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本編
旦那様は抱きまくらが必要じゃなくなった
しおりを挟む毛布を巻いただけの格好でシュリが屋敷の中を駆け抜けたのは、弟の耳にもはいったらしい。
直後に部屋を訪れた弟はひとしきり爆笑し、それが落ち着いた頃には今度は執事まで部屋を訪れ、こんこんと説教された。
「兄上は頭がいいのにこういうことに関しては完全に抜けてるんですよね」
「そうでございますね。まさか、『旦那様と呼べ』が、婚姻の言葉になると思われていたとわ……。この爺、情けなくて天国のご両親に顔向けできません……」
「だが、可愛いとも伝えたし、婚姻を結んだら『旦那様』と呼ぶものだろう?」
「兄上、そこは、可愛いの他に『愛してる』とか『好きだ』とか、愛の言葉を囁かないと」
「……旦那様、私達使用人も旦那様のことを『旦那様』とお呼びしておりますよ?旦那様の仰るとおりなのであれば、私達全員が旦那様と婚姻関係にあるということになりますが、よろしいので?」
「……よくない」
「シュリは天然すぎるから、はっきりと婚姻して伴侶にする、って言わないと誤解したまんまだよ?」
弟と執事に諭されて、頭を抱えてしまった。
「……愛してる、とは口にした」
「本当に?」
「旦那様、それはしっかりとシュリが起きているときに、でしょうか?」
「…………いや、眠っていた……ときだ」
「兄上……」
「旦那様……」
二人から向けられる憐憫の視線に、どんどん頭が下がっていった。
「兄上、愛の言葉は起きてる時に、しっかりと目を見て言わないと伝わらないですよ」
「睡眠学しゅ」
「兄上?今すぐ屋敷から叩き出されたいですか?」
「いや……」
笑顔なのに弟のこめかみには青筋が浮かんでいた。
「魔法の天才、魔法師団総帥を最年少で努めている鬼才、魔法の申し子…、色々いわれてますけど、魔法以外のことはからっきしなんですから……。とにかく今夜にでもシュリの誤解を解いてくださいね?いいですか?しっかり、はっきり、愛してるってことと、正式にきちんと婚姻を結びたいっていうことを説明するんですよ?」
「わ……わかった」
「できなければ、当主代理の権限でシュリは私が預かります」
「それはっ」
「屋敷の中を毛布一枚で駆け抜けるなんて……。そんな可哀想なことをさせた兄上に対する罰です。い・い・で・す・ね?」
「……………わかった」
弟の圧に負けた。
今夜……間違うわけにいかない。
シュリを奪われるなんて、考えただけで暴走しそうだ。
*****
焦った。
焦って……逃げてきちゃった。
「んっ」
お尻はまだなにか違和感がある。
毛布を巻いただけの僕を最初に見つけた執事様は、侍女の人に僕のことを託してどこかに行ってしまった。
「シュリ様、まずは湯浴みをしましょう」
「……『様』?」
「ええ。奥様ですよね?」
「奥方様?……誰が?」
「え?」
「え?」
仕事仲間の侍女の人と話が合わなくて少しの間見つめ合ってしまった。
「奥方様……決まったの………?」
「えーーーっと」
「決まったんだ……。僕が知らなかっただけ…?」
「うーーーーん。ん、シュリさ……ちゃん、まずはお風呂に入ろうね?」
「うん…」
ご主人様……旦那様に、いつの間にか奥方様が決まってた。じゃあ僕の夜の役割はもうない…よね?
そっか……。
嬉しいことのはずなのに、すごく胸が痛い。
侍女の人に手を引かれて、お風呂場に行った。
侍女の人は躊躇うことなく僕の毛布を剥ぎ取って、自分もスカートの裾を縛ったり腕まくりをしたりして、僕と一緒に浴室に入ってきた。
「シャワーは熱くない?」
「うん……大丈夫……」
一人で入れるよ……って、言うべきだったんだけど、旦那様に奥方様ができたってことにショックを受けすぎてて、何も考えなかった。
「ちょっと失礼しますね」
「ん」
突然お尻に指を入れられた。
ビクッて体が震えて、嫌な感じが背中を駆け上がってくる。
「や……」
「ちょっと我慢。……ああ、もう。こんなに中に入れたまま……っ、ん、傷はないみたいね。腫れてもいない」
なにかがとろとろと足を伝った。
侍女の人が僕のお尻の中を洗ってくれた…ってことを理解したのは、念の為…って軟膏を塗られたときだった。
「あ、あの…」
「なに?」
「ありがとう…ございます」
「こちらこそごめんなさい。嫌だったでしょう?でも必要なことだから。さ、しっかり体を拭いて。着替えたらお夕食の時間だわ」
「夕食……」
ふわふわのタオルでしっかりと拭かれた。
髪もゴシゴシじゃなくて、パタパタって感じで、痛くない拭き方。
「僕……今日お休みしちゃ駄目かな……?」
「旦那様にお食事をお持ちするのはシュリちゃんの仕事でしょ?」
「そう……なんだけど」
顔を合わせられない。
奥方様の姿を見たくない。
奥方様がいるってことは、僕はもう抱きまくらじゃない。ただの……使用人。あの腕の中で眠れない。旦那様の近くにいることができない。それはすごく……辛い。
うまいお休みしたい理由も思いつかなくて、厨房に向かうことになってしまった。
厨房に置かれたいつものワゴンのところには執事様がいて、僕に気づくとにこりと笑ってくれた。
「シュリ、今夜は奥方様の分もあわせて二人分の配膳をお願いします。場所は旦那様のお部屋ですよ」
「……わかりました」
結局、理由は思いつかなくて。
お料理が冷めないように、足早にお部屋に向かった。
*****
もうちょっと続きます
旦那様、ヘタレすぎ(笑)
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