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新婚旅行は海辺の街へ

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 夜会…というか、まあ、立食パーティーだ。
 マシロは部屋でお留守番中。行くって言わなかったから、いつもの晩餐とは違うんだな…って察したらしい。それか、単純に疲れて寝ていたかったか……。まあ、前者ってことにしておこう。食事は先に食べさせたから、問題はない。

 夜会の会場は晩餐会が開かれていた部屋よりも広い、それこそダンスができそうなホールだった。
 確かに昨日までよりも人が多い。子供を連れてきていなかった貴族さんが、子供もつれてきたらしい。……四、五歳くらいの男の子とか女の子もいた。偉いなぁ。小さいのに、騒がない。多分俺なら走り回ってるね…。
 この間と同じように挨拶にくる人たち。自己紹介されて、俺もクリスに紹介されてペコリと頭を下げているけれど、名前も爵位も地域も頭に入ってこない。ええごめんなさい。相変わらず覚えようとしない頭でごめんなさい。
 幾度目かの「以後お見知りおきを」を聞かされ、「こちらこそ」を繰り返したところで、クリスにぐいっと腰を抱かれた。

「疲れた?」
「少し…」

 マッサージしてもらったから、筋肉が悲鳴を…なんて状態にはなってないんだけど、知らない人たちと会話するのは本当に気が滅入るし、気を遣う。そのあたり、クリスは卒なくこなす。…というか、名前と爵位と顔がちゃんとわかってるんだ。流石第二王子様。
 挨拶に来る人の中には、俺を見て「子供?」と首をかしげる人もいたり、「王太子殿下の婚姻式のときに陛下が…」と噂する人がいたりと、様々だ。
 挨拶の人が途切れたところで、伯爵さんが食事が用意されている場所に促してくれたので、ありがたくそれに従った。

「何がいい?」
「えと…魚と肉?」

 って言ったら、クリスに笑われた。

「アキはそんなに魚が好きなんだな」

 と。
 確かに、魔魚から始まってそれはそれはたくさん魚を食べまくってはいるんだけど。

「肉も好き」
「果物も好きだろ?」
「うん」
「……嫌いなものは?」
「蜘蛛」
「……それは食べないから問題ないな」

 って、また笑うクリス。
 笑いながら俺用に料理を取ってくれて、山盛りではないお皿とフォークを渡してくれた。
 魚は白身で、バターのような香りがしてる。一口分。お肉はローストビーフみたいな感じで、ソースに果物の香りがしてた。
 他の貴族さんたちもばらばらと立食コーナーに来ていて、それぞれに談笑したり情報交換したりと忙しい。
 ワイングラスを片手に、まだクリスと話したい貴族さんも近づいてくる。
 クリスは基本、そういう貴族さんを断らない。余程のことがない限り、しっかりその人の話を聞くんだよね。

「奥方様、どうぞ」
「あ、ありがとです」

 フランツさんが渡してくれたのは、ここでお世話になってからすっかり定番になった葡萄(仮)ジュース。ちなみに、色は透明な若干緑がかった感じ。マスカット系の色と言えばいいんだろうか。
 貴族さんたちの手元には紫色のお酒があるから、あれは赤ワイン的なものなんだろうな。果実酒、ってことになるのか。

「ん、これほんと美味しい」
「お口に合ってよかったです。これに使っているのはこの領で採れる果物で、一つの房に何粒もなるんですよ」
「もしかして、緑色の皮?」
「ええ。御存じでしたか」
「あー…」

 まんまマスカットでは。

「紫色のもあります?」
「ええ。そちらは少し皮に渋みがあって、果実酒にすると丁度よいのですよ」
「みんなが飲んでる?」
「ええ」

 葡萄(仮)を作ってて、ワインがあって、ジュースがあって、海で魚が獲れる。
 …ゼバルト伯爵領って、実はすごく潤ってない?

