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終章 勇者と聖女編

シェロ&フィアVS その一

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 リリアたちが人影に襲われた直後、勇人は目的地である廃村の前までたどり着いていた。

(ひーふーみー……。兵站を管理している場所にしては随分と警備が手薄いな)

 廃村全域を覆うように意識を向けて気配を探ってみたが、どれだけ確認しても三人以上は発見ができなかった。

(こんな所まで襲われないと油断しているのか、それともこいつらにそれだけの実力があるのか)

 前者であればいいのだが、後者であれば面倒かもしれない。
 最終的に負けるつもりはないが、妙な魔道具があるという話もある。

(ま、悩んだ所で始まらねえか)
 
 どうせやることは変わらない。ならば、悩む時間が勿体ないと判断した勇人は、即座に行動を開始する。
 気配を殺し、廃村の中に忍び込む。廃村ということもあり、身を隠す場所は十分すぎるほどに存在していた。そのまま、身を隠しながら村の中央あたりまで近づくと、三人の男が周囲を警戒する様子も見せず会話をしていた。

「確かにここが重要だとはいえ、ずっと待機ってのも暇だな」
「ばっか、楽でいいだろ。少しばかり食料をチョロまかしながら立っているだけで給金が出るんだからさ」
「そーそー。どうせここまで攻めてくるわけないだろ気楽に考えろよ」
「違いねえ」

 気配を殺しているとはいえ、すぐ近くまで接近しているにも関わらず能天気に笑いながら、ギンバイした食料を摘まみながら談笑する姿を見て、勇人は呆れる。

(これは完全に舐められてるな)

 あれだけの敗走を繰り返しているにも関わらずこの様子では、そうとしか思えなかった。
 警戒するだけ無駄だったと判断した勇人は、制圧するべく動き出す。
 物陰から飛び出すと、地を駆ける獣よりも早く、獲物を狙う鷹よりも鋭く、一直線に兵士たちを目指す。

「誰だ!」

 兵士の一人が勇人に気が付いたが、もう遅い。懐まで肉薄した勇人の掌底が、的確に兵士の顎を貫く。突如襲った脳を揺さぶる衝撃に、兵士は白目を剥いてその場で膝を折る。

「て、てめ! うおっ!」

 仲間がやられ、慌てて剣を抜くが、それよりも早く勇人の足払いが決まる。
 バランスが崩れ、倒れ込んだ男の頭を、勇人は思いっきり蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた兵士は二、三回地面をバウンドしてからピクリとも動かない。

「なっ、なっ!」

 自分の仲間がこれほどあっさり倒されたことが信じられない様子で震える兵士に勇人が近づくと、しゃくり声を上げて後ずさる。

「悪いな。とっとと眠ってくれ」

 兵士の額にデコピンをすると、その場で回転して頭から地面に突き刺さるように落ちた。
 首があらぬ方向に曲がった兵士は、泡を吹いて気絶したのだった。

「……あっけないな」

 最後の最後まで、警戒するにあたいしなかった兵士たちを見下ろし、勇人は頭を掻く。

「これは、厄介なのは全部向こうに行ったのかもしれないな」

 勇人は離れた戦場を見据え、二人の身を案じた。

 ◇

(ふむ……どうにもこれは)

 勇人が去った戦場で、シェロは思わず唸り、フィアも不愉快そうに眉を細める。
 いつもと同じような蹂躙で終わると思っていた戦場は、随分と様変わりをした雰囲気を見せていた。
 周囲にいた兵士たちはみな後方に下がっていた。代わりに、まるで旧時代に存在した騎士の決闘でも再現するように、三人の兵士が歩み出てきたのだ。
 それだけならば、シェロが唸ることはない。問題は、現れた三人の持つ魔道具だった。
 一人の男が持つ魔道具は剣、残り二人の女兵士が持つ魔道具は杖と箒だった。

(また、面妖な魔道具を作りおってからに)

 その魔道具の性質がなんなのか、それは効果が発動するまでもなく見ればわかった。

「お前たち! 降参するならばいまのうちだ!」

 眼下で、シェロたちのことを見上げながら男が叫ぶ。
 いままでの戦いの結果などまるで意に介していない男の姿からは、言葉が不要なほど自信が見て取れる。その自信の源は、剣の形をした魔道具である。

「シェロ。わかるよね」
「うむ。まさかあんな物が作れるとはのう」
「はぁ。やっぱりあの時にちゃんと殺せなかったのは痛かったなぁ」
「なにをコソコソと話している! 俺を無視するな!」

