅茶を飲むと、気分が落ち着いてからさ。また飲みたいと思った」
「!! はい! 任せてくださいユーキさん!」
えへへっ、と笑いかけると、勇人はアリアのことを直視できずに顔を逸らしてしまう。
この一件以降、アリアは毎日勇人の部屋を訪れるようになった。
とはいえ、アイデアがあるわけではない。思いつきで飛び出してきたアリアは考える。
(殿方を喜ばせるにはどうすればいいのでしょう)
パッと思いつくのはやはりエッチなことではある。
だが、以前に押し倒されて置きながら手を出されなかった経験から、アリアは自分が勇人の好みではないのだと判断した。
(となると、うーん……料理、とかですか?)
胃袋を掴めという言葉が存在するくらいである。有用な手段ではあるだろう。問題があるとすれば、アリアは料理などまったくしたことがないことである。
(簡単なものくらいなら、どうにかなりますよね?)
他にアイデアがあるわけではないアリアは、早速調理場へと移動を始める。
王宮の調理場は、何十人もの料理人が忙しなく動き、貴族や王族に出す料理を作っている。圧倒的な熱気と迫力に、目を丸くしたアリアは、彼らの邪魔をしてはいけないと思い、厨房から踵を返す。
「……はぁ、どうしましょう」
振り出しに戻ったアリアは、トボトボと王宮を歩きながら途方に暮れる。
あんなに忙しそうにしている料理人たちを押しのけて、料理を作るなどはまず不可能だ。かといって、彼らの仕事が終わるまで待っていては深夜になってしまう。
「プレゼントは……ダメそうですね」
すぐに扉の前で追い返されたが、何度か勇人の部屋にお邪魔した時に、貴族たちや王族からの贈り物がゴミのように積み上げられていたのをチラリと見えたのを、アリアは覚えている。
「となると、聞くしかありませんね!」
料理もダメ。プレゼントもダメ。そうなるとやはり使えるのは自分の身体だけである。
「魅力がないというのなら、魅力がある人に尋ねればいいんですよ」
いいことを思いついたとばかりにスキップするアリアを見て、何人かの貴族が顔をしかめたり嘲笑ったりしているが、猪が如く前しか見ていないアリアはまったく気が付かないので無意味であった。
アリアが目指す場所は一つ。王宮内でも変人が集まる場所と知れている魔法研究所である。
用があるのは研究所の所長であるフィア・ローゼスミントだ。
どんな感情があるにせよ、フィアが最も長く勇人の傍にいて抱かれている女性であるのは事実だ。なので、アリアは彼女に教えを乞おうと魔法研究場に訪れたのだが――。
「え? 所長? 昨日から見てないけど、勇者様のとこじゃない?」
「そうなんですか?」
「最近はこっちに戻ってこないからね。勇者様も所長に執着しているみたいだし、抱き殺されるんじゃないかってもっぱらの噂だよ」
「でも、最近になってだれか変わりの子が来たんでしょ? その人が代わりに抱かれているんじゃないの?」
「さあ? でも所長が帰ってこないってことは満足できなかったんじゃない?」
その変わりの子であるアリアは、役目を果たせていないことにとても申し訳なくなる。
「ふーん。まあ、なんにしても所長が早く帰ってこないと仕事が溜まる一方だわ」
「それは確かに。そういうわけで、ここにはいないから用があるなら勇者様のところに行ってみれば?」
「は、はい」
すごすごと研究所を出たアリアは、頭を振って奮起する。
(こうなったらでたとこ勝負です! いざ、ユーキ様のお部屋!)
