9 / 21
8
しおりを挟む
その日の夜、仲間達の手荒くも温かい見送りを受けて、みんなも豪快に飲みまくり、二日酔いでまだ夢の中にいる頃。
早朝、出発の準備を終えた私はアーサーの部屋の前に立っていた。
散々迷った。
でもここを発つ前に最後にもう一度だけ、彼の顔を見たかった。
これから先の人生、私は見知らぬ誰かと歩んでいかなければならない…かもしれない。
まぁ帰ったらすぐ別の道を検討するつもりではいる。
でもどのみち、もう会えなくなる彼への想いに私なりの区切りをつけなければ、自分のこれからを受け入れることができなかった。
コンッコンッ
いつも通り、彼の部屋をノックする。
返事はない。
ガチャッ
私はドアを開けて部屋へ入り、ベッドへ歩み寄る。実はここまではいつもやっている。
無敵の獣人団長は意外にも朝に弱く、私は彼に宴会や打ち上げの翌日だけ起こしに来てほしいと拝み倒されて、ある日『起床係』に任命された。
もちろん正式な役職ではなくて、個人的なお願いに無理やり名前を付けたものだった。
最初は訳も分からず引き受けてみたものの、彼の寝起きは実際、本当に悪かった。
揺り起こそうとすると無意識の抵抗からか、軽く手を噛まれそうになったり、枕と間違えて大きな身体で抱きつかれそうになる。
起床係というより、まるで猛獣の世話係になった気分だった。
…今日もなかなか起きなさそう。
そっと覗き見た彼はどこかあどけなさを残した無防備な表情で、僅かに開いた口からは白い歯が垣間見えて、微かな寝息が漏れている。
こうやって寝てる時は、なんだかかわいいなぁ。
穏やかで愛おしい寝顔に、自然と笑みがこぼれてしまう。
結局この朝の一仕事も、私が彼に対する想いを自覚してからは、騎士でも団長でもないアーサーの顔を見られる幸せな役割だと思うようになってしまったのだから、我ながら始末に負えない。
私は今日で解任だけど、これからはがんばって起きてね…。
…。
あまり時間がないはずなのに、これが最後と思うと離れがたくて立ち尽くしてしまう。
今まで当たり前のように一緒にいたのに、これからはたまに見かけるようなことすら、なくなっちゃうんだな…。
なるべく見ないようにしていた、受け入れがたい、でも飲み込まなければならない現実が、私の喉元を絞めあげる。
…私は彼の番じゃないから、ずっと一緒になんて、いられる訳なかったよね…
ふと彼と彼の番が寄り添い合い、笑顔で立っている光景を思い描いてしまい、胸にズキンと痛みが走る。
嘘でも、彼の隣に自分を並べてみることなんて…できないのだ。
…将来、アーサーに愛されて一生を誓われることになる人は、うらやましいな…。
「はは…何考えてるんだろ、私。」
涙で視界が霞んでいく。
…せめて、大好きな彼が素敵な人に出会って、幸せになるのを願いたい。
彼が大切に思う人と笑顔で生きていてくれれば、それが何よりなんだ。
それでずっと後になって、もしここでの日々を振り返った時、そういやあんな奴もいたなと、ふとどこかで私のことも思い出してくれる瞬間があったら…それだけでも嬉しいな。
私はいつの間にか両目からこぼれていた滴を素早く手で拭った。
…もう本当に行かなくちゃ。
いつもは、全く起きないアーサーをベッドから引き剥がして起こしてきたけど、今日は彼にふわりと上掛けを掛け直す。
今朝は爽やかな香りがする一輪の白い花を摘んできた。
この季節、よくあちこちの野に咲くこの花の花言葉は…「あなたを愛しています」。
いつもアーサーは花になど興味を示さない。だからもちろん花の意味は伝わらない、伝えようとも思わない、私の自己満足で想いを重ねた置き土産だ。
邪魔にはなりたくない…。
物言わず、ただ枯れるまでのほんのひと時だけ、最後に傍でひっそり咲けたらいい。
彼にとっては、目覚ましの香りを運ぶ一輪挿しくらいにはなる。
それでいいんだ。
用意していた小さな空き瓶に花を挿し、サイドテーブルの上に静かに置く。
最後にもう一度寝顔を見て、さらりと額を流れる彼の前髪をそっとなでる。
…ずっと大好きだったよ。…今までありがとう。
「…さようなら」
私は音をたてないように部屋を出て、帰路に就いた。
早朝、出発の準備を終えた私はアーサーの部屋の前に立っていた。
散々迷った。
でもここを発つ前に最後にもう一度だけ、彼の顔を見たかった。
これから先の人生、私は見知らぬ誰かと歩んでいかなければならない…かもしれない。
まぁ帰ったらすぐ別の道を検討するつもりではいる。
でもどのみち、もう会えなくなる彼への想いに私なりの区切りをつけなければ、自分のこれからを受け入れることができなかった。
コンッコンッ
いつも通り、彼の部屋をノックする。
返事はない。
ガチャッ
私はドアを開けて部屋へ入り、ベッドへ歩み寄る。実はここまではいつもやっている。
無敵の獣人団長は意外にも朝に弱く、私は彼に宴会や打ち上げの翌日だけ起こしに来てほしいと拝み倒されて、ある日『起床係』に任命された。
もちろん正式な役職ではなくて、個人的なお願いに無理やり名前を付けたものだった。
最初は訳も分からず引き受けてみたものの、彼の寝起きは実際、本当に悪かった。
