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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。
25 殿下の想い人② ◆ザイル
しおりを挟むスライム討伐を終えた翌日、王都に向けて出発となった。
昼前、殿下は作業の合間を縫っては天幕へと戻っていた。少年を外で見かけることはなかったので、天幕の中で過ごしていたのだろう。
軽い昼食後、殿下の愛馬ヴェルの支度をしていると、少年を抱きかかえて天幕から殿下が姿を現した。
その時の殿下の表情が、すこぶる幸せそうで思わず苦笑してしまう。
全身で甘やかされているな…と感じたが、どうにも少年の顔色が悪い。笑ってはいるが、昨日のような力強さが目元にはなかった。
「彼の様子がおかしいですね」
オットーは団長仕様の言葉で自分に話しかけてきた。
「注意したほうがいいかもしれないですね」
「ええ」
王太子殿下がヴェルに乗せられた少年と言葉を交わしたあと、出立となった。
先頭は団員2名。
自分とオットーは、殿下方のすぐ後ろを走る。
配置的に、少年の様子をうかがうことができない。
しかし、殿下がいるのだし問題はないかと気を抜いていたのだが、異変が起きてしまった。
この日宿泊予定としていたベルグの街並みが見えた頃、殿下が何か慌て始めた。
それまでは見えなかった黒髪が、殿下の左腕のあたりで風に煽られているのが見える。
殿下は王太子殿下と言葉を交わしたあと、突然ヴェルの速度を上げた。
「なっ」
「ザイル、行ってください!!」
オットーの声に瞬時に我に返り、殿下の後を追う。
自分たちは殿下の護衛も兼ねている。殿下を一人で行動させるわけに行かないのだ。
ぐん…っとスピードを上げて先頭を追い抜いた殿下を見て、先頭を走っていた団員2名が困惑の表情を見せていた。
「自分が追います。貴方達はこのまま進んでください」
「はい!」
そうこうしている間にも、殿下の姿はどんどん小さくなる。
思わず舌打ちしてしまった。
ここまで休憩無しで走ってきた。馬にも相当な負担をかけている。それでも、追わないわけに行かない。
「殿下…っ」
目的地はわかっている。
大丈夫。姿はまだ追えている。
町中に入ってから殿下のスピードが落ちた。…まあ、街道をあの速さで駆けていたら、大問題になってしまう。
殿下は目的の宿屋に到着してから、少年を抱きかかえて中に入った。
ちらりと見えた少年の顔色は、出発のときより悪くなっていた。よく落馬しなかったものだ。
「よく頑張ったな」
宿屋の前で自分も馬から降り、ヴェルの隣に固定する。
2頭から鞍をはずし、古布で体を拭く。桶にたっぷりの水と飼葉を準備し、一旦手入れを終えた。
そうして暫くしてから、王太子殿下が到着された。
「王太子殿下」
「クリストフは中にいるだろうか」
「はい。宿からでてくる姿は見ておりませんので」
そう答えると、王太子殿下は頷き、宿屋の中に入っていく。
その後、続々と兵士たちが到着した。
殿下直属隊兵団の団員たちは、各々がすべきことを手分けし、他の兵士たちに指示も出している。宿屋の入り口が見える広場の一角に、野営場所が速やかに用意された。
「ご苦労さまでした、ザイル」
オットーがそう言って近づいてきたとき、宿屋から殿下がお一人で出てきた。
他の団員と目配せしてから、つかず離れずの距離でオットーと共に殿下の後ろにつく。
「多分、だけど」
「なに?」
「…少年が体調を崩したのは、行軍のせいだと思う」
オットーは神妙な顔でそう言った。
「なぜ?」
「少年は鍛えてないから、かな」
言われてから、なるほどと思った。
我々は常日頃から訓練を惜しまない。遠征ではまる一日馬上というのも珍しくなく、水分も食事も休憩も必要最低限しかとらないことが多い。乗馬に関してもなんら苦はない。
「正直、休憩無し、水分もほとんどなし、慣れない乗馬……と、なったら、普通は体調を崩すと思う。俺も感覚が麻痺して、これが普通だと思っていたから、見落とした」
気づけば進言することもできたのに、と。
「…いつも普通じゃない遠征ばっかりだからなぁ」
そう言って、二人でなんだか笑った。
殿下がこうして一人で買い物に出てきてるし、医療師が呼ばれた気配もない。ということは、少年の状態はそれほどひどくはないのだろう。一安心だ。
殿下もそろそろ買い物を終えて宿に戻るのだろうと思ったら、不意に我らの方を向いた。
「オットー、ザイル」
「はい」
そりゃ、気づかれてないとは思っていなかったが、今まで少しも視線が合わなかったのに、さも当然のように話しかけてくれる。
「すまないが、甘い果物を明日までに少し多めに用意しておいてくれ」
…殿下が、「すまない」って、言った。
「承知いたしました」
俺よりも早くオットーが受け答えた。
俺も慌てて頭を下げる。
殿下は頷くと、大荷物を抱えたまま宿屋に入っていった。
「果物だって」
「探してくるか」
恐らく少年のために、なんだろう。
「……『すまない』って、殿下が言った」
「……言ってたな」
「どこまで変わるんだろう…殿下」
「さあ…?」
嫌な変化ではない。むしろ、人間臭くなったというか、普通の人だったのだと安心できたというか。
我々に紹介されるとき、少年の肩書は、『婚約者』なのか『嫁』なのか。
それは、そう遠くない未来にわかることだろう。
「さーてと。明日のために頑張るか、オットー」
「まずは甘い果物だな」
そして、また、笑いあった。
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