 二人が魔道具の効果について見抜き、話っていると、気の短い男が怒りの声を上げた。

「ふん、まったくいい度胸だ。だが、すぐに後悔させてやる」

 男の一人が魔道具を起動させると、女たちも同様のことをする。シェロたちの眼下で光が繭のように使用者を包み込んだ。そして、蛹を破り、蝶が生まれる様に光の繭を突き藪って現れた兵士たちは、シェロたちにとって馴染み深い雰囲気を醸し出していた。

「ふははは! これこそが、魔王を打ち破った英雄たちの力を再現する魔道具『魂を受け継ぐ器デッドコピー』だ!」

 現れたのは、かつて彼女たちが使っていた力を模倣した魔道具だった。男の騎士が戦士の、女の騎士が賢者の力を模倣している。
 
「さあ、ゆくぞ!」

 男が叫ぶと同時に、魔法使いが『飛行フライ』の魔法を使い、三人同時に空中へと浮き上がらせる。
 これによって、上をとっているというアドバンテージが無くなった。

「ふはははは! 力が漲っているぞ! さあ、くらえぇぇぇぇぇぇ!」

 男が叫びながら、フィアへと斬りかかる。

「させぬ!」

 フィアを庇うようにしてシェロが前に出て剣を受け止める。

「まだまだぁぁ!」

 力任せにシェロを押し返すと、男が剣を水平に構える。男の手がブレたかと思えば、幾重もの刃が空間を囲うようにしてシェロに放たれた。

(ぬぅ、これは) 

 咄嗟に全身を鱗で覆い剣戟を弾くが、その重い一撃に顔をしかめる。
 男が振るった技は、戦士が――シータが使っていたものだった。技術が未熟なせいでの質は悪く、模造品ではあるが、それでもかつての彼女たちに近しい力を持っている。
 それが、たまらなく不快だった。

「素晴らしい! これが英雄の力!」

 そんなシェロの心情など男が知る筈もなく、労せず手に入れた力に酔いながら攻撃の手を緩めない。剣が奔ったかと思え、音を置き去りにしてシェロの身体を切り裂く。
 何百もの矢や、魔法を受けても傷一つつかない鱗が、わずかに削られていく。
 矢継ぎ早に剣の嵐が降り注ぐ。目まぐるしく瞳を動かし、致命傷を避けていると、背後から轟音が響いた。

(現状ではフィアが二対一か。ならば、まずはこやつを引き剥がすか)

 シェロは翼を大きく広げ、人の声帯からは出ないような高音で咆哮する。

「ぬぅ! これは!」

 攻撃の手を緩めなかった男が、シェロの殺気を感じ取り初めて動きを止めて後退する。

「がぁっ!」

 肺に取り込んだ魔力を収束させると、躊躇いなく撃ちだす。それは、巨大な空気の壁となり、ぶつけた男を地上へと叩き落としていった。

(ふむ。普通ならばあれで終わりじゃが、いまの状態では効かぬじゃろうな)

 とはいえ、目的は果たせた。
 男が戻ってくるより先に、シェロは翼をはためかせ、攻防を続けているフィアに加勢する。

「ほれ、どかぬか」
「え? 嘘!」

 肥大化させた竜の手でフィアに攻撃していた女を捕まえると、男と同じように地面へ叩きつけるように投げ飛ばす。

「ありがとシェロ! おりゃっ!」
「ま、ちょっと! きゃぁっ!」

 防御に専念していたフィアだったが、シェロの作った隙を利用して、もう一人に攻撃魔法を撃ちこむ。
 反射的に防御したようだが、それでも『飛行』の魔法を維持している余裕が消えたのか、そのまま墜落していった。

「……ふぅ。これで終わってくれればいいけどさ」
「そんなわけがなかろう。あれは肉体の質も変えておる。ならば、あやつら本人を相手にしておると考えておいたほうがよい」

 シェロの言葉を肯定するように、地面に叩き付けた男たちはすぐにまたこちらへ向かってくる。

「やだやだ。せめてマイヤーの顔していれば容赦なく叩き潰せるのに」
「まったくじゃ。賢者のやつと対峙することがあれば妾も一発殴らせてもらうかのう」

 フィアが杖を構え直すと、シェロも姿をより深く神龍へと近づける。
 第二ラウンドは油断なく、始まった。
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