「ね、クリス」
「ん?」
「遠征とかによく用意してくれる果物って、ここで採れたもの?」
「ああ…いや、あれは比較的育てやすいんだ。ここの物は王都までは出回らないな。それも輸送手段次第だが」
「そっか。ちなみに、名前ってあるの?」

 とても今更なことを聞いてみた。
 ふふ。
 どうして今まで聞かなかった、俺。

「ブドウ、だな」

 はい、まんまでした。
 今まで(仮)とか言ってた俺って……。

「葡萄かぁ。おんなじだった」
「アキのところにもあった?」
「うん。大きな粒だったり小さな粒だったり、色んなのあったよ」
「それで好んでいるんだな」
「それもある…かな」

 同じものは安心するし、懐かしいし。

「加工する前のブドウも召し上がりますか?」
「食べたいです!」
「では用意いたしますね」

 と、フランツさんが笑ってその場を離れていった。
 いい人いい人ーってほくほくしてたら、なんとも言えない鋭い視線が気になって周りをみたら、こちらを見ていたダルウェンさんと視線が合って、合った瞬間に逸らされた。
 ほんっと、わかりやすい態度。
 心の広い(?)俺でも不機嫌になるし、独占欲を発揮してしまうんだから。

「どうした?」
「なんでもない」

 ぎゅうぎゅうとクリスの左腕に抱き着いた俺に、クリスは嬉しそうに聞いてきた。怪訝そう、ではない。嬉しそう、だ。
 クリスは俺が抱き着くといつも嬉しそうに笑ってくれるから、俺もすぐ抱き着きたくなるし、そんな嬉しそうな笑顔を見せられたら俺だって嬉しくなる。なので、機嫌はすぐに治る。

「奥方様、どうされました?」

 そんなときにフランツさんが戻ってきた。
 手には、葡萄が乗ったお皿と、飲み物が注がれたグラスがある。

「別に…」
「本当に仲睦まじいですね」

 ニコニコと笑ったフランツさんは、葡萄のお皿をテーブルに置くと、手にしていたグラスを俺に手渡してくれた。

「どうぞ」
「あ、はい」

 ジュースのおかわりだ。
 まだそれほど喉は乾いてないけど、受け取っておく。
 フランツさんは笑顔のまま俺を見て頷いたけれど、す…っとクリスの方に向いて「殿下」と呼びかけた。
 少し硬い表情でクリスの耳元で何かを言っているけれど、小さな声で俺に聞こえない。
 それを聞いていたクリスは、眉を顰め顔を少し強張らせた。

「……アキ、少し離れるが、一人でも大丈夫か?」
「え」

 クリスの眉が少し下がってる。離れないって言ってたのに、そうしなきゃならない状況になった、てことかな。
 仕事的な話なら、俺も聞きたい。けど、足手まといにもなりたくない。

「……うん、大丈夫」
「すまない。すぐ戻るから」

 って、クリスが俺の額にキスを落とした。

「ゼバルト伯爵」
「なんでしょうか、殿下」
「少しの間、私の伴侶の話し相手になってもらいたい」
「ええ。お任せください、殿下」

 近くにいた伯爵は、夫人とともににこにこと頷いた。
 クリスはそれに頷くと、もう一度俺にキスをして、フランツさんと一緒にホールを出ていく。
 その後ろ姿を見て、胸がざわついた。
 何があったんだろう。
 知りたい。
 ざっと周囲に感知を流してみたけれど、魔物が発生した様子もない。
 悶々としながら、手元の葡萄ジュースを一口飲んだ。爽やかな甘さ。冷えたジュースにふ…っと息をつく。

「街はどうでしたか、奥方様」
「えっと」

 気のいいおじさんって雰囲気で話しかけてくれる伯爵さんにありがたいなと思いつつ、クリスとフランツさんが歩いて行った方を不安そうに見るニノンさんに気付いて、また胸がざわついた。



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