僕は伯爵様の抱きまくら………だったはず?

ゆずは

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番外編

執事は頭を抱える

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 ……私は一体どこで教育を間違えたのでしょう。
 いえ、教育などというのはおこがましい。私はただ、魔力の高さゆえか他のことに興味を示さないファビラウス様に、という感覚を持っていただきたかっただけなのです。
 普通に仕事をし、普通に人を愛し、普通にご家庭を持たれ、普通に愛される人生を。
 けれど、私が思い描いていた『普通』とは、尽くかけ離れた生活ぶりでした。
 それでも伴侶と決めた方ができたことを嬉しく思っていたのですが。

 その日、私は朝から使用人たちを呼び出し、シュリが成人を迎えること、本日よりシュリは私達の主人の一人になることを改めて伝えました。
 使用人たちはしっかり理解していた内容でしたが、皆、とても喜びをあらわにしておりました。
 シュリは素直で働き者で可愛らしく、使用人たちからも好かれているので当然の反応でしょう。
 今日はお祝いをしなければ。
 夜にはシュリの好物を揃え、大好きなケーキも用意しなければ。
 いつもであれば早朝にはファビラウス様の寝室から出てくるシュリが、今日は中々姿を現さず、なんだろうと誰もが微笑ましく思いつつ、朝食も昼食も摂られていないことに少し不安を覚え始めました。
 ですが、許可もなく、呼ばれてもいないこの状況で部屋に入ることはできず、ラウドリアス様とも相談しましたが、もう少し様子を見ることとしました。
 祝宴の準備だけは進めさせ、そろそろ夕闇が辺りを覆う時間、私の視界にありえないものが映り込みました。
 クリーム色の地に金糸の刺繍が施された毛布。それは、ファビラウス様の寝室のもので間違いなく、はっきりと視界にそれを収めれば、裸足でぎこちなくおろおろするシュリを見つけました。
 シュリの頬は赤く上気し、髪はやや乱れ、毛布を体に巻きつけて胸元を手繰り寄せる腕は僅かに震えていました。靴などは履いてなく裸足で、毛布から覗く下肢は明らかに素肌。
 一体何事かと、私はすぐにシュリの元へ向かいました。

「シュリ、どうしたのです」
「あ、あ、あの、執事様……っ、僕、さっき起きて、あの、お仕事……っ、ごめんなさい……っ、朝食も……っ」

 シュリ自身も混乱しているようですが、何よりこんな姿で屋敷内を走らせているファビラウス様に疑問が湧きました。
 それに、仕事とは、どういうことでしょう。
 私も動揺のあまり『シュリ』と呼んでしまいましたが、ファビラウス様の伴侶となったシュリに、今までのような仕事を割り振ることはありません。
 ……ですが、今はシュリをどうにかしなければ。こんな扇情的な姿で屋敷内を連れ回すことはできませんし、他の使用人たちの間に変な噂も流したくはありません。
 どうしようかと悩んだのは一瞬でした。

「ヘーゲル様、私が」

 足音も立てずに私のそばまで歩み寄ってきたのは、侍女服に身を包んだラウドリアス様のご婚約者であるクラリッサ様。彼女が使用人に紛れ、内情をつぶさに観察していることを、他の使用人たちは誰ひとり知りません。

「……では、シュリ様をお任せします。私は急ぎ旦那様の元に行きますので」
「はい」

 クラリッサ様であればシュリを任せて問題はない。
 私はシュリを彼女に任せ、ラウドリアス様にご報告し、すぐに二人でファビラウス様のお部屋へと向かいました。

 ラウドリアス様も交えての話し合いに、正直、私は目眩を覚えました。
 魔術にのみ関心を向けてきたことが、こんなかたちで弊害になるなんて。
 素直に直接言葉で伝えればいいだけのことを、何故遠回し以上の厄介な伝え方をしたのか。だからシュリには何一つ伝わっていなかったのですね。

 とにかくラウドリアス様からもしっかりと指摘してもらい、今夜中にシュリの誤解を解くよう説明いたしました。
 神妙な面持ちで聞いてらしたファビラウス様です。明日こそ、しっかりと祝宴を開けると安堵いたしました。
 とりあえず、今日の祝い料理は、誤解を解くためにもシュリに運ばせ、二人で摂ってもらいましょう。

「…念の為、私、明日は早朝からお邪魔させていただきます」

 帰り際のクラリッサ様の真剣な声音に、一抹の不安が脳裏をよぎりました。

 ………その不安は、見事に現実のものになってしまいました。
 悲鳴のような声を上げながら、料理人が私のところに駆け込んできました。
 慌てふためいた言葉から、昨日に引き続き、今朝はシーツ一枚を体に巻いただけのシュリが、厨房に飛び込んできたというのですから……。
 急いで厨房に向かい、毛布よりも危ういシーツだけのシュリの姿を見て、頭を抱えるより早く浴室へ連れていきました。
 丁度よく現れたクラリッサ様に視線だけでうなずきあい、私は早足でラウドリアス様の元へ行き、ファビラス様の部屋に乗り込みました。

「なんてことをしてるんですか…兄上!!」

 ラウドリアス様の剣幕に、ファビラウス様は絶句しておりました。




 ――――結局、埒が明かないと判断したラウドリアス様は、私達の監視の元、ファビラウス様にシュリの誤解を解かせました。もちろん、用意されていた婚姻証明書への署名も、最後まで見届けました。
 恥ずかしさと緊張で、シュリが意識を飛ばしてしまったことは想定外でしたが、何より、これでなんとか婚姻を成立させることができてホッとしたのもつかの間。
 神殿での婚姻の儀を三日後に取り決めてきたと言われたときには、その場に頽れました。
 そのとき私は決意したのです。
 これほどどうしょうもないお方を、他の者に任せることはできない、と。
 引退を考えてもいましたが、あと数年は、私がしっかりと目を光らせておかねばならない、と。

「……私がしっかりと見守りますゆえ」

 ファビラウス様に早々に爵位を明け渡し、仲睦まじくあちこちを旅行している先代当主ご夫妻に、改めて誓いましょう。







*****
執事様、気苦労が……
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