揺り起こそうとすると無意識の抵抗からか、軽く手を噛まれそうになったり、枕と間違えて大きな身体で抱きつかれそうになる。
起床係というより、まるで猛獣の世話係になった気分だった。
…今日もなかなか起きなさそう。
そっと覗き見た彼はどこかあどけなさを残した無防備な表情で、僅かに開いた口からは白い歯が垣間見えて、微かな寝息が漏れている。
こうやって寝てる時は、なんだかかわいいなぁ。
穏やかで愛おしい寝顔に、自然と笑みがこぼれてしまう。
結局この朝の一仕事も、私が彼に対する想いを自覚してからは、騎士でも団長でもないアーサーの顔を見られる幸せな役割だと思うようになってしまったのだから、我ながら始末に負えない。
私は今日で解任だけど、これからはがんばって起きてね…。
…。
あまり時間がないはずなのに、これが最後と思うと離れがたくて立ち尽くしてしまう。
今まで当たり前のように一緒にいたのに、これからはたまに見かけるようなことすら、なくなっちゃうんだな…。
なるべく見ないようにしていた、受け入れがたい、でも飲み込まなければならない現実が、私の喉元を絞めあげる。
…私は彼の番じゃないから、ずっと一緒になんて、いられる訳なかったよね…
ふと彼と彼の番が寄り添い合い、笑顔で立っている光景を思い描いてしまい、胸にズキンと痛みが走る。
嘘でも、彼の隣に自分を並べてみることなんて…できないのだ。
…将来、アーサーに愛されて一生を誓われることになる人は、うらやましいな…。
「はは…何考えてるんだろ、私。」
涙で視界が霞んでいく。
…せめて、大好きな彼が素敵な人に出会って、幸せになるのを願いたい。
彼が大切に思う人と笑顔で生きていてくれれば、それが何よりなんだ。
それでずっと後になって、もしここでの日々を振り返った時、そういやあんな奴もいたなと、ふとどこかで私のことも思い出してくれる瞬間があったら…それだけでも嬉しいな。
私はいつの間にか両目からこぼれていた滴を素早く手で拭った。
…もう本当に行かなくちゃ。
いつもは、全く起きないアーサーをベッドから引き剥がして起こしてきたけど、今日は彼にふわりと上掛けを掛け直す。
今朝は爽やかな香りがする一輪の白い花を摘んできた。
この季節、よくあちこちの野に咲くこの花の花言葉は…「あなたを愛しています」。
いつもアーサーは花になど興味を示さない。だからもちろん花の意味は伝わらない、伝えようとも思わない、私の自己満足で想いを重ねた置き土産だ。
邪魔にはなりたくない…。
物言わず、ただ枯れるまでのほんのひと時だけ、最後に傍でひっそり咲けたらいい。
彼にとっては、目覚ましの香りを運ぶ一輪挿しくらいにはなる。
それでいいんだ。
用意していた小さな空き瓶に花を挿し、サイドテーブルの上に静かに置く。
最後にもう一度寝顔を見て、さらりと額を流れる彼の前髪をそっとなでる。
…ずっと大好きだったよ。…今までありがとう。
「…さようなら」
私は音をたてないように部屋を出て、帰路に就いた。
437
あなたにおすすめの小説
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
愛があれば、何をしてもいいとでも?
篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。
何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。
生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。
「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」
過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。
まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。
【完結】そう、番だったら別れなさい
堀 和三盆
恋愛
ラシーヌは狼獣人でライフェ侯爵家の一人娘。番である両親に憧れていて、番との婚姻を完全に諦めるまでは異性との交際は控えようと思っていた。
しかし、ある日を境に母親から異性との交際をしつこく勧められるようになり、仕方なく幼馴染で猫獣人のファンゲンに恋人のふりを頼むことに。彼の方にも事情があり、お互いの利害が一致したことから二人の嘘の交際が始まった。
そして二人が成長すると、なんと偽の恋人役を頼んだ幼馴染のファンゲンから番の気配を感じるようになり、幼馴染が大好きだったラシーヌは大喜び。早速母親に、
『お付き合いしている幼馴染のファンゲンが私の番かもしれない』――と報告するのだが。
「そう、番だったら別れなさい」
母親からの返答はラシーヌには受け入れ難いものだった。
お母様どうして!?
何で運命の番と別れなくてはいけないの!?
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる