ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの

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その日の夜、仲間達の手荒くも温かい見送りを受けて、みんなも豪快に飲みまくり、二日酔いでまだ夢の中にいる頃。
早朝、出発の準備を終えた私はアーサーの部屋の前に立っていた。

散々迷った。
でもここを発つ前に最後にもう一度だけ、彼の顔を見たかった。

これから先の人生、私は見知らぬ誰かと歩んでいかなければならない…かもしれない。
まぁ帰ったらすぐ別の道を検討するつもりではいる。
でもどのみち、もう会えなくなる彼への想いに私なりの区切りをつけなければ、自分のこれからを受け入れることができなかった。

コンッコンッ

いつも通り、彼の部屋をノックする。
返事はない。

ガチャッ

私はドアを開けて部屋へ入り、ベッドへ歩み寄る。実はここまではいつもやっている。

無敵の獣人団長は意外にも朝に弱く、私は彼に宴会や打ち上げの翌日だけ起こしに来てほしいと拝み倒されて、ある日『起床係』に任命された。
もちろん正式な役職ではなくて、個人的なお願いに無理やり名前を付けたものだった。

最初は訳も分からず引き受けてみたものの、彼の寝起きは実際、本当に悪かった。
揺り起こそうとすると無意識の抵抗からか、軽く手を噛まれそうになったり、枕と間違えて大きな身体で抱きつかれそうになる。
起床係というより、まるで猛獣の世話係になった気分だった。

…今日もなかなか起きなさそう。

そっと覗き見た彼はどこかあどけなさを残した無防備な表情で、僅かに開いた口からは白い歯が垣間見えて、微かな寝息が漏れている。

こうやって寝てる時は、なんだかかわいいなぁ。

穏やかで愛おしい寝顔に、自然と笑みがこぼれてしまう。
結局この朝の一仕事も、私が彼に対する想いを自覚してからは、騎士でも団長でもないアーサーの顔を見られる幸せな役割だと思うようになってしまったのだから、我ながら始末に負えない。

私は今日で解任だけど、これからはがんばって起きてね…。

…。

あまり時間がないはずなのに、これが最後と思うと離れがたくて立ち尽くしてしまう。

今まで当たり前のように一緒にいたのに、これからはたまに見かけるようなことすら、なくなっちゃうんだな…。

なるべく見ないようにしていた、受け入れがたい、でも飲み込まなければならない現実が、私の喉元を絞めあげる。

…私は彼の番じゃないから、ずっと一緒になんて、いられる訳なかったよね…

ふと彼と彼の番が寄り添い合い、笑顔で立っている光景を思い描いてしまい、胸にズキンと痛みが走る。
嘘でも、彼の隣に自分を並べてみることなんて…できないのだ。

…将来、アーサーに愛されて一生を誓われることになる人は、うらやましいな…。

「はは…何考えてるんだろ、私。」

涙で視界が霞んでいく。

…せめて、大好きな彼が素敵な人に出会って、幸せになるのを願いたい。
彼が大切に思う人と笑顔で生きていてくれれば、それが何よりなんだ。
それでずっと後になって、もしここでの日々を振り返った時、そういやあんな奴もいたなと、ふとどこかで私のことも思い出してくれる瞬間があったら…それだけでも嬉しいな。

私はいつの間にか両目からこぼれていた滴を素早く手で拭った。

…もう本当に行かなくちゃ。

いつもは、全く起きないアーサーをベッドから引き剥がして起こしてきたけど、今日は彼にふわりと上掛けを掛け直す。

今朝は爽やかな香りがする一輪の白い花を摘んできた。
この季節、よくあちこちの野に咲くこの花の花言葉は…「あなたを愛しています」。

いつもアーサーは花になど興味を示さない。だからもちろん花の意味は伝わらない、伝えようとも思わない、私の自己満足で想いを重ねた置き土産だ。

邪魔にはなりたくない…。
物言わず、ただ枯れるまでのほんのひと時だけ、最後に傍でひっそり咲けたらいい。

彼にとっては、目覚ましの香りを運ぶ一輪挿しくらいにはなる。

それでいいんだ。


用意していた小さな空き瓶に花を挿し、サイドテーブルの上に静かに置く。
最後にもう一度寝顔を見て、さらりと額を流れる彼の前髪をそっとなでる。

…ずっと大好きだったよ。…今までありがとう。

「…さようなら」

私は音をたてないように部屋を出て、帰路に就いた。
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