当初の予定など知ったことかと、ユーキの部屋の前まできて、ピタリと手が止まる。
「―――ッ。―――ぁぁ」
苦しそうな声と水気を含んだ音が、ドア超しであるにも関わらず聞こえてきた。
その音は、ここ数日で何度も聞いたことのある音だった。
(ま、まさか……)
アリアがゆっくりとドアに耳を押し当てると、悲鳴染みた声と、暴力的な音がする。
「やめ゛っ! もう、無理よっ! 休ませてぇっ」
「黙れ! いいからマンコを締めろ!」
「いぎぃぃぃぃぃぃ!」
アリアは、勇人の部屋の中から聞こえてくる激しいまぐわいの音に、かぁぁっ、と頬を上気させる。
「ほらイっちまえ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛! あだまおがじぐなる゛!」
「狂え! 狂えよ!」
バチュン、バチュンと、腰同士がぶつかっている甲高い音がする。
アリアはごくりと生唾を飲み込み、いけないと思いつつも、震える手で音がでないように扉を少しだけ開ける。
すると、ムワッと、蒸せせ返るような性臭が漂ってくる。
(うわ、うわぁぁぁぁ)
アリアは、思わず声を漏らしそうになった。
ドアの隙間という極狭い視野でしかないが、それで十分だった。
ベッドの上には、服だったモノが散乱し、棒のようなものに小さな玉がついたものから、男の腕のような太い棒や、家畜が付けているようなピアスに、躾け用の鞭など、多種多様のものが転がっていた。
それらは、全てフィアという女性に使われたモノの一部だった。
「あぎぃ、おほぉぉぉぉぉ!」
「豚が! 自分だけよがってるんじゃねえよ!」
勇人は、対面座位でフィアのことを抱きしめ、ズンズンと子宮を突きながら、じゅるるるるっと、母乳でも搾乳ように胸に吸い付いている。
「お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」
「違うだろ! 豚ならちゃんと豚の鳴き声で鳴け!」
アリアも、フィアという女性を一度だけ見たことがあった。
なにを考えているかわからない飄々とした態度と、何事も恐れない不敵さが印象的な女性だったが、あそこにいるのはアリアが出会った人とは似ても似つかなかった。
勇人に抱かれているフィアは、トレードマークの黒髪を振り乱しながら、涙と鼻水と唾液で顔を濡らし、白目を剥いて悲鳴を上げている。
小さな鈴の付いた首輪が腰を打ちつけられてチリンチリンと鳴っている。
そして、腰を動かしながらノンホールピアスの付いた鼻を勇人が引っ張った。
「あへぇぇぇっ! ぶっ、ぶー、ぶー!」
「そうだ! 雌豚なら雌豚らしくしやがれ!」
勇人がフィアの腰から手を離すと、バシンッと激しく尻を叩く。
「ぶぅぅぅぅぅ!」
突然感じた痛み、海老ぞりになりながら、それでもフィアは豚の鳴きマネをする。
「はっ、はは! 凄い鳴き声だな!」
それが面白いのか、ギラギラと血走った目で、勇人は何度も何度もフィアの白い尻を叩く。
「ぶひぃ! ぶひぃぃぃぃ!」
新雪を踏み荒らす様に、フィアの綺麗なお尻が真っ赤に染まり、平手の痕がついていく。
「嬉しいか? 嬉しいよな! なんたってお前らが望んだ勇者様にこうやって抱かれているんだからな!!」
「ぶふぅぅぅぅぅ!?」
勇人の攻めは止まらず、フィアが気絶しようが嫌がろうが関係なかった。
(…………す、凄い)
思わず見入ってしまっていたアリアは、ゆっくりとドアを閉めて勇人の部屋から離れる。
(お二人とも凄いですね……。確かにあんな凄いことを魔法使い様としているのなら、私程度では満足できませんよね)
結局、なに一つ上手くいかないまま自室に戻ると、なにも言わずカトレアが椅子を引いてアリアを座らせて、紅茶を入れてくれた。
無言で紅茶を飲み、その暖かくて柔らかな味わにホッと一息ついてから、潤んだ目でカトレアを見る。
「予想していた通り、失敗したみたいですね」
「……うん。男の人を喜ばせるのって難しいね」
「慣れないことをしようとするからです。……そうですね。アリア様。私の紅茶、どう思いましたか?」
「え? いつも通り美味しくて……そういえば飲んだら気分が落ちついたわね」
「はい。勇者様は慣れない環境で気が立っています。アリア様にできることといえば、リラックスして頂けるように紅茶をお出しするくらいではないのでしょうか?」
暗に女給のマネごとをしろと、カトレアはアリアに言った。とても貴族の子女相手に言うべき言葉ではないが、アリアは天啓が降ってきたかのように目を見開き、カトレアの手を握りしめた。
「それよ! ねえ、カトレア! 私にこの紅茶の淹れ方を教えてちょうだい!」
「はい。勿論ですアリア様」
それから地獄のような紅茶レッスンが始まる。
******
「アリア様! お湯の温度が高すぎます!」
「はい!」
「アリア様! 紅茶を淹れる際に音を立ててはいけません!」
「はい!」
「アリア様! カップを温め忘れています!」
「はい!」
アリア様アリア様アリア様…………。
「はい、合格です」
「や、やった! やりました!」
三日間、何度紅茶を淹れたのかわからなくなるほど、試行錯誤を繰り返し、ようやくカトレアから合格点が出たアリアは、思わずガッツポーズをしてしまう。
「これならば、勇者様も満足して頂けるでしょう」
下手なメイドが淹れる紅茶よりも上手く淹れれるようになった、アリアを見て、カトレアも満足する。
アリアも、早く自分の腕前を試してみたのか、そわそわとしていた。
「で、では、早速行ってきます!」
「はい。頑張ってきてください」
紅茶のセットを一式持ち、カトレアに見送られながらアリアは勇人の部屋を目指す。
「……今日は聞こえてきませんね」
部屋の前に訪れると、前のような喘ぎ声は聞こえない。
コンコンとドアを鳴らしても返事はなかった。
「あれ? いらっしゃらないのでしょうか?」
ノブに手をかけて捻ってみると、鍵はかかっていないようだった。
どうしようかと迷ったアリアだが、思い切って中へと入る。
「失礼します」
中に入ると、勇人はベッドで横になっている。
最初にあった時よりも身体はやせ細り、隈も酷くなっている。勇者の身体は頑丈だと聞いていたが、この分では精神のほうが病んでいるようだった。
「……うっ、くぅぅ」
勇人は、ベッドの上で身体を丸め、涙を流しながらシーツを握りしめていた。
「父、さん。母、さん……帰りたい、帰りたい」
うわ言のように呟き続ける勇人の姿を見たアリアは、テーブルの上に紅茶のセットを置くと、ベッドの上に上がって眠っている勇人の頭を膝の上に乗せてる。
「ユーキ様。ごめんなさい」
勇者召喚というものが、どういうものなのかアリアは正しく理解していなかった。
だが、勇人のうわ言から察するに合意の上ではなく、強制的に呼び出されたのだと理解できた。そうすると、最初の時に見せた辛い顔の意味も理解できてくる。
「ごめんなさい」
自分になにかできるとは思わない。性処理にも使えず、冒険の役にも立たない。だからせめて、勇人が少しでも安らげる存在になりたいと、アリアは思った。
優しく頭を撫でると、あれほど苦しそうにしていた表情が和らいでいく。
それが嬉しくて、アリアが頭を撫で続けていると、ゆっくりと勇人の目が開かれていく。
「目が覚めましたか」
「おま、えは」
「勝手にお部屋に入ってすみません。けれど、お返事がなくて心配だったんです」
「……」
てっきり怒鳴られると思っていたが、予想とは反して勇人は静かだった。
アリアになされるがまま、その行動を受け取っている。
「……暖かいな、お前の膝と手は」
「気に入られました?」
「ああ……暖かくて、柔らくて、優しい感じがする。それに、良い匂いもするな」
勇人が目を瞑り、身体から力を抜く。穏やかな時間が流れていき、勇人が再び目を開けると、アリアの膝から頭を起こす。
「……ありがとう。なんか、久しぶりにいい夢が見れた気がする」
「私の膝がお役に立てたならいつでもお使いください。あ、そうだ! ユーキ様に紅茶を淹れようと思ってきたんですよ! ちょっと待っていてくださいね!」
「あ、おい」
ベッドから跳ね降りると、アリアはカトレアに習った通りの手順でハーブティーを淹れて勇人に差し出す。
「さあ、どうぞ。気持ちが楽になりますよ」
「……いただきます」
アリアからティーカップを受け取ると、勇人は紅茶を口へと運ぶ。
「……美味い」
勇人は、アリアの淹れた紅茶をあっという間に飲み干してしまった。
「よかったぁ。お口にあったみたいで嬉しいです」
「……その、なんで俺に優しくしてくれるんだ? 何度も冷たくしてきただろ?」
「そうでしょうか? むしろ、無理矢理こちらの世界に呼び出した私たちのほうが、ユーキ様に行っている仕打ちのほうが酷いことだと思います」
アリアがそういうと、勇人はキョトンとした表情をしてから破顔する。
「――そっか。ありがとな。えっと」
「アリアです。アリア・クレスティン・フェミルナです、ユーキ様」
改めて名乗ると、名前を忘れていたため、ばつの悪そうな顔を勇人は浮かべた。
「クレスティンさんは――」
「アリア、です」
「アリアさんは――」
「さん付けも禁止です!」
「……じゃあ、俺のことも様付しないでくれ。そうした、呼び捨てにするから」
「わかりました。ユーキさん」
アリアは即座に様付を止めて、さあ、どうぞと勇人を促す。すると、恥ずかしさに顔を染めながら、勇人もアリアを呼び捨てにした。
「……あのさ、ア、アリアはこれからも俺の所に来てくれるのか?」
「勿論です! ユーキさんが望むのならお茶淹れからお掃除まで勉強してできるようにします!」
「いや、掃除とかは別にいいが……うん。なら、これからこうやって紅茶を淹れてくれないか? アリアが淹れた紅茶を飲むと、気分が落ち着いてからさ。また飲みたいと思った」
「!! はい! 任せてくださいユーキさん!」
えへへっ、と笑いかけると、勇人はアリアのことを直視できずに顔を逸らしてしまう。
この一件以降、アリアは毎日勇人の部屋を訪れるようになった